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口笛楽団

作者: 笛乃木 公子

もちろんフィクションです。



――それは一つの呟きから始まった。



私はある日、口笛を吹いていて何となく思った。


『ボディ・パーカッションとかヒューマン・ビートボックスがあるなら、口笛もいいんじゃないの?』…と。


口笛も楽器を必要とせず技のみ。

身一つでいいし、一人でも十分楽しめる。


だから、『なんでみんな口笛で演奏しないのかなぁ』とある場所に呟いたんだけど、それについて賛否両論の御意見をたくさんもらった。


圧倒的に否定派が多くて、『行儀が悪い』『蛇が来る』『泥棒が来る』『今のご時世では云々…』など、昔ながらの諺を含めた意見が目立った。


…ちょっとブスくれたよ。でもさ、常識なんて最古の昔からあるわけじゃないんだし、時代に合わせて人が作ったものでしょ? それに口笛吹いて交流する民族だっているじゃん? …って思った。


しかし極少数ながら肯定派もいて、『盲点だった!』『面白い。聞いてみたい!』などと意見をくれた。やっぱり聞いてみたい人もいるんだ! と、私だけではないことにホッとした。


その時はそれで締め切り、以来そのことをすっかり忘れて何年も過ごしていたのだが、ある晩、ネット動画を見ていた時に一つの動画を見て驚愕した。


私が見ていたのは、素晴らしい才能を持つタレントを発掘するという、有名なオーディション番組だった。そしてその決勝戦に、なんと、口笛で演奏するグループが現れたのだ! 


私は画面を食い入るように見つめた。

演奏前に、これまでの彼らの軌跡が流れる。


◇◆◇◆◇


最初は友人五人だけの小さな集まりだった。

彼らは仕事帰りに誰かの家に集まっては口笛を練習していた。


しかし、アパートに住む各自の隣部屋から、又は実家の家族から(当然ながら)煩いと苦情が来たので、今度は野外に舞台のある運動公園で夜に集まって練習をした。


しかしそこでも苦情が来る。気味が悪い、怖いというのが原因だった。それに動物のこともあった。口笛の高音によって犬が吠え、迷惑だと周辺住民が通報。警察から注意を受ける。夜に外で練習するのは止めたが、それでも彼らは諦めなかった。


今度は部屋の中で、少し低い音で演奏する曲に変更。しかし低い音は難しく、まともに吹けるまでに時間を要したが、それによって熟練度が増した。


上手くなったと感じた彼らは、公民館の小さな部屋を借りて伸び伸びと演奏し録画。再生してみて『これなら』と思った彼らは動画サイトに載せた。もちろん顔は隠して。


その反応は…、あまり芳しくなかった。


自信があったのでちょっとくらい良い評価を期待したが、現実はそう甘くない。皆ガッカリしたが、『好きでやるんだから』と自分達を慰め、続けることにした。


良い反応を期待することを諦め、自分たちの好きな曲を好きなように演奏しては動画サイトに乗せていたが、それが返って良かったらしい。この頃から徐々にいい評価が付き始めた。


そして『実際に聞いてみたい!』というメッセージが増えたので、試しに以前使った野外ステージがある場所でやってみることにした。


もちろん、『ちょっと外の舞台で口笛吹いていいですかね?』と公園の許可をもらい、それを『○月○日に○○公園でやります』と動画サイトでお知らせ。


公園側も、彼らが機材を持ち込んだり舞台を飾り付けたりするわけでもなく、五人で舞台に立ってチョコっと口笛を吹くだけなので、子供が遊ぶくらいの感覚で許可を出したのだが………予想に反して大人数が現れた。


公園のアチコチでは人が散歩をしたり運動をしたりと楽しむ人もいたが、野外舞台の前にだけ人だかり(百人ほど)ができていたのだ。中には今から何が行われるかわからないのに参加している人もいた。


公園の管理者がそれを見て慌てて出てきて、『申し訳ありませんが、中止してください』と彼らに言い、観客たちにも拡声器から『解散してください』と言って回った。もちろん彼らは抗議したが、これ以上騒ぐと警察を呼ぶとまで言われては引き下がるしかない。


本人たちのせいではないが、彼らは観客に申し訳ないと謝った。動画サイトにも謝罪の報告を載せたが、視聴者は『思ったより客が大勢いて驚いた』『これで諦めずにいつか披露してほしい』という優しい言葉をかけてくれた。


その言葉に本人たちも勇気づけられ、何度か公園の責任者と交渉の末、三十分だけなら…、と許可をもらった。彼らもそれ以上演奏は無理だと思っていたので十分だった。


そして演奏会には前回の人より少し多めに集まったが、成功とはいえなかった。外では環境が音の広がりを左右するのだ。鳥の囀りや人々の話し声で口笛がかき消され、奥の方まで音が届かなかったため、外でやるのはその時限りとなった。


それと三十分の演奏をしてわかったことだが、口笛だけで三十分もたせるのは難しいと彼らは感じた。彼らはたった五人しかいないのだ。今のままでは限界があった。


問題は口の筋肉疲労だった。音の強弱や調節はとても繊細で、毎日鍛えていても長時間は大変なのだ。あまりやりすぎると筋肉が痙攣し、まともに話すことも難しくなって仕事に支障がでる。


