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"環"  作者: 正さん
六章
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四十一話「We Will Rock You」



 二学期が始まって一週間が経った頃、色んな事を考えていた。

 蹴上の本部で行われた幹部会で、うちのお父さん達が話してたこと。

 それに、澁澤会長が遺した遺言状。

 華菜ちゃんと環の兄妹関係。

 真実を求める華菜ちゃんにどこまでを話すべきなのか。

 全部話したら…去年起きた騒動の二の舞になってしまうし、巻き込む人間を増やしてしまうことになる。

 …ただでさえ、無関係でいられた筈の神足を巻き込んでしまった。

 神足へのお詫びさえまだやのに…華菜ちゃんや、環まで。

 どうする、べきか。


「…ねえ、晶…今平気?」

 放課後。うんうん悩みながら校内を歩き回っていると、後ろから神足が話しかけてくれた。

「ごめんね、色々あって、しんどい時なのに…」

「構へんよ、どした?」

「…あの、実は一つ相談したいことがあってさ…」

 …相談したいこと?

 神足が相談なんて珍しい。きっとのっぴきならん事情があったんやろうな。

 そう思ったうちが、神足に「話して欲しい」と促すと、神足は周りを警戒してから、うちの耳元にこう囁いた。


「…額塚さんが動いたみたい」

「…何があったんや?」

「…もうすぐ、文化祭があるでしょ?その時に…バンドやらないかって誘われたんだ…」

 !?こ、神足がバンドに誘われたって!?

「そ…そうなんや…でも、それがなんで額塚ちゃんが動いたっていう証拠になるん?」

「ほら、前に詩寂さんと会った時話したでしょ?額塚さんが、私の昔の事を知ってて、私がバンドしてた頃を黒歴史だと思ってるんじゃ、って…」

「…まさか、それを利用して、あんたを揺する為に…バンドやってたってことをみんなに言いふらされたってことか?」

 そこまで言うと、神足は二回頷き「多分ね」と言ってから、私の手を引いて、中庭まで連れて行ってくれた。


 中庭のベンチへ腰かけた神足は、穏やかながら、どこか焦りのあるような声色で続けた。

「…続きを話すね?さっき、私のところに一年生の子が来て、こう言ってたんだ。この学校に軽音部が無いし、作ろうとしてもダメだったんだって…」

「…うん」

「ならせめて、文化祭だけでも良いからステージをやらせて貰えないかって顧問の先生とか色んな人に頼んで、やっとの思いで文化祭でステージをやる権利を獲得した…って…」

「…その子らも苦労したんやな…」

「そうだね…そのステージに、私がその子達のバンドのボーカルとして立って、経験者として何かアドバイスを貰えないかって頼まれちゃってさ…」

「…そうなんか…」

「うん」


 そこまで話して、神足は俯き、顔を覆った。

「……あの子達に私の動画を観たって、言われてね…」

「…動画」

「うん…私もその子達が観たっていう動画を見せて貰ったの。そうしたら、誰が見ても私だって丸分かりな動画でさ…私の顔がくっきり映ってて…それどころか、私達が投稿した動画で…」

「…それはどういう動画なん?」

「有名なハードロックをゴス衣装でカバーしてる動画…かなり奇抜な事してたから、それ観て、バンドやってる子達が…私に声をかけた、って考えたら…なんか、その、勘で、分かるというか…」

「…見下されてるかも、って思った?」

 うちの質問に、神足は力無く頷いた。

「…うん。なんか、この人になら…頼んでも問題無い…って…面白おかしく、エンタメ消費されてる感じがしたというか…」


 …そう、か。

「額塚ちゃんが、その動画を一年生の子達に見せたとしたら…それを神足の黒歴史って思ったんか?」

 神足はもう一度頷いた。

「だろうね…でもさ」

「?」

「…それが黒歴史だと思われるのも、バンドが弱味だと思われるのも、両方…私にとって面白くない事なんだよね」

「…」

 そこまで言うと、神足はグッと顔を上げ、私の方を見た。

 …そうか。そりゃあそうやな…。

 誇りを持ってやってた事なんやし、それを外野に黒歴史とか判断されるのは面白くないよ…。


「あの日のソレを恥だと片付けたら、付き合ってくれた元メンバー達にも申し訳ないし…アドバイスしてくれた一口さんに合わせる顔も無くなってしまう」

 一口さん…確か、一片の報いってアニメのオープニング歌ったバンドのベーシストやったよな。

 確か神足のやってたバンドに一口さんの妹がいるとかで話題になったんやったっけ?

