平常運転
「永継君、大丈夫?」
「……駄目」
僕達はお迎えに来てくれた強面さん、安藤さんの運転で車に揺られていた。
荷物の方の車を運転してくれてる人は小室さんと言うらしい。
二人はいつも僕達を見守ってくれてた人達だ。
アパートを出る前に色々あって僕だけ少し気まずかったけど、車が発進してすぐにそんなの気にならなくなった。
理由は単純で、車に酔った。
「顔の割に運転が丁寧で知られている安藤さんの運転でも酔うなら永継は車に酔う人だね」
「栞さん、言い方。確かに大悟さんにも言われますけど」
「大丈夫、安藤さんが優しいのは私達がちゃんと知ってるから」
「そういう手元の狂う嬉しいことを言わないでくださいよ」
車に酔うと言っていた栞さんは結構余裕そうなのに、僕はもう駄目だ。
「とりあえず酔い止めは飲んだよね?」
「ちゃんと飲みましたよ。お水はちゃんと私が管理してますから」
酔い止めは芽衣莉ちゃんに飲ませて貰った。
一人で飲めない程ではなかったけど、芽衣莉ちゃんが「無理したら駄目だよ」と言ってくれたので甘えた。
「芽衣莉ちゃん、その水は永継のだからね?」
「もちろんですよ。これは篠崎さんのです」
「さすがにしないだろうけど、監視しててよ?」
「任せなさい。人の車でそんなことはさせないよ」
芽衣莉ちゃんの後ろに座る鏡莉ちゃんがそう答える。
「永継さん、ほんとに駄目なら姉さんか芽衣莉を使っていいんだからね?」
「手、握って欲しい」
梨歌ちゃんに言われて二人を頼る選択肢が出来た。
頭がふわふわしてて何をしたらいいのかわからないけど、手を握って貰えたら安心出来るかもしれない。
「いつでもいくらでも握るよ」
「篠崎さんが元気になるまで離さないよ」
宇野さんが両手で包み込むように僕の手を握ってくれて、芽衣莉ちゃんは水の入ったペットボトルを持ってない方の手で指を絡ませるように握ってくれた。
「少し楽になった」
「さっきの続きやる?」
「流歌さん、人前なんだから駄目だよ。やるとしても着いたらだよ」
「やっぱり楽にならない……」
アパートでのことを思い出してしまった。
頼んでおいてあれだけど、握られる手が怖い。
「栞さん」
「言わないで平気。平常運転だから」
「篠崎君でしたよね? ほんとに男の子なんですか?」
「生物学上は男の子なんだと思うよ。中身が中性なだけで」
「まさか男もいけると?」
「言い方が悪かった。永継は男と女じゃなくて、人を好きな人と嫌いな人で分けてるの」
「なるほど」
前では僕のことを話しているようだけど、内容はよくわからない。
いつものことだからいいけど。
「ハーレムってリアルだと初めて見ましたけど、楽しめるタイプと萎縮するタイプのどっちでもないですね」
「違う意味で楽しんでるよ。永継にとって私達は仲のいい友達だから」
「実際、そういう気持ちでいないときついですよね。誰か一人を選んだら気まずいだろうし」
「割り切るとは言ってるけど、実際なってみないとわからないからね」
栞さんと安藤さんの話は全然頭に入ってこないけど、隣の宇野さんと芽衣莉ちゃんが真剣に聞いているのはわかる。
わかるけど、それより辛い。
「お兄ちゃんが限界を迎えそうだよ」
「一回止めます?」
「ちょっと待ってね。永継ってバスは平気なんだよね?」
喋るのが辛いので頷いて答える。
「バスの時はずっと外の風景見てたって言ってたからそれのおかげかもしれないよね?」
「とりあえず外の風景見ろって言われますよね。意味ないと思うんですけど」
「ということで、永継はしばらく流歌ちゃんか芽衣莉ちゃんを凝視してみよう」
それぐらいなら出来そうなのでとりあえず宇野さんの方に顔を向ける。
「流歌さんに負けた」
