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"環"  作者: 正さん
六章
47/47

四十七話「Wow」



「…二人とも行ったぞ、蹴上」


「鳥辺野…実はよ、脇腹にも2発喰らってんだ」


「…だと思ったよ。昔のお前だったら膝の鉛玉くらい指で摘んで取り出してたし、唾付けときゃ治るって病院にも行かなかったっけな」


「注射が怖かったんだよ」


「鉛玉より注射が怖いか」


「あぁ、俺はそういう人間だ」


「はは、お前らしいな」


「…十年前を覚えてるか、鳥辺野」


「覚えてるよ。昨日の事のように思い出せる」


「…柳太郎さんは…あん時、俺らの英雄だった…格好良かったよな」


「…そうだな…あん時の姿で惚れたんだよ、俺は…」


「分かるよ…。お、東の奴らが来た。残りの弾数は」


「……合わせて、12発ってとこかな」


「見えてる範囲で5人か。ミスらなきゃ生きて帰れるな」


「…ああ、そうだな」


「西と東が合併したら、西はどうせ潰される。今生き残ったってどうせ東も西も企業に搾取されてもぬけの殻になって終わりだ。誰を会長に置こうがな」


「あぁ…澁澤会長の時だって、今の軍扇の三代目だって…」


「そうだ。ならせめて…足掻いて、脛に傷くらいは付けてやろうぜ」


「…脛に傷か。良いな。かの有名な岡田」


「岡田以蔵はまず足を狙ったんだろ!知ってるよ!耳にタコが出来るくらいずっと話されてんだからな!」


「…ちょっと話しすぎたみたいだな」


「二つの意味でな…肩貸してくれ。行くぞ兄弟」


「兄弟?お前と盃を交わした覚えはないが」


「桃園の誓いを交わしただろ!俺とお前と延彦で!遺言状を見た夜に!」


「我ら三人、産まれた月日は違えど、死ぬ時は同じであることを望む、ってやつか」


「あぁ、それ」


「分かった、ならそれの為に暴れてやろう」


「…」


「…やんぞ、兄弟」


「へ、そう来なきゃな」





 てつが、晶の取り巻き?何を言ってるんだこいつは…。

 なんであいつが晶側についてる?なんで…。

「おい、それがもし出任せだったら」

 一歩踏み出す俺を、杉本君は冷たい目で見つめた。

「殺すって?いやどっちにしろ俺死ぬじゃん、どうせ「俺と手を組まないか」系で買収なり何なりしたいんならさ、俺が死なない道を選択肢として出せよ」

「…」

「そんなんでお父さんの後継げんの?」

「…」


 …そう、だな…。

 てつを疑いたくはない。

 でも、もし晶とてつがグルだとして…あいつが今華菜ちゃんと合流して中庭で俺を待っているのは…。

 菜那さんや、艮くんの事を…最初から見抜いていたとしたら。

 夏祭りの日、線香花火をした日に「みんなが思ってる倍環さんが好き」と言ってくれた、てつは…。


「…」


 …四の五の言ってる場合じゃない。考えてる場合じゃない。

 知らなければ。

 そのために、デバッグ作業を終わらせて、バグを全て削除して、さっさとリリースへの準備を進める必要がある。


「…なら、これから君を…買収しようと思う」

「お、いいね。ちょっとドキドキする事言うじゃん」

「もしも俺を通してくれたら…」

「通してくれたら…何だろ。金を払うとかかな?幾らくらい?」

「金ではなく、行動で支払おうと思う」

「行動で?へー、どんな行動で払ってくれんの?」

 そう言いながら、余裕そうに息を吐き、右の口角を上げて笑う杉本君。

 少し考えてから、俺はこう答えた。


「松田君と智明さんの二人を、二度と…俺達という極道社会へ近付けないと誓うよ」

「…!」

 目を見開く杉本君。

「君の命の保証は出来ないけど…どういう約束をしたかを晶が知ったら…君を責める事は出来ない筈だ。晶が責めないのなら、晶の取り巻きも強行手段には出られないだろう。それでどうかな?」


