みんなのチョコ(A)
「やっと私の番だね」
「宇野さん楽しそう」
栞さんが回復……はしてないけど、動けるようにはなったので、壁に向かって体育座りをしに行くと、代わりに宇野さんが楽しそうにやってきた。
「ネタバレすると、るか姉のは自分にチョコかけて『私を食べて』っていうめいめいよりやばいやつだから引かないであげてね」
「うん?」
また「私を食べて」という謎の言葉が出てきた。
僕は別にカルバリストではないのだけど。
「鏡莉、永継君に変なこと吹き込むのやめなさい。信じちゃってるでしょ」
「候補にはあったでしょ?」
「……ないけど?」
「照れてるしおりん、例のものを」
鏡莉ちゃんがそう言うと、栞さんがポケットの中から一枚の紙を取り出した。
「その体勢で紙を渡してるとなんかかっこいいな」
「鏡莉、その紙を受けとったら私と敵対すると思いなさい」
「望むところ。全てを知ったなっつんに許されてどうしたらいいのかわからない状態にしてやる」
鏡莉ちゃんは栞さんから紙を受け取ると、僕の背後に立って目の前で紙を開いた。
「これがるか姉のなっつんへのバレンタイになに送るかリスト」
「いっぱいある」
大体ノート一枚分ぐらいの紙が文字で埋め尽くされている。
その中には確かに『自分にチョコをかけてみる』と書いてある。
紙の中で『いやないな』と否定しているけど。
「ちなみにこの否定の文はこの状況を危惧して書き足したものだよ」
「宇野さんのことを知れるのは嬉しいけど、宇野さんの嫌がることしたら駄目だよ?」
「まさかの私が怒られた」
「永継君は人の嫌がることをする人が嫌いだから仕方ないでしょ。ほら、謝って」
宇野さんが床を指さしながら鏡莉ちゃんに言う。
「土下座しろと」
鏡莉ちゃんが僕の顔をちらっと見ると、何かの準備を始めた。
「永継お兄ちゃん、流歌お姉ちゃんが私にいじわる言うー」
鏡莉ちゃんが涙を浮かべ、僕を揺すりながら言う。
「きょう、りちゃ、ん?」
鏡莉ちゃんの揺する力が強くて上手く喋れない。
「こら鏡莉、永継君が困ってるでしょ。こっち来て」
「……はーい」
宇野さんがそう言うと、鏡莉ちゃんがとぼとぼと宇野さんの元に向かう。
そして鏡莉ちゃんが宇野さんの元に辿り着くと、思いっきり抱きしめられた。
「仕方ない子だなぁ、今回だけは許してあげる」
宇野さんがとても嬉しそうにそう言いながら鏡莉ちゃんの頭を撫でる。
「流歌お姉ちゃん大好き」
僕はどういうことなのか気になって芽衣莉ちゃんのところにやってきた。
「芽衣莉ちゃん芽衣莉ちゃん」
「なに? 夜じゃないけど夜這い?」
「ん? 違くて、なんで宇野さんは鏡莉ちゃんをあんな簡単に許したの?」
宇野さんは基本的に優しいけど、お説教が必要な時はお説教が済むまで許したりはしない。
その宇野さんがあんなに簡単に鏡莉ちゃんを許したのが気になる。
「お姉ちゃん効果?」
「それとあるかもだけど、流歌さんを『お姉ちゃん』って言って篠崎さんを『お兄ちゃん』って言ったからだと思う」
「え、なんで?」
より謎が深まった。
宇野さんが言われたからならわかるけど、僕が『お兄ちゃん』と言われて宇野さんが喜ぶ意味がわからない。
「……なんかやだから教えない」
「どうしても?」
「篠崎さんが涙目で尚且つ上目遣いをしながら頼んだら教えるかも。それか私のチョコがけを食べてくれたら」
なんとも難しいことを言われた。
前者はシンプルにやるのが難しいし、後者は多分表情を変えずに話を聞いている梨歌ちゃんに止められる。
「どっちも出来ないならほっぺにキスでヒントをあげましょう」
芽衣莉ちゃんはそう言って左の頬を僕に差し出した。
「それなら──」
「いい訳ないでしょ」
僕の身体が後ろに引っ張られた。
どうやら宇野さんに抱き寄せられたようだ。
「まったく、油断も隙もない」
