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"環"  作者: 正さん
六章
46/47

四十六話「アンコール」



 さっき、この子なんて言った…?

 能力者、って…。

「…杉本、君、だよね?君は、能力者なの?」

「うん、そだよー、能力者なの」

 俺がそう訪ねると、彼はさらっと当然のように答えた。

 信じられないような、非日常的な事をまるで日常の雑談のように。

 …いや、それで良いのか。

 杉本君にとって、能力は…自分に備わったものだから…。


 なんて事を考えながら杉本君の顔をじっと見ていると、彼は何かに納得したように一度大きく頷いてから、俺の事を指差してきた。

「そっちの身内とか知り合いにも何人か居るだろ?神様君とか…菜那さんとかさ?」


 !!

「…?百々君にも君に似た能力があるのか…!?」

「お、菜那さんの方には驚かないんだな。まあ、そりゃそうか。そりゃ当然の話か…」

 杉本君は納得したのか、頭をぽりぽりと掻きながら言葉を続ける。


「俺の能力について説明すると…まあ、人の記憶に残らない能力って言えば分かりやすいかな?俺が「あーこの人には俺の事忘れて欲しいな」って思ったら、いくら仲良い人が相手でも…例えば俺の家族とか?でも、俺の事を忘れさせることが出来んの。まあ、まだ家族相手にはやったことないけどね」

「…それは、すごいな」

「だろ?でもこの力の悲しいとこがさ、忘れさせたら二度と思い出させることは出来ないんだよ〜…これがこの力の唯一のデメリットかな?」


 …彼の話し方とか、態度からして…嘘をついてるとは考えにくい。

 彼は俺達が行く先行く先で行った事とか話した事を真隣で聞いていた。

 それに、その目で…直接見ていたんだ。

 なのに俺達が杉本君の存在に気付かなかったのは、彼が俺と杉本君が会った事や、杉本君に関わる事を逐一忘れさせてたから…。

 能力には杉本君の力みたいに、人の記憶に干渉できる物もあるのか…。

 能力は万能じゃない、デメリットもある…。

 …額塚さんにもそういう力があったとしたら…ニンベン師という身分は、その力あっての物なのか?

 なら菜那さんは、杉本君と似たような力を持っている…?

 だとしたら菜那さんの力のデメリットは何なんだろう?


「…それは…生まれつき、人それぞれに備わってるものなのか?」

 俺がそう問いかけると、杉本君は首を傾けた。

「分からないんだよな~…ただ、大事な人の助けになりたいな~って思った時に備わってたから…そういう…人それぞれ素質?ってのがあるのかも。開花するものなのかな?」

 大切な人?…晶の事か?杉本君は晶とどういう関係なんだ?


「…その、助けになりたい…大事な人ってのは、誰のこと?晶?それとも…また違う人?」

 考えていても仕方ないと、思い切って訪ねてみると、杉本君は照れ臭そうに、晶とはまた違う、俺と馴染み深い人の名前を出した。


「松田龍馬だよ」

 …!

