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赤の他人

「栞さん、お誕生日おめでとう」


「ありがとう」


 今日は三月の三日で栞さんの誕生日だ。


 ちょうど日曜日なので、朝は僕達がお祝いして、夜はお祝いしてもらうらしい。


「みーちゃんのお祝いってすごそうだよね」


 美乃莉さんの栞さんに対する愛情は尋常ではない。


 おせちも作りすぎるぐらいだからきっと栞さんの誕生日のお祝いもすごいことになりそうだ。


「まぁ、すごいよ。お母さん料理大好きだからすごい量作るんだよね。だからお祝い事の時しか作るの禁止されてるの」


「またみーちゃんのご飯食べたい」


「永継がいいならいつでも来てくれていいんだよ。お母さんをその呼び方で呼ばなければ」


「駄目なの?」


 美乃莉さんを『みーちゃん』と呼ぶのはそう呼べと美乃莉さんに言われたからだ。


 だから呼ばなくてもいいのだけど、今更変えるのも違和感がある。


「お母さんさ、永継がそう呼ぶからとても喜ぶんですよ」


「じゃあいいんじゃないの?」


「流歌ちゃん達に聞くよ、永継がお母さんのことを『みーちゃん』と呼ぶとお母さんが永継を気に入ります。そうなるとどうなるでしょうか?」


 栞さんが何故か僕ではなく宇野さん達に質問する。


 そして聞かれた宇野さん達が少し考えて、そしてみんな何かを納得した。


「永継君、やっぱり年上の人を愛称で呼ぶのは失礼だよ」


「でも本人にそう呼んで欲しいって言われたよ?」


「それでもだよ。美乃莉さんにはもう永継君がいい子なのは伝わってるから大丈夫」


 何が大丈夫なのかわからないけど、今度美乃莉さんに会ったら聞いてみることにする。


「今日はお邪魔だろうからまた今度行っていい?」


「今日でも全然いいけど、呼び方だけは気をつけてね」


「……うん」


「今の間は善処しかする気ないな」


 さすが栞さんだ。


 実際美乃莉さんが嫌だと言ったら変えないかもしれない。


「もしも変えなかったら永継のこと嫌いになるって言ったら?」


「絶対に変える」


 優劣を付ける訳ではないけど、栞さんと美乃莉さんなら栞さんを取る。


「知ってた。嫌いにはなれないんだけどね」


「栞さんに嫌われたら、やだ」


「桐生さんって人を本当の意味で嫌ったことあるの?」


「僕もそれ気になる」


 栞さんはとても優しいからなんだかんだで全部許してしまいそうだ。


「一ノ瀬さんのことだってなんだかんだで許してるでしょ?」


「そっくりそのまま返せないことを言わないでよ」


 僕は一ノ瀬さんが嫌いだ。


 栞さんを保健室送りにして、更には悪気をもっていなかった。


 挙句には宇野さんにも何かしようと考えていたと思う。


 最近では見なくなったけど、ずっと警戒はしている。


「なんかさ、一ノ瀬さんって無理してる感じがあったから」


「無理?」


「一ノ瀬さんが私と一応流歌ちゃんの秘密を永継にバラそうとしたのは永継をフリーにする為なんだよ」


「僕を?」


 フリー、つまりは一人にしたかっただけならあんなことをする必要はない。


 そもそも一ノ瀬さんは僕が一人の時に話しかけにきてるのだからそれがフリーと何が違うのかわからない。


「きっと永継は勘違いしてるだろうけど、一ノ瀬さんの最終目的は永継と付き合うことなのね」


「は?」


 栞さんの発言を聞いてみんなが栞さんを睨んだ。


「流歌ちゃん、いやみんなが怖い。みんなして睨まないでよ、絶対に私悪くないよね?」


「悪くはない。恨むなら一ノ瀬さんを恨んで」


「まったくもう……」


 堂々という宇野さんに栞さんがため息をついた。


「話戻すけど、一ノ瀬さんは別に永継のことが好きだった訳ではないよ。ただ『永継と付き合う』っていうことが大事だったの」


「なんで?」


「流歌ちゃんが付き合えてないから」


「……どゆこと?」


 栞さんの話が僕も全然わからない。


 何かしらの理由があって僕と付き合いたいのはわかる。


 だけどそれに宇野さんが関係してるということがわからない。


「一ノ瀬さんって一番じゃなきゃいけなかったみたいなの」


「そういう感じね」


 そこまで言われてやっと僕もわかった。


 一ノ瀬さんは周りから『一番』を期待されていた。


 だけど中学でも高校でも一番は宇野さんだった。