 俺がそう言うと、杉本君は少し悩んでから、ゆっくりと二度頷いてくれた。

「……うん、分かった。それなら良いよ」

 …よかった。杉本君は本当に、心の底から良い子なんだろう。


「ありがとうね。杉本君」

 例を言うと、彼は気まずそうに首を横に振ってから俺へ背を向けた。

 …じゃあ、俺も中庭に行くか…。

 華菜ちゃんを待たせてしまってるし…てつの事もある…。

 まだあいつが晶側だと確定した訳じゃないけど、それを確認するためにもさっさと向かわないと…。


 この窓から見る限り…華菜ちゃんは、てつとワキノブ君と三人でまだ中庭にいるみたいだ。随分待たせてしまったんだな…。

 ならさっさとダッシュで向かっ……。


 …いや、待て。

 適当なことを言って、彼を少し揺すってみるか?

 本当にてつが晶側なのなら、杉本君は俺が言った適当な嘘を訂正するか、もしくは適当に乗っかって来るんじゃないか?


「…杉本君、ちょっと、待ってくれるか」

「?なに?」

「華菜ちゃんから連絡が来てさ…今あの子達も体育館に居るらしいんだよ」

「…そうなのか?」

「あぁ。艮君も三人の隣に居るみたいだ」


 …さて、どう出る?

 杉本君から目を逸らさずじっと見つめて出方を伺うと、彼は、窓へ目をやってから、俺の方へゆっくり視線を戻した。


「…へえ」

「?」

「今華菜ちゃんは誰か二人と一緒に居るのか…」

「…」

「そもそも、華菜ちゃんは本当にてつとワキノブ君と一緒かな?」


 …!?

 こっから飛び降りるくらいの勢いで窓から外を見た。

「華菜ちゃ…!!」

 中庭には…華菜ちゃんとワキノブ君。そしててつの三人が。

「!?何…」

「…揺する相手は選べよ、跡継ぎ君」

 杉本君は俺の肩へ手を置き、自らの耳を指差した。


「…ワイヤレス…イヤホン…?」

 彼はそれをずっと耳に着けていたのか?

 なら…今まで杉本君が俺に向けて話した事のうちのいくつかは、誰かに指示されて話した物って事か?

 誰がそんなことを…。


 もう一度中庭に目をやると、華菜ちゃん達がいるところから死角になる植え込みの間に、こちらに手を振る女の子が居ることに気付いた。

「分かるだろ」

「…成る程。今までの会話はほぼ全部…あそこにいる朱里さんの指示だった、ってこと?」

 杉本君は頷いてから、朱里さんへ手を振り返し、スマホを操作して電話を切った。

 そして、イヤホンを耳から抜き、ポケットへしまってから…ゆっくりと俺の方を見た。

「そう。朱里さんがなんであそこに居るかっていうと、丸岡徹は信用できないと踏んでるから」

「…」

「そんで…」

「…」

「…徹ではなく、俺が、これから…朱里さんや晶さんにとっての信用できない男になるんだよ」


 …杉本君…。


「…晶への恩とか、情はないのか?」

「買収した君がよく言うな」

「…は、確かに。それもそうか…」

「ふふ、面白いな環くんってば」


 杉本君はクスクスと声を出して笑ってから、俺の肩をもう一度優しく叩いてくれた。

「まあ、あの言葉は大半朱里さんに言わされてただけって事にして水に流してよ。俺だって君が手首折ろうとしてきた事は水に流すからさ!」

「うん…にしては…妙にノリノリだったような気がするけど…?」

 俺がそう言うと、彼は気まずそうにぎこちない笑顔で笑いながら、また俺の肩を叩いてきた。

「あ、いや、俺はさ!君らと違って普通の一般人だから…そういう…非現実に首突っ込めるってなったら誰だってあんな感じでノリノリになっちゃうって…」

「そういうもの?」

「そういうもの!」


 …そういうものか。良く分からないけど…そう言われたらそんな気がしてきたな。


「で…晶は今どこに?」

「体育館に居るよ」

 …随分簡単に教えてくれるんだな。本当にこっち側についてくれるのか。

「晶も宮部さんの舞台を見に?なんというか…仲が良いんだね」

 俺がそう尋ねると、杉本君は声のボリュームを落とし、穏やかな声色でこう答えた。

「そう。まあ晶さんの場合は付き合ってるんだから当然だよ」


 …。


 …は?