「!松田くん…!?」

「うん。松田はさ…俺が中学入って、初めて出来た友達だからさ…」

「だから、彼を何としてでも守りたいの?」

「あぁ、だから守りたいんだよ」

「……」

「何がおかしい」


 杉本君はそう言った後、俺の事をじっと見つめた。

 睨むのではなく、真っ黒な瞳で、獲物を捕らえるように、じっと…見つめた。


「…君は、松田君が…大好きみたいだね」

 俺の言葉に、杉本と名乗る男は照れ臭そうに笑い、松田君と同様、頬を掻きながらこう呟いた。

「あー、まあ…す…好きとか言われると…なんか妙な感じするし…なんか恥ずいけど…あははは…」

 そして、顔を上げ、俺の目をじっと見つめた。

「…うん、大好きだよ。言ったろ、初めて出来た友達だって」


 そして、俺の方へ一歩踏み出した。


「……」

「俺知ってるよ、澁澤の家がヤクザだってこと」

「……知られてるのか、まあ、仕方ない」

「この学校の人たちはみんな知ってる」

「……」

「俺が言いふらしたし」

「……そっか」

「でも誰か言いふらしたかはみんな覚えてないんだよ」

「…君の能力のおかげだね」

 杉本君はもう一歩踏み出した。


「うん。それに、華菜って子が蹴散らしたって話を広めたのも俺だし、お前が今困ってる物全部に…俺は大体関わってると思うよ」

「!」

 杉本君は、また一歩踏み出した。


「正直さ、ヤクザの息子にこうすんの、死ぬほど怖いし、今めっちゃおしっこ漏らしそうなんだけど」

「……」

「でも、でも…あぁーー…待って、待って……いやだめだ…ちゃんと…ちゃんとしろ俺…!」

 杉本君は声を震わしながらも、恐怖心を誤魔化すようにペラペラと喋り続けた。

「松田には佐藤さんとの恩もあるし、ゲームをおすすめしあった仲だし、カラオケも行きまくったし…松田はもっと怖い目にも遭ってたし…」

 目をぐっと閉じながら、俺の方へ一歩踏み出す杉本君。


「…覚悟は、決まった?」

 杉本君は顔を上げてから、閉じていた目をゆっくり開き、震える声でこう言った。



「俺、母さんがめっちゃ厳しくて」


「お世話になった人に優しくしなさいって」


「恩を仇で返すようなことはしちゃダメだって、しつこいくらいに怒られたりしてて」


「だから」


「こちとら覚悟なんてずっと前から出来てんだ」



 杉本君はそう言って、俺の鳩尾へ拳を入れた。

「……うっわ…!」

 それを掴む俺の腕。

「あ、待って、痛い、手首、そう掴まれるとマジで痛い…あの澁澤さん、手首って折れたらヤバいって聞かない?なんか一生治らない的な痛い痛い痛い痛い!!!」


 そう騒ぐ杉本君を見ていて、ハッと我に返った。

 待て。俺は今から中庭に行こうとしていて…。


「待て」

「痛いんだけど」

「今俺これから何をするつもりだった」

「痛いから離してくんない?」

「…なんで君が俺に接触した?俺は単に華菜ちゃんと文化祭で…」

「だから痛いんだって」


 彼から手を離した。

 その瞬間、遠くから騒がしい音楽が流れ始め…。


「…あ、晶は!?佐鳥晶はどこにいる!!」

 杉本君は、自分の手首を撫でながらまっすぐ俺の目を見つめ、こう言った。


「知らない」

「…」

「…澁澤、あのさ、俺今考えてたんだけど」

「…」

「俺ら二人ともさ、高三にしては苦労しすぎてないか?」

「…」

「これから先の人生が楽だったらいいけど、俺はこうやって澁澤のこと敵に回すわけだから、そうもいかないし」

「…」

「…まぁ、だから何だよって感じよな」

「…」

「分かるよ」

「…」

「追い詰められて焦んのは分かる。まあ俺の場合課題とか親の財布から300円パクったときとかだけど…」

「…」

「…なんかさ、その焦りに…自分とか、家族の命がかかってるとすれば、そりゃ自棄になると思うよ」

「…うん」


 杉本君は俺に同情してくれたのか、悲しそうに俯いてから、音楽の鳴っている方へ目をやった。

「…今、俺のもう一人の友達がさ?体育館でバンドやってんだよ」

 …バンド?

「…あー、この音楽はそれか…」

「そう。神足が今歌ってるんだよ…大勢の前で…3~4年ぶりに」

「…神足…?」


 神足さん…どこかで聞いたことがある名前だな。

 あ、確か祭りの日に…晶と一緒に居て、華菜ちゃんへ告白させてくれた、ちょっと落ち着いた雰囲気の子だよな?

 って…あの人の名前…確か宮部さんじゃなかったか?