 その人の事を尊敬してるんやな…神足は。


「それは、良いんやけどさ…その…平気…?」

「…うん、平気だよ。それに…晶に歌を聞いて貰えるチャンスかなって思ったら楽しくなってきてね?」

「……」

「私、晶にかっこいいとこ見せたいんだ。今回が最後の文化祭だから…尚更」

 神足‥。

「…分かった、じゃあ、文化祭楽しみにしてるよ。でも無理はせんときや?」

「分かってる。ありがとう…文化祭は11月15日と16日。私達は16日に体育館でステージやることになったから…覚えておいて」

「分かった!絶対行く…!絶対行くからな!!」


 何度も頷きながら、カレンダーに登録しようとアプリを開いたところで、気付いた。

「…あ、そや…なあ神足?15日ってあんたの…」

 そこまで言って神足を見ると、神足は遠くにある何かを睨み付けていた。

 …奥二重、長い睫、インドア派だからか、不安になるほどの不健康な白い肌。

 薄い唇に。胸の上までの黒髪を後ろできっちり縛っていて。

 顔の横に少しだけ残した前髪は、少しだけウェーブがかかってるから、多分コテで少し巻いたんだろう。

 どんどん魅力的に、どんどん、かっこよくなっていく。


「…そんなに見ても何も出ないよ、晶」

「あ…ふふ…ご…ごめん…」

 好きだなと改めて思った。

 神足のポニーテールを撫でて、照れ臭そうにもじもじしてる神足に微笑みかけたら、神足は私の方を向いてから、同じように私の髪を撫でてくれた。

 そのままじっと見つめ合って、


「…あ」

「あ……ごめ…ん…流石に、校内で…キスするのは不味かったな…」

「……い、いや……平気やで…ここ…誰も居いひんし…」

「……ほんと?平気?怒ってない…?」

「…うん…むしろ嬉しいから…」

「…晶…」


 …よ、よし。

 めいっぱい勇気を出して、なんかくねくねもじもじしてる神足の後頭部に手を回して、自分の方にぐいっと引き寄せてみた。

 やられっぱなしってのはうちの趣味じゃないからな…!

「!?あ、晶…!?」

「…なあ神足?文化祭の日、髪の毛下ろしてみて…」

「…んふふ、なあに?彼女からのコスチュームリクエスト?すけべ」

「うん、うちはすけべやで?18歳になった、新しい神足が見たいな」

「…ふふ、分かった。なら…お嬢様のご所望通り、下ろしてみるね」


 手を繋いで、三回くらいキスしてた時、神足が少し息を吐いてから、何かを決意したように頷き、こう言った。

「…晶。あのね、言っておいたほうがいいと思って…」

 重大な決心をしたような表情の神足。

 それを見る限り…相当覚悟してるんやんな…?

「…?何を?」

 何となくバンドに関わる事なんやろうと察してはいたけど、神足が話しやすいようにあえてそう尋ねてみると、神足は頷いてから、私の手を強く握りしめ、答えてくれた。


「…私のバンドが解散した理由、言わせて欲しい」

 …やっぱり…そのことやったか。

「神足が前詞寂と話してる時に言ってた事を踏まえて考えてみると…不人気が原因…やったん?」

 直球な私の質問に、神足は目を見開いてから、二回頷いた。

「…うん。それもだし、他にも原因が何個かあるんだよね」

「…どんな原因?」


 神足の手を握り、顔を覗き込むと、神足は照れ臭そうにうちから顔を逸らしてから、ゆっくり話してくれた。

「…晶は本当にかわいいね…。話すよ?バンドをやってたのは、私が中学生の頃だったんだ。その時…私がバンド内で最年少でね?なのに、勝手に天才って持て囃されて、プロデュースとか、リーダーとかをやらされてたんだ」

「う…うわあ…それは、なかなかに…」

 悪どいというか、鬼畜というか…。

 未成年に責任者やらせるって正気とは思えんし…でも、なんて言えば良いんかわからんな…。

「ふふ、正気とは思えないよね…でもさ、私なら出来ると思った人達に任された事だったし、とにかく音楽をやりたかったから、そういう経験は早いに越したことはないと思って、二つ返事でOKしちゃったんだ」