 だからその宇野さんに勝ちたくてあんなことをしたのかもしれない。


 それが一ノ瀬さんの嫉妬とかではなければ。


「私のお母さんが調べたことだし、さすがに一ノ瀬さんの本当の気持ちとかはわからないよ。だけどやりたくてやってたかはわかんないからさ」


「だから許すってところが桐生さんの甘いとこなんだよね。将来詐欺にあったらどうするのさ」


「それはねお父さんにも心配されてるの」


 優しい人間を騙すのが詐欺師だ。


 そんな詐欺師からしたら栞さんはいいカモになってしまう。


「逆にみんなは引っかからなそうだよね。梨歌ちゃんと鏡莉ちゃんは微妙なとこだけど」


「梨歌と鏡莉は優しいもんね」


「私達が優しいんじゃなくて、姉さん達が人の醜いところを見すぎなんだと思うよ」


「あ、なるほど。確か流歌ちゃんと芽衣莉ちゃんは長女なんだよね」


 今は宇野さんが長女だけど、宇野さんと芽衣莉ちゃんが姉妹になる前は芽衣莉ちゃんも長女だった。


 だからその分梨歌ちゃんと鏡莉ちゃんよりもひとの醜さを見ている。


「姉さんなんかは私を守る為にずっと自分だけが我慢してたし、それは再婚してからも続いてたから」


「めいめいもそうだよね。私を守ってくれてたかまではわからなかったけど、被害を受けてたのは全部めいめいだったから」


 梨歌ちゃんと鏡莉ちゃんが悲しい顔をする。


「私からしたら、梨歌は絶対守らなきゃいけない存在だったから。大切な妹に私と同じ苦しみは与えたくなかったよ。その守る対象は増えたけど、私の気持ちは変わらなかったなぁ」


「私はされるがままで抵抗が出来なかっただけだよ。流歌さんみたいに鏡莉を守るって考えはなかったけど、結果的に守れてたなら良かった」


「桐生さんは親に恵まれてるからいい子すぎるんだろうね。私なんかはひねくれてるから」


「宇野さんがひねくれてるなら僕なんかねじ切れるよ」


「私も」


 みんなは僕を優しいと言うけど、どうしても僕は自分が優しいとは思えない。


 だって僕は一ノ瀬さんに優しく出来なかったのだから。


 それにお父さんのことだってそうだ。


「一ノ瀬さんの事情とか気にしないで一方的に悪にした僕はやっぱり悪い子だよね?」


「全人類に優しい人なんていないよ。桐生さんが異常なだけで」


「言われ方が酷いけど、永継だって困ってる人がいたら助けるでしょ?」


「多分? 確証はないよ」


 結局僕は赤の他人がどうなろうと気にしない。


 お父さんからの暴力のせいと言えばそれで終わるかもしれないけど、僕の根っこの部分がそうなのかもしれない。


「倒れてた赤の他人の言うこと聞いてくれたのほ誰よ」


「晩ご飯に困ってた赤の他人にご飯の作り方教えてくれたのは?」


「洗濯物のたたみ方がわからなかった赤の他人にたたみ方を教えたのも誰だっけ?」


「まだギリ赤の他人だった私の運命変えてくれたのもね」


「赤の他人のゆりかにご飯を食べさせてくれたのだって」


「永継からしたら赤の他人で、尚且つ流歌ちゃんを脅そうとしてた私を許してくれたのは?」


 みんなの怒涛の言葉に胸が熱くなる。


 確かに全部僕がやったことだ。


 だけどそれは──。


「どうせやりたくてやったこととか思ってるんでしょ?」


「うん」


「そうやって困った人を見つけたら後先考えずに助けられるところを優しいって言ってるの」


 宇野さんが少し怒ったように言い、僕の頬をつねった。


「りゃあ、うろはんらっれほうれひょ?」


「私はそんなに優しくないよ? 多分廊下に話したことのない人が倒れてたら放置はしないでも、何も聞かずに保健室に連れてくか誰か呼ぶから」


「れもはすへるんれひょ?」


「助けはするけど、永継君程関わろうとはしないよ」


「流歌ちゃんはよくわかるよね」


 僕の頬はずっと宇野さんに優しくつねられているからまともに喋れない。


 なのに宇野さんは会話を成立させている。


「永継君の言いたいことはなんとなくわかるし」


「はい、マウントいただきました。それより大変じゃないか」


 栞さんが僕の頬をつねる宇野さんの手を払い除けながらそう言った。


「つまり永継も困ったフリをした詐欺師に引っかかる」


「二人には嘘を見抜く練習が必要かな」


 なんだかまた何かが始まりそうな気がする。


 僕と栞さんの為なんだろうけど、とても不安しかない。

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