「うん。宮部神足だ」

 杉本君は、俺が首を傾けているところを見て何かを察したのか、宮部さんのフルネームを教えてくれた。

 あぁ、そういうことか。なるほど…宮部さんの下の名前が神足なんだ…。

 俺の態度から察したってところを見るに、あの場に杉本君も居たのかもしれないな。

 気付かなかった…本当凄い能力だな…。


 杉本君は言葉を続ける。

「…俺はこれから体育館に行って神足の初舞台を見に行きたい。あんたはこれから華菜ちゃんと合流したい。だから…お願いしますって言ったら、通すよ」

「お願いします」

「まさか即答するとは思わんかった…」

 迷ってる場合じゃない。それに、杉本君は今すぐにでも体育館に行きたい。なら俺を止め続ける理由も無い筈だ。


「通らせてくれないか。俺はただこれから華菜ちゃんと合流したいだけなんだよ」

 そう言いながら頭を下げると、杉本君は困ったように周りをキョロキョロ見てから、こう呟いた。

「それが困るんだよ…こっちとしては」

「…え?」

 華菜ちゃんと合流されたら困る…?何でだ…。


「華菜ちゃんと会ったら、その後どうせ額塚さんとも合流するだろ?そしたら続々と、百々とか帷子、廉君…そんで…艮とも合流される。それがこっちとしてはめちゃくちゃに困るんだ」

「…」

「特に…」

 …レン君かな?確かに、レン君は東の組織である軍扇興行組の三代目会長の息子さんだ。

 そんな人が五代目候補の俺と仲良くしてんのがまずいってことか?


 …杉本君に思いきって聞いてみるか?


「…レン君と会われるのが特に困るのか?」

 顔を上げ、そう聞いてみると、杉本君は目を見開いてから首を横に振った。

「いいや、一番困んのは艮だよ」

「…は?」

「艮って聞いてピンと来ないか?」

「…艮…」

「…あー、ほら、これ見なよ」

 杉本君は考える俺を見かねてか、後頭部をがしがし掻いてから、ポケットから取り出したスマホでとある記事を開き、俺へ見せてきた。


「艮の父親はな、XYZの役員様なんだよ」

「は…!?艮君の父親が!?」

「うん。この人はなー、東の極道組織の色んな事件を先導した上に、朱里さんのリンチにも軍扇の力を使ったんだってさ」

 リンチ…!?なら、朱里さんをリンチしたのは、蹴上じゃなくて艮君の父親だったってことか?


「まぁ、俺が集めた情報によるとな…実行犯は、艮と、企業に金を積まれてパシりにさせられた若衆達。艮をリンチに踏み切らせたのは「中学ん時にお前をいじめた奴は雅朱里だ」って…額塚さんを使ってデマカセを吹き込んだから…」