「了承してしもたんか…」

「うん。その時の私は…世間の厳しさが分からないくらい幼かったから…」


 …そりゃ、そうやんな…中学生なんかそんなもんや…。

「でも、プロデュースっていっても形だけで、大半は大人が考えたことをそのままやっててね。時にはゴーストライターだとか色々変な名前で呼ばれたりもしたんだよ。全部私の本意じゃなかったし、メンバーの意思でもなかったのに」

「…しんどかったんやな…」

「…いいや、晶ほどじゃないよ。でね?そんな時に、テレビで見る、有名なロックフェスってあるでしょ?」

「フェス…あー!よく『現場は大盛り上がりです!』みたいに報道されてたりするアレ?」

「それ!」

「それ…え!?まさか!!」

「そう!…私とベース、それとツインギターの4人で作った曲が結構売れてね?それが評価されて、なんと!フェスに招待されたんだよ!」

「すごいやん!!名前を上げる大チャンスやったんやな!?それでそれで!?」


 そこまで言って、察した。


「……出れへんくなったん?」

 神足は、ゆっくり頷いた。

「…上手ギター…違う。あの…ツインギターの…客席から見て右側に立ってる子がいるんだけどね?その子が、お尻触られて…その触ってきた人を…ぶん殴ったんだよ」

「うん…」

「その殴った人が、ロックフェスの代表だった」

「は!?」


 神足は、大きく息を吐き、俯いた。

「…フェスの話は、白紙になって…その後、運営を批判する人達が現れたの。私達が、事務所にさせられてたコンセプトが、女性の事を軽視してるし…中学生を性的搾取してるってね…」