「これって私がずっと見られ続けるってこと?」
「そう」
「……永継君の為だ」
顔を向けやすかった方に顔を向けただけだから宇野さんが嫌なら芽衣莉ちゃんの方を向くけど、宇野さんが真剣な眼差しで僕の方を向いてくれたのでそのままにした。
「……」
「……」
「宇野さんってやっぱり可愛いよね」
「永継君、チェンジ」
宇野さんが顔を逸らして芽衣莉ちゃんを指さした。
まじまじと見ると宇野さんはやっぱり可愛い。
学校の男子達が告白したくなる気持ちがわかるような気がする。
だけど見られるのが嫌なそうだから芽衣莉ちゃんの方に顔を向ける。
「さすがるか姉、一分持たなかった」
「るかお姉ちゃんはヘタレさんだから」
「永継さんが困ってるのに薄情な」
「うるさいし」
後ろからの野次に宇野さんが小さくそう答える。
「今更私に乗り換えたって駄目なんだからね」
芽衣莉ちゃんがそう言って僕から顔を逸らしてしまった。
「芽衣莉ちゃんの顔が見たいな」
「私のどんな顔が?」
「可愛い顔が」
「篠崎さんが天然じゃなくなってきてる気がするけど、嬉しいから見せる」
芽衣莉ちゃんが嬉しそうに僕の方を向いてくれた。
「はい、流歌さんとどっちが可愛い?」
「どっちがとかはないよ。二人とも可愛いから」
もう何回も言っていることだが、可愛いに優劣をつける気はない。
宇野さんと芽衣莉ちゃんは違うのだから。
「栞さん」
「言うな、多分運転席と助手席は後ろの席とは違う空間にあるから」
「二次元と三次元ぐらいですか?」
「それぐらいかな、異世界転生よりも深そうだし」
栞さんと安藤さんの会話はよくわからないけど、鏡莉ちゃんなら普通に話せそうな気がする。
「じゃあどっちの方が気分が楽になった?」
「宇野さんの時には結構楽になってたからわかんない」
気分はもう悪くない。
いつも通りと言えるぐらいには回復した。
「篠崎さんお水飲む?」
「え、うん?」
「じゃあ──」
芽衣莉ちゃんはペットボトルの蓋を開けて水を自分の口に含んだ。
そして僕に顔を近づけてきた。
「はい、ストップ。それはさすがに止めるよ」
それを鏡莉ちゃんが僕と芽衣莉ちゃんの間に手を入れて止めてくれた。
「……」
「睨んでも駄目。早く飲みなさい」
芽衣莉ちゃんは渋々水を飲み込んだ。
「車の中で飲ませるのは難しいんだよ?」
「じゃあなっつんに渡しなさい」
「篠崎さんの両手は塞がってるもん」
僕の右手は芽衣莉ちゃんに、左手は宇野さんの握って貰ったままだ。
「じゃあ離しなさい」
「やだ、離すなら流歌さんが離して」
「普通に無理だけど? 飲ませるのが難しいなら私が変わるよ?」
「やだ! 流歌さんが本気出すなら応援しないで戦うんだもん」
芽衣莉ちゃんが宇野さんに威嚇をする。
「芽衣莉ちゃん」
「篠崎さんも流歌さんの味方するんだ」
芽衣莉ちゃんが悲しそうな顔で僕に言う。
「僕は宇野さんの味方かもしれないけど、芽衣莉ちゃんの敵でもないよ?」
「またどっちもなの?」
「多分違うかな」
僕はそう言って芽衣莉ちゃんに握られた手を芽衣莉ちゃんの顔に持っていく。
「悲しそうな顔をしてる方を優先しちゃうから」
芽衣莉ちゃんの頬に自分の手を当てながらそう告げる。
芽衣莉ちゃんが何に怒って何を悲しんでるのかなんてわからないけど、悲しい顔なんて一秒でも早く終わらせたい。
「やっぱり篠崎さんは天然だった」
芽衣莉ちゃんはそう言って笑顔を向けてくれた。
「栞さん」
「永継はああいう子なの。まだ道のりは長いから最低でも後五回はなるから諦めて」
「ハーレム主人公って大変なんすね」
またよくわからないことを話しているが、着くまでに安藤さんは七回「栞さん」と呼びかけていた。