頭を抱えて『どうしたものか…』と悩んでいた時、彼らに会いたいという者からメッセージが来た。自分も仲間に入れてもらえないかということだった。


その人はどうやら近隣に住んでいるようなのでさっそく会ってみると、口笛は申し分ない巧さだった。他にも仲間になりたいという人がいるというので紹介してもらい、それが徐々に増えて三十人にまで膨らんだ。


しかし集まったはいいが人間関係は難しく、馬が合う、合わないがある。強制ではないので抜けるのは止められない。しかも手当が出るわけでもないし、部屋を借りるための料金まで各々が出しあっていたので出費ばかり。


好きじゃなければ到底やっていけないような状態だ。動画サイトで広告料が入ればいいが、当時はまだそこまで評価はされてはいなかった。


徐々にメンバーが減って十五人になった時、ようやくグループにまとまりが出てきた。それに、音大出身の一人が大変活躍してくれた。編曲したり、専門分野で色々と助言をしてくれたお陰で、素晴らしい演奏が出来るようになった。


その動画が評判を呼び、広告料も入り部屋を借りる料金も払えるようになるが、本業の方に顔がばれて、同僚や上司から嫌味や妬みを受けることになった。仕事を邪魔されたりすることもあった。


そんな時に限って悪いことは重なるもので、最初のメンバーの内の一人が彼女に別れを告げられた。会えない日々が多く不安だという理由だ。無理もない。休日や夜は殆ど練習に行っているので、彼女とはほぼ会えなかったのだ。


落ち込む彼に他の仲間は『彼女を見返してやれ!』と焚きつけ、闘志に燃えた彼は一層気合を入れて頑張った。そして紆余曲折を乗り越え、彼らはようやくここまで辿り着いたのだ。


◇◆◇◆◇


―――そして、いよいよ演奏が始まった。


十五人の男たちが何種類かのパートに別れて音楽を奏でる。口笛とは思えないほど素晴らしい音色がホール一帯に響き渡り、聞く者の心を天高く舞い上がらせた。


『~♪―――…』


―――曲が終り、会場がシーンと静まり返り、彼らが客に向って一礼すると、一斉に拍手喝采が起こった!


彼らはやりきった。ここまで全力を尽くした。

もう何も思い残すことはない、…そんな顔だった。


そして審査に入る。優勝は―――――…。


『口笛楽団!』


司会者が言った瞬間、パァン! という爆発音と共に、一斉に大量の紙吹雪が舞台空中を舞う。男たちが『ウォ――――!』と叫びをあげ、飛び上がったり肩を叩いたり抱き合ったりして喜びを分かち合った。


その騒ぎが一通り落ち着いた時、司会者が舞台袖から一人の女性を連れて来た。そして優勝者の一人の男性の前に連れてくると、彼はその場で片膝をつく。


そしてポケットから小箱を出して開け、彼女に差し出して何かを言うと、彼女は頷いた。その瞬間、また『ウォ―――!』と周りの男たちが叫び、彼らを取り巻いてまた騒ぎが起きた。会場からは別の口笛がたくさん聞こえて大盛り上がりだ。


字幕の説明によると、彼女は仲間の一人と別れた女性だった。彼女が彼と別れた理由が演奏に集中してほしかったからだそうな。他の四人が彼に黙って彼女に理由を聞きに行った時に教えてくれたらしい。別れた後も彼女は影から助けてくれていたそうだ。


彼らは最初から知っていたのだ。だからこのオーディションが決まった時、四人が彼に彼女のことを打ち明けて迎えに行けと責付いた。この時二人は()りを戻したそうだ。


優勝したら公開プロポーズすると番組側にも伝えていたらしい。そりゃ~番組も盛り上がるよね。審査員からも彼らへの祝福が送られた。そして気になっていたことを彼らに質問した。


司会者『ところで、どうして口笛で演奏しようと思ったの?』


グループのリーダーがそれに答える。


「もうずっと昔の事なんですが、どこかのQ&Aサイトで『なんでみんな口笛で演奏しないのかな?』って質問が書いてあるのを見たんですよ。それを見た瞬間、『ガーン!』と頭から雷が落ちたようにビリッと感じたんです。なんで思いつかなかったんだろう! ってね」


それを聞いた私は衝撃を受けた。


その時、ある放送局の番組、『蝶の羽ばたき効果』が頭に思い浮かんだ。まあ、歴史を変えるほどではないけど、あんな何気ない一言で人生って変わるもんなんだ…、と。


彼らの話はまだ続いていたが、私はそこで動画を見るのを止めた。


人生とは不思議なものだ。どこでどんな運命が待ち構えているかわからない。見過ごしてしまえば幸運は通り過ぎてゆくし、それを掴むためには人が普段しないような努力や経験をしなくてはならないし、報われるとは限らない。


それでも信じて進み続けたから今の彼らがあるのだろう。


あれを呟いたオバちゃんが婆ちゃんになるほど年月は経ったけど、彼らの行動が報われて良かったと思う。


――そしてパソコンの電源を切った私は、心安らかな気持ちで床に就くのであった。今日はいい夢が見られそうだ。


おしまい

…な~んちゃって。人間ビートボックスとかボディ・パーカッションなんてあるんだから、口笛もあっていいんじゃない? なんて考えてしまいました。あったら面白いな。


口笛吹いていて思ったんですが、セリーヌ・ディオンさんの『My Heart Will Go On』だったら吹きやすいし、盛り上がるんじゃないかな(いっぱい苦情が来そうだけど…)。


お読みいただきありがとうございました。

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