「鏡莉にかけて貰った夢は覚めちゃったの?」
「鏡莉の計算だったのはわかってたけど、乗ってしまった私が恥ずかしい。ちゃんとお説教しといた」
鏡莉ちゃんを見ると、おでこを押さえてうずくまっている。
「永継君も永継君だからね。ほっぺにキスだって簡単にしたら駄目なの」
「特別なのはわかるんだけど、キスと握手って口か手かの違いしかないんじゃないかって思っちゃうんだよね」
「悪いお口だこと」
宇野さんが僕の唇に指で触れながらそう言った。
「これも握手と同じなんだ。なら……」
その触れた指を宇野さんが自分の唇に触れさせた。
「お返し」
そしてまた僕の唇に触れさせる。
「どう?」
「……」
僕はなんとも言えない気持ちになり宇野さんに抱きついた。
「可愛い永継君」
宇野さんはそう言って僕の頭を撫でる。
「流歌さん、エッチ……」
背後で芽衣莉ちゃんが駆け出して洗面所に入る音が聞こえた。
「姉さんやば」
「るかお姉ちゃんが魔性の女になってる」
「あれが流歌ちゃんの本気……惚れそう」
なんだか一人だけ違う感想が聞こえてきたけど、今はもう何も考えたくない。
というか考えられない。
「永継君、そろそろ離れないかい?」
「や! また宇野さんに何かされる」
大分落ち着いてきたけど、僕は宇野さんから離れられないでいる。
「私のチョコは食べてくれないの?」
「……食べる」
「じゃあ離れないと」
「……食べさせてくれる?」
もうしばらくは離れられそうにないので、悪いとは思いつつ宇野さんにお願いする。
「落ち着け私。いくら永継君が悲しげに上目遣いしてくれたからって押し倒したりするな。そしたら全部がおじゃんだ」
宇野さんが深呼吸をしてからチョコの袋を手に取った。
「私はチョコレートクランチにしてみた。永継君はもうピーナッツも大丈夫だよね?」
「呼ばれるのが嫌だっただけで、食べるのは平気だったよ?」
それももう平気になった。
僕の名前の由来は父親がピーナッツを食べていたからだと聞いていたけど、実際は夏に生まれたからと、お母さんの名前が「日和」で夏を感じさせなくもないからと、お父さんの「善光」と同じで最後が「つ」になるかららしい。
後付けに聞こえなくもないけど、僕の名前に対するコンプレックスは無くなった。
「なら良かったよ。あーん」
「あーん」
宇野さんの胸に顔を埋めながらもぐもぐする。
「すごいくすぐったい。どう?」
「とっても美味しい」
「一番の反応貰った」
誰が一番とかはないけど、なんだかほっこりする美味しさだとは思う。
「るか姉が胸を押し付けてるからでは?」
「押し付けてないでしょ。母性で味付けってこと?」
「それなんかエロい」
鏡莉ちゃんがそう言うと、宇野さんが梨歌ちゃんに何か視線で合図をした。
すると梨歌ちゃんが鏡莉ちゃんの顔に手を当てて目を合わせると、鏡莉ちゃんが逃げる前にデコピンをした。
「姉さんからの命令だから仕方ない」
「いつか酷い目に遭え」
「早く遭う為にもっかいやる?」
梨歌ちゃんが指を構えると鏡莉ちゃんがサッと土下座をした。
「とにかく、バレンタインは終了。結局永継君が中学時代に貰ってたのは一ノ瀬さんからだったのかね?」
「ん? それは私だよ?」
栞さんがサラッと言うので栞さんの方を見たら目を逸らされた。
「永継へのお礼も兼ねてね。てか、再開した時の手紙だって同じハートのシール使ってたのに気づかないんだもん」
確かに今回貰った手紙と、今まで貰った四枚の手紙は微妙にハートの形が違うようにも見える。
「そんなことより流歌ちゃんのお誕生日会をやろ」
そんなことではないとは思うけど、栞さんはそれ以上話す気は無さそうなので聞くことをやめた。
そうして戻ってきた芽衣莉ちゃんを含めてみんなで宇野さんのお誕生日会を始めた。
その間僕はずっと宇野さんの手を握り続けていた。