「…うん」

「批判はごもっともだった。私達の苦しみを分かってくれる人がいたんだなーって救われてたんだよ。そんな時に…不買運動が始まった」

「それで、売上がガクンと落ちて…責任取らされて?」

「…」

 そこまで言うと、神足は俯いたまま、自分にはその単語は言えないと言いたげに、首を横に振った。


「……解散させられたんか…」

「うん。解散ライブも無しで…借金無いだけ、マシだろって怒られちゃった…」

「…」

「……上手ギターの子がね?せっかく作ったコネをお前が不意にした!ケツくらい触らせてやればよかった!って事務所の大人に言われたらしくて…」

「何それ…最低やろ…」

「ドラムの子がそう言ってきた事務所の大人をぶん殴って、復活の話も出てたけど、そのおかげで無しになったの。契約も打ち切りで、楽曲の使用権も持っていかれちゃった」


 神足…。

「…良くはないけど、良かった」

「…え?」

「最悪な状況やけどさ、せめて…二人が…殴れる子でよかったって思っちゃった…」

「あは…だよね…ギターとドラムに…感謝だよ…本当…」

 神足の綺麗な目から、大粒の涙がボロボロと溢れるのが見えた。


「…未発表の曲が、あったの」

「…え?」

「事務所に渡した、ボツにしたはずの曲を、同じ事務所のバンドに取られて。そのバンドの人達、代表のお気に入りで…その人達は、解散ライブ、できて…」

「…神足…」

「…世の中コネだったんだよ。晶」

「…うん」

「フェスに出れるかどうかも、曲が売れるかどうかも、何もかも、音楽の出来の良さでも、音楽の深さでもなく、コネのおかげだったんだよ」

「…」

「…もっと、私が早くに生まれてれば…ロックの全盛期に生まれていれば…少しは、音楽を見てもらえたのかなって…」

「…神足…」

「…あは、もしそうなったら…その時は、女のくせにロックを語るなって、批判されたかな…」

「…」

「…資本主義の…弊害だよね、これも…」


 神足の背中を撫でた。

 思っていたより骨張っていて、いや、骨じゃない、この硬いのは筋肉だと気付いた瞬間、神足は顔を上げた。

「…文化祭。やらなきゃ…だよね…しっかり…」


 …。


「神足」

「…うん?」

「…神足が秘密言うてくれたんやったら。うちも、言わなあかんと思って…」

「…何を?どんな秘密?」

「ほんまは、もっと早くにするつもりやったんやけど…神足の歌を聴いてからにしようと思って…」

「?」

「…文化祭が、終わったらさ、うち…」



「…それ…は…もう、決まったこと?」

「…うん。もう決まったこと。神足にしか言ってないから…一応、今は、杉本君にも、朱里にも内緒にしてな」

「…わかった。分かった……分かったよ、晶…」

「…うん」

「……また…会えるよね?」

「…会えるよ、きっとすぐに」

「…よかった…頑張ってね」

「…うん」

「愛してるよ、誰よりも」

「…うん、うちも、誰よりも愛してる」





「鳥辺野、お前言って良い事と悪い事が…」


「うるさい蹴上!!お前は黙ってろ!!」


「何だとコラ!!パニクって右往左往してるお前の代わりに俺が提案してやってんのに何なんだその言い草は!!」


「だからといって意味分かんねえ提案されたらブチギレんのも当然だろうが!!そもそも佐鳥が扇を孕ませなけりゃ組長達だって死ななかったかもしれねえだろうが!!」


「んだとゴラこんな状況で内部分裂起こす気か!?表出ろや!!サシで勝負だ!!!」


「やめろ蹴上、お前まで興奮してどうする」


「でも!!」


「鳥辺野の言う通りや。俺があいつを扇家やと見抜けんと関係持ったのが間違いやった」


「…」


「でもな?鳥辺野」


「…何だ」


「お前の言葉からは、晶が産まれた事が間違いやった。妊娠が分かった時点で堕ろすべきやったというニュアンスを感じるんやが、違うやろうな?」


「…!」


「大切な大切な晶が、あの時産まれずに死ねば良かった。みたいな事を、言うつもりは無いやろうな?鳥辺野」


「…佐鳥……」


「…そ、んな意図は、無えよ。延彦」


「そうか、ならええんや。それなら全部鳥辺野の言う通りやからな」

「…」


「…話が振り出しに戻ったな。とりあえず今んとこはわしら三人が仲良く揃って四代目代行すんのが…一番かも…しれんが…」


「…?どうした、佐鳥」


「お前はどう思うんや?…晶。盗み聞きとはええ趣味しとんの、流石わしの子や」


「!お嬢!?」


「…単なる興味本位やないで。五代目になる環に、おっさん連中が何話してたんかを伝えるために来たんや」


「…晶さん…あんた…」


「そもそもどういう取引したんや?お父さんはまだ分かる。けど、蹴上が知ってるくらいなら、西と東の娘のうちにだって知る権利くらいはあるやろ?」


「…話すか、佐鳥」


「ああ…なら、抗争のきっかけから話さなあかんな?鳥辺野も知るべきや」


「…話してくれ」


「そもそもの抗争の始まりはな…佐鳥家でも扇家でも無く、お前のお母さんやった」


「うちが産まれたからやなくて、お母さんの存在そのものが、抗争のきっかけやったんか?」


「そうや」


「…俺からも話していいか。俺が東の人間と話した時に偶然知ったんだが…西と東は昔協力関係にあったらしい。組織の上層部は秘密裏に合併を目指していたんだよ。それが、確か90年代のことだ」


「90年代…うちのおじいちゃんがブイブイ言わせまくってた頃?」


「そうだよお嬢。組長達は日本統一を目指してたんだ。だから、上層部にとっては、西と東の人間が結ばれた事は…立場に差はあれど、喜ばしい事だったんだと」


「…は!?どういうことだ!!」


「鳥辺野が驚く気持ちも分かる。俺だって驚いたさ…正直言うと、俺は未だに信じていないよ」


「なら…何で抗争が起きたんだ!?下の人間が上に噛み付いたとは考えにくい…それなら…もう一つの勢力が居るってのか…!?」


「あぁ、俺もそう考えてる。何か心当たりはあるか?お嬢」


「…あるよ。今もうちと…うちの恋人、友達連中はキモいくらいに関わってる」


「…そうか、苦労をかけたな。すまなかった」


「蹴上がうちに謝るとは…今までの事が嘘みたいに思えるな?」


「…組員の手前、お嬢には強く出るしかなかった。だからといって組員が貴方に対してやった事や、俺がお嬢のご友人を脅迫した事は決して許されたことじゃない」


「…」


「…全て、これからの行動で償っていくつもりだ」


「そうか、ならそんな蹴上や鳥辺野、お父さんには朗報かもしれんな?」


「?なんや?」


「三人は、五代目を誰にするか、四代目代行を誰にするか悩んでるみたいやから…」


「…まさか」


「そうや鳥辺野、四代目の遺言状ならあった」


「…何やと?」


「それを見せる前に…さっき言うた、東との取引内容を教えてくれる?お父さん」


「…あぁ、リュウが東に賛同して、合併に同意した理由はな?東の組長が、逮捕される前、その第三勢力をぶち壊すって血判押して約束してくれたからや」




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