「つ!!!???」

「あ、知らなかった?びっくりよな!まさか女の子同士とは…」

「…」

「でもマジだよマジ!前キスしてんの見たし、しょっちゅう二人で泊まってるし…なんかめっちゃアレだった、こう…二人だけの世界って感じでさ!幸せでいてくれって思っ…」

「…」

「…なに?どした?」

「…晶に、彼女…?」

「え?うん、彼女…」

「……晶に……彼、女…?」

「彼女……あ、そういうこと?あ、あーーーあー、あの、あれ、あの…そっか、そっか!!」

「…」

「あー……い…良いことあるよ、きっと」

「……じゃあ…完璧に脈無しなんじゃん…」

「あーー!オッケー!文化祭終わったら一緒に美味しいもの食べよ!この辺りに良いラーメン屋あるから!な!奢るから!な!」

「…彼女…」

「餃子もつけていいから!炒飯がいい!?それかもっと別のとこ行く?な!行こ!」

「彼女…」

「ラーメンと餃子と炒飯な!エビチリもつけてもらお!コーラも!一応途中で銀行寄ってもいい!?」

「優しいんだね…杉本君…」

「いやいや失恋ってのはキツいもんだから!分かるよ!俺の財布もキツくなっちゃうけど!買収って今からラーメン代に変更する事って可能?」

「…下の名前はなんていうの?」

「え?何突然?俺の下の名前?」

「うん」

「無いけど?」


 …無い?

「……ちょっと学生証、見せて貰っても良い?」

「いちいち持ち歩いてないよ…え?何?なんか…悪いこと…?校則違反だったりする?」


 …そう、か。名前、無いのか。

 ……能力のデメリット…とかじゃないよな。

 …いや、まさかな。



 

「華菜ちゃん!ごめんね、お待たせ…!」

 華菜ちゃんの元へ猛ダッシュで駆け寄ると、華菜ちゃんは顔を上げ、拗ねたような視線で俺の事を見つめた。

「もう文化祭のステージ終わりそうなんだけど…何してた?」

「ごめん…色々あって…」

 あぁ、華菜ちゃんを怒らせてしまった、どうしよう…。

 華菜ちゃんもステージ見に行きたかったんだ…。

 今から急いで行けば、なんとか間に合うか…?一曲くらいは聞けるんじゃ…。


 隣に居るてつと忍君へ目をやると、二人は顔を見合わせてから、肩をぐるぐる回したり、ストレッチをしながらこう言った。

「じゃ、アレしかありませんね」

「…アレ?」

 アレってなんだ?

 華菜ちゃんの方を見て「アレって何?」と聞いてみると、華菜ちゃんも分からないのか、眉間に皺を寄せてから首を横に振った。

 次の瞬間。


「一番遅かった人が奢りー!!!」

 てつが走り出した。

「あ!コラ!ちょっと!!フライング!!!」

「へへへ!ほら!悔しかったら追い抜いてみ…環さん足早!!!」

「大人げないぞ環コラ!!!妹に温情見せろ!!!」

「それ言われると負けたくなっちゃうな…」

「じゃあちょっとくらいスピード落とせや!!」

「みんな、後は任せた…私の分まで頑張ってくれ…」

「ワキノブお前体力無さすぎだろ!!!」



 到着した頃には、ステージはほぼ、終わりかけていた。

 ステージの上には、髪を下ろした宮部さんが立っていて、マイクを握りしめ、健やかな笑顔で観客を煽ったり、バンドメンバー達と見つめ合ったりして、彼女の思うがままに楽しんでいるようだった。