 言い終わると、杉本君はポケットにスマホをしまった。


「デマカセ…なら、実際に艮君をいじめたのは…」

「まあ、十中八九額塚さんだろうな…だから…額塚さんの能力は、俺みたいに人の記憶とか意識とかを改竄する力なんじゃないか?と推測できるんだよ」

 …額塚さんの…能力…。


「なら…艮君の父親をはじめとした、企業の奴らは…自分の息子や額塚さんを利用して、晶を揺すろうとしてるってのか?」

「そうだよ。晶さんは伝説の女の一人娘だ。あの人が企業に狙われんのも不思議じゃないし…那月さんっていう、晶さんを恨んでる人は利用しやすいからな」


 …。


「…なら、尚更行かせてくれないか。何だってする」

 俺がそう頼むと、杉本君はぐっと眉間に皺を寄せた。

「何でも?それで俺に何の得がある?」

 …そうか。そりゃ、そうか…。

「…額塚さんが華菜ちゃんと接触したら困るんだ。もし、華菜ちゃんまで…利用されたら…」

「それは俺らで何とかするよ」

「…」

 …やっぱり、俺なんかじゃ…説得は…無理か。

 ……蹴上、鳥辺野…。

 …俺みたいな、奴が、跡継ぎじゃ…。


「…まあ、もういいや。あんたの好きにすれば良いよ」

「…え」

「でも、君が行ったら、俺は晶さんの取り巻きに殺されるかもしれないけどね」

「…取り巻き…」

「取り巻き怖いよ?退院したばっかの朱里さん…あと〜…明人?沢田もだし…彩…さんはそんなに怖くないかも…いや分からんな…あの人たまにすっごい怖い顔するしな…」

「あとは誰だ?」

「宮部神足」

「…そっか」

「あともう一人いるよ」

「もう一人?…誰だ?」

「丸岡徹」

「……は?」

「……やっぱり気付いてなかったんだな…本当甘い人だよ、君は」




 ステージに立って歌う神足を見ていたら、ふと、一月前の事を思い出した。

 鳥辺野と話す環と、そして、蹴上の事を。

 旅館の二階を走り回って誘導してた時に、後ろから話しかけてきたスーツ姿の男の事も思い出した。


「こんにちは。その態度からするに…しっかり受け取ってもらえたようですね。京洛西門一家五代目組長……じゃない方。ご息女の佐鳥晶様」

 一目見て、こいつの事は心底嫌いやと思った。

 五メートル以上は離れてる筈やのに、子供の頃連れ込まれて、閉じ込められて、利用されまくってた場所。

 クソ企業の社屋の匂いがぷんぷん漂ってたから。


「ご紹介が遅れました。私XYZ事業本部長の…」

 男が自分の名前を名乗ろうとしたその時、足元に銃弾が撃ち込まれた。

「!?」


 振り向くと、そこには…。

「晶。こいつに近付かないで」

 前傾姿勢で拳銃を構えた、朱里が立っていた。

「朱里…!?」

「名乗れるもんなら名乗ってみなよ。ねえ、艮さん」

 朱里がそう言いながら拳銃を男に向けると、男は目を見開きながら、私と朱里を交互に見た。


「…あんたの息子でしょ?私をリンチしたの」

「ほう、だったら何だ?」

「私だって脛に傷のある身だ、リンチくらいなら甘んじて受け入れてやるよ」

「おや、何て勇ましいお方だ」

「でもあんた…晶の事を出汁にしたでしょ?それに明人君の事まで」

 朱里はそう言いながら、もう一発足元へ銃弾を撃ち込んだ。


「!」

「明人君がモデルになった本は、去年私達が販売中止に追い込んだ筈。なのになんで額塚さんが持ってたの!?なんであの子はそれを学食で見せびらかした!?」

「…」

「こうなる事を予測してあらかじめ買っておいたのか?それとも…あの漫画本を作ったのはあんたらなのか?」

「どうだろうな?」

「いいから答えろ!!次は脳天に撃ち込んでやるぞ!!!」

「朱里。もう辞め。そんなことしたら話せんくなるやろ」


 そう言いながら朱里の手から拳銃を取り上げ、それを隣に居た私の父親に渡してから、男の方へ一歩踏み出した。


「何だ、脅迫でもするのか?」

 余裕そうな男。

「いいや。うちは単に話したいだけですよ、本部長さん」

「…」

「あんたらがその禁じ手を使うんなら、これから私らは、あんたらが困ることを、私の立場全てを使って行おうと思う」

「カタギ相手に脅迫か?貴方に何が出来る?」

「いいや、こんなん脅迫やありませんよ、これは単なるひとりごとやさかい」

「…」

「でも、もし、これが真実やったら…あんたらは困るんとちゃうかな思いましてね」

「……何が言いたい」


 一歩踏み出し、ある言葉を耳に囁いた。

「……」


「…そんな、訳がない。確認して、ちゃんと…」

「そんなんズブの素人がヤクザ相手にする事ちゃうわな」


 艮は目を見開き、私、朱里、そして父親を見た。


 その時、一階から一度、そして、二度、銃声が響く。

 …一階…誰か撃たれたんとちゃうやろな…。


「朱里、お父さん、こいつの事頼んだ」

「分かった。後は任せろ。気いつけや」

 一階には女将さんと環、鳥辺野の組の子らと蹴上の組の子らが居た筈。

 もし環が巻き込まれてたら…。


 階段を駆け降り、銃声がした方へ向かうと、そこには…頭から血を流して倒れている鳥辺野の組の奴と、蹴上の組の奴が。

 それと…銃を持ってる鳥辺野と…環。

 …環が襲われそうやったから助けた、って感じで、合ってるよな?