 宮部さんが歌っていたのは、少し古めではあるけど、CMやテレビで良く聴いていた、サビを聴けば「この曲か」と少し経ってからピンと来るような有名な洋楽の数々。

 華菜ちゃんは、俺の隣に立って、宮部さんのさんの姿を見て、目を輝かせていた。


「…なんか、不思議」

 ぼーっと見ていた華菜ちゃんが突然口を開く。

「?」

「英語の歌詞なのに、なんか…なんて言ってるのか分かる」

「…確かに、そうだね」

 華菜ちゃんの言う通りだった。

 全編英語の筈なのに、まるで…日本語がそのまま流れてくるような歌声というか。下に字幕が出ているような感覚に陥るというか…。

 宮部さんの歌声は、彼女自身が歌詞の中で伝えたいワードをそのまま紙に書いて差し出してくれているような、というか…眼前に思い切り叩きつけられているような歌声だった。


 でも無理強いされてる訳じゃなくて、不思議と嫌じゃなくて。

 もしかして…歌声で何かを伝える、っていうのが、神足さんの能力だったりするのか。

 なら晶が見に来る理由も分かるし…晶が、惹かれる理由も分かるかもしれない。


 そんな事を考えていると、華菜ちゃんが突然こんな事を尋ねてきた。

「いつから、知ってた?」

「……え?いつからって…?」

「私が、環の妹だってこと」

 華菜ちゃんは言い終わると、寂しげに俯いてしまった。

 …正直に答えるしかないな。ここは。嘘をつく理由もない。


「……随分、前から…かな」

 俺の答えを聞いた華菜ちゃんは、ゆっくりと顔を上げてから、俺の方を向き、少しだけ頭を傾けた。

「寂しかった?」

「…………」

「……」

「……うん、寂しかったよ」

「…一人で考えさせてごめん」

「……謝らないでよ」

「謝らせてよ、悩んでることにも気付かなかった」

「……」

「……友達だったのに…」

「…友達…だった…」

「…うん、友達だった」


 …過去形…になるのか。

 ……そうか。


「……私、お兄ちゃん二人いるんだな」

「…そうだね、智明さんと、俺…」

「環の方が好き」

「…ふふ……もしかしたら、俺が華菜ちゃんと、智明さんと同じくらいの時間を過ごしたら…」

「嫌いって言うと思う?」

「……うん…嫌いになっちゃうかもしれないよ?」

「……嫌いになるくらい、環の、側にいれるってこと?」

「…………華菜ちゃん?それ、どういう意味…?」

「…聞こえてたんだよ…前、環が、ワキノブと家に来てくれた時、お母さんと話してた、言葉…」

「…」

「……いれる?」

「……分からない」

「…そっか……」

「……」

「……そっ…か……」


 華菜ちゃんはまた俯いて、そんな華菜ちゃんの頬に一筋の涙が伝った。

 ポケットからハンカチを取り出し、華菜ちゃんの頬に伝う涙を拭うと、華菜ちゃんは目を閉じて、受け入れてくれた。

 華菜ちゃんの耳を撫でる。

 すると、華菜ちゃんは目を少しだけ開き、俺の手の甲を撫でてくれた。

「……このハンカチ」

「……うん」

「…ほしい」

「……ほしいの?」

「……ほしい」

「…分かった、あげる」


 華菜ちゃんは俺のハンカチを取り、しばらく手で撫でていた。

「…華菜ちゃんのものだよ」

「環も?」

「……うん。華菜ちゃんのもの」

「…私のこと、好き?」

「うん、大好きだよ」

「…そっか…」

 ほんのり赤くなる華菜ちゃんの耳。

「ふふ……そっか」


 晶の言った言葉を思い出した。

「もしも華菜ちゃんが俺に惚れたらどうするつもりだ」

 その言葉を。

 もしかして、と思った。


「……環、あの、ひとつ、相談」

「…う、うん、ど、どうしたの…」

「……好きな、人、出来た」

「…!?………!!??……!?……???……!!!!!」

「環じゃないから安心して」

「……あ、よ、よかった…」

「……」

「…どんな人か、聞いても良い?」

「…………」

「………そっか…その人か…」

「…内緒にしてくれる?」

「…うん、分かった、勿論内緒にするよ」



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