「…あいつが怒る気持ちも分かります。こいつが話したことは全て事実ですから。俺が同じ立場ならこいつと同じことをしたでしょう。だが…俺とこいつは同じ立場にはいない」


 鳥辺野の淡々とした話し方。

 地面に座り込んでる環の体は従業員用通路の方に向いてる。

 その環の背後で倒れてるのは蹴上の組の子で、従業員用の通路で倒れてんのが鳥辺野の組の子。

 蹴上の組の子は、環を助けるために「早く逃げろ」と背中を押したせいで環は倒れ込んだ。

 いや、多分鳥辺野の組の子に狙われてるのに気付いたから…蹴上の組の子が無理矢理背中を押して倒れ込ませたんやな。


 話し方からするに…鳥辺野の組の子が、環に銃向けて…殺そうとしたってとこか。

 鳥辺野、なんか「全て事実」とか言うてるし…昔、うちらがした悪行でも話して、環殺そうとしたから鳥辺野に殺されたって感じか?


「今の、極道者の俺としては、二代目会長と俺の兄弟分達を侮辱したのは頂けないな」

「…鳥辺野…」

「環さん。これがうちです。驚いたでしょう。人間の脳漿が飛び散る様はトラウマになったでしょう。ですが、慣れてください」

「…」

「今のうちに冷水で濯いだ方が良いですよ。時間が経つと取れなくなる」

「…」

「…あ、でも…重曹を使えば取れますから、ご心配なく」


 …お父さんの言うてた言葉の意味がようやく分かったわ。

 確かに、鳥辺野が一番何考えてるか分からんくて怖いな…。


 二人の元へ近付くと、鳥辺野は私の存在に気付き、私の方を向いてから2度頷いた。

 頷き返してから、環に声をかけようと口を開いたところで、環が、俯いたまま、弱々しく呟く。


「…何故撃った?あいつは殺さなくても良かっただろ」

 …なんというか、環らしいというか、渋澤さんの息子らしい言葉やな。

「…銃を向けられたのに、それですか?冷静なお方だ」

 鳥辺野の冷たい声色。

 環は俯いたまま、鳥辺野の組の子が持っていた銃を拾い上げ、立ち上がってから、鳥辺野へ見せつけた。

「見ろ。安全装置も掛かったままだ」

 …環…?


「た…確かに、掛かったままです。ですが…ウチじゃ上に歯向かう事は何よりも重罪なんです。それは分かりますね」

「…だが」


 …このままやったら平行線や。

 それに話し声で東に居場所がバレたらまずい。


「あんたら何してんねん!抗争の真っ最中や!そんなとこで話してんと逃げるなり何なりせなあかんやろ!死にたいんか!」

 思い切って数歩踏み出し、そう注意してみると、環は私と鳥辺野、そして倒れている組員へ目をやった。

「…」

 その後、今自分の手に握られている拳銃を見つめ、安全装置を外してから、ハンマーを下ろして銃弾を装填し、辺りを見渡した。

「厨房の方を見てくる。二人は各々行くべき場所があるならそっちへ行ってくれ」

 言い終わると、環は真っ直ぐ厨房の方へ走って行ってしまう。


「環!」

 追いかけようとした私を制止したのは、鳥辺野だった。

「晶さん」

「!」

「一つ聞かせてください…ウチに必要だったのは、俺みたいな男じゃなく、あの人みたいに…一つ一つの死を…悲しめる人なんでしょうか…」

「…どう、やろうな」

「…だから…スパイにも気付けず、その上。俺は…あの人の死に目に会えなかったのか、と」

「…」


 鳥辺野の頭を引っ叩いた。

「痛…!?」

「ドアホ!!!!!!!!」

「あ、ちょっと、そんな声出したら東の奴らが…!」

「そんな後悔してる暇があるんならお前の言う「あの人」の息子守るなり何なりせんか!何こんなとこでナヨナヨしてんねん!うちは個人的にナヨナヨしてる男は嫌いじゃないけどな!それとこれとは話が別やろがい!!」

「えぇ…?」


 鳥辺野の胸ぐらを掴んだ。

「一つ一つの死に向き合って悲しめんのが賢いんなら、あんたの尊敬するあの人はどうなるんや?」

「…!!」

「うちの父親から聞いたで。あんたはえらいあの人の事を神格化してるけどな、十年前の抗争で!四代目は…」


 その時、背後から組員の声が聞こえた。

「鳥辺野の親父!晶さん!軍扇が援軍を呼びました!」

 …このタイミングでか…。

「俺が時間を稼ぎます。親父は晶さんを連れて逃げて!」

「だが…」

「いいからさっさと行って!こっちは大丈夫です、早く!」

「…分かった、絶対帰ってこいよ」

「はい、必ず。帰ったら酒奢ってくださいね!」

 鳥辺野組の子は、凛々しく微笑んでから私達へ背を向けた。

「あぁ、勿論だ」


 …。

「…晶さん、どのルートで行きます?」

「…二階にも援軍の事を報告したい。それに…二階なら窓から出て屋根伝って逃げれるやろ」

「ですね、行きますか」


 鳥辺野と動線を確認し合ってから階段を駆け上がると、そこには腹や足へべったりと返り血を浴びた蹴上が。

「…お嬢、こちらへ。お前もこっち来い」

 蹴上は私達二人を見て目を見開いてから、私の腕を掴んで狭い客室へ押し込んだ。


「何があった?」

 そう尋ねると、蹴上は申し訳無さそうに眉間に皺を寄せてから、私へ頭を下げた。

「…お嬢、申し訳ありません。囲まれました」

 囲まれた!?

「は!?屋根登って来よったんか?鼠みたいな奴らやな!」

「本当!全くです!」

「フッ…」

「お父さんは?」

「延彦は今環さんと朱里さんを守ってらっしゃいます。あと少しでこの部屋へ連れて来るかと…」


 蹴上がそこまで言ったところで、タイミング良く、朱里と環を連れたお父さんがその場に現れた。

 朱里は部屋に私が居る事に気付くと、嬉しそうな、でも泣きそうな顔で笑ってから強く抱きしめてくれた。


「晶!怪我はない?どこも痛いところ無い?誰にも殴られてない?」

「無いよ、平気!朱里は?」

「何人かぶっ飛ばしたからちょっと擦り傷ついちゃった」

「え?どこに!?」

「拳」

「流石や」


 そんな話をしてる隣で、お父さんが客室の窓から外を見渡してから朱里の名前を呼んだ。

「朱里ちゃん!逃走ルートを確保したい。一緒に来てくれるか」

「もちろんです!」

 朱里は私の方を見て、頷いてから、窓から外へ出て行った。


「兄弟、二人のこと頼んだで」

「おう!任せろ」

 …兄弟か。


「なあ環。無事に帰れたら、うちらも兄弟盃交わそっか?」

 そう提案してみると、環は困ったように眉を曲げた。

「…姉弟盃とか、兄妹盃じゃなくていいのか」

「そんなん関係あらへん!名前はなんでもええねん!どや、やるか?」

 環は照れ臭そうに俯いてから、頷いて、手を伸ばしてくれた。

「…うん、やりたい」

「よっしゃ」

 その手を握って頷くと、それを笑顔で見ていた鳥辺野が大きく息を吐き、後ろを見た。


「…五代目、来ました」

 …嫌なタイミングで来よるな。映画とか漫画とかの敵はいっつもそうや。

「二人、もう来てええでー!」

 でも逃走ルートは確保できたみたいや。タイミング自体は良かったみたいやな。


「先に行かせてもらうわ。二人も急いで来るんやで」

 環の手を引いて窓辺に立って、二人に向かってそう言うと、蹴上がこう答えた。


「…申し訳ありませんが、それは無理そうです」

 …何言うてるんやこいつは。

「もう、二十年以上前になるかな…俺は、延彦の親父さんに惚れてこの世界に足踏み入れたんだよ。お嬢のお祖父さんにな」

「…蹴上、何を…?」

「お嬢、若。どうか、先立つ不幸をお許しください」

「な、なんで…」

「膝に、鉛玉を喰らいました。もう歩けそうにありません」

「は…!?」

「どうかお二人だけでお逃げください」


 …まさか…

 蹴上が浴びてる血は、返り血やなくて、蹴上本人の血やったんか…。

「一足先に御暇して、お二人の活躍、向こうでお祖父さん達に報告してきますね」

 蹴上はそう言いながら私達二人に頭を下げた。

 …。


「環、行くで」

「蹴上、やめろ、止せ!!」

「五代目。どうか、延彦には…蹴上は最期まで立派だったとお伝え下さい」

「止せ蹴上!!おい離せ晶!!あいつまで失うわけにはいかないだろ!!」

「なら、私もここに残ります。骨くらいは拾ってやらないといけないでしょ」

「鳥辺野まで…おい、晶!やめろ!離せって言ってるだろ!!」

「ええから行くぞ。お父さん!環ぶん投げるから受け止めて!」

「分かった!来い!!」




 舞台が終わると、神足は潤む瞳で観客に頭を下げ、名残惜しそうに舞台裏へ帰っていった。

 あの子は、歌うのが本当に好きなんだろうなと、どんな舞台でも、ステージに立って、パフォーマンスする事が幸せなんだろうなと突きつけられた。


「…神足」

 痛感した。

 私があの子の隣に立つに相応しい人間になるためには、この道しか残されていないんだと。

 今歩んでいる道を突き詰めるしかないんだと、嫌というほどに痛感した。

 あの子が、逃げ道を塞いでくれた。

 やはり、何度思い返しても、あの子は私の灯台だった。


「神足!」

 舞台裏に駆けて、神足に抱きついた。

「!晶…!」

 神足は目を見開いたが、嬉しそうに私の背に腕を回してくれた。

「かっこよかった!めっちゃよかった!」

 私の心からの称賛。神足は何度も頷き、背に回した腕に強く力を込めた。


「…ゴホッ…ごめん、ありがと…褒めてくれて」

「喉酷使しちゃった?疲れちゃったな…お疲れ様…」

 神足の頬を両手で包み込みながら頬を擦り寄せると、神足は耳まで真っ赤にして離れようとジタバタ足掻いた。

「ぁ…こ、後輩の子達見てるから…晶…」

「関係ない!ほんまかっこよかったんやから!もー!大好き!!」

「あー…もう…ずるい人…」

 私の言葉に神足は顔を真っ赤に染めたまま、観念したように私の肩に頭を預けた。


「宮部先輩!マジでかっこよかったです!宮部先輩が背中預けてくださった時!俺手が震えましたもん!!」

「…本当?よかった…」

「そうだ!あの、相棒のマイクスタンド平気でした?なんか結構豪快に分解しちゃってますけど…」

「大丈夫だよ、直すから」


「…マイクスタンドほんまに壊しちゃったん?」

 神足がステージ上で「この子は十年来の相棒だ」と紹介していたマイクスタンドは、単なる棒と金属にバラけていた。

 ステージを見ている限り、ネジが数個床に落ちてステージのどっかに転がっていったみたいやったし…。

 十年来の相棒を壊してしまったことに落ち込んでいるのか、何も言わず、ただ棒を撫でている神足の髪を撫でると、神足は顔を上げ、ニヤリとほくそ笑んだ。

「…言ったでしょ、こいつとは十年来の相棒だって」

 神足はそう言いながら、手際よくマイクスタンドを組み立てていく。


「私以上にこいつを理解してる人は居ないよ」

 ポケットから、ステージの合間に拾っていたのかマイクスタンド用のネジを取り出し…ドライバーも使わず、その綺麗な手だけで、あっという間にマイクスタンドは元の姿を取り戻した。


「…わ」

「こう見えてもプロだからね、私は」

「結婚しよ」

「ふふ、うん、いいよ」



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