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"環"  作者: 正さん
六章
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四十話「オープニングアクト」



 夏休み明けの、2019年9月2日。

 始業式とホームルームが終わった私とワキノブは、環に会いに行こうと二人で三年の教室に向かうことにした。


「…」

 環から、自分達は血の繋がった兄妹なんだと言われてから、しばらく環へ連絡出来なかった。

 ただ単に仲が良くて、優しくしてくれてた年上の友達が自分の兄貴だと言われて、何を送るべきで、何を言うべきか、私には分からなくて。

 その上…環が兄貴なら、智明は何なんだ?と。

 二人を問い詰めれば教えてくれるだろうけど、なんとなく、今の二人との関係を壊したくないし、二人を悩ませたくないと思った私に出来ることなんて、あの言葉を聞かなかったことにする事しかなくて。


「…大丈夫?」

 …ワキノブには言ってない。

 言えるわけがない。言ったって混乱する人が一人増えるだけだ。

「…うん、ちょっと、色々考えてて」

「そっか」

 私がそう言うと、ワキノブは何も聞かず私の背を撫でてくれた。


 三年の教室に到着した私達を待っていたのは、腕を組み、壁にもたれかかっている晶だった。

「……晶」

「…忍君。ちょっと華菜ちゃん借りても良い?」

 晶からそう尋ねられたワキノブは首を横に振り

「…ダメです」

 と言いながら、晶から私を隠すように、私の前へ立った。

 晶はそんなワキノブを見て、大きくため息を吐いた。

「…そっか、分かった」

 その後、何か決意したように二度頷き、周りを確認しながら、ワキノブと私の腕を掴み、廊下の隅へ連れて行った。


「…何かあったのか?」

 人気の無い場所に連れてきたんだ。きっと私と環の関係について掘り下げるような事を言うんだろう。

 でもワキノブが居るところで、兄妹だと言われたら困る。

 なんてことをぐるぐる考えていると、晶は察してくれたのか、首を横に振り

「まあな…うちが話したいのは、環やなくて、環のお父さんについての事……」

 と言いながら、両手で自分の顔を覆った。


「…晶さん?」

 今まで見たことの無いくらい弱った様子の晶。

 ワキノブもそんな晶を不思議に思ったのか、私と晶を交互に見ながら晶へ声をかけた。

 環の父親。なら、もしかして…私とも、関係のある話なのか?

 もしかして、私の本当の父親、についての…話なのか。


 だとしても、今は晶の言葉を待つしかない。

 そう思い、晶の方へ一歩踏み出し、話してくれと促すことにした。

「…環の、お父さんがどうした」

 顔を上げる晶。

 目の周りは真っ赤に染まり、目尻には涙が貯まっている。

「環にとっても、うちにとっても大切な人が…」

 晶は息を吸い込んでから、吐き出し、こう続けた。

「…澁澤柳太郎さんが、鬼籍に入られた」


 …澁澤…柳太郎さん…。

「…環の、お父さんが…」

 頷く晶。

「…澁澤さんはうちのお父さんの兄弟みたいな人で…うちの四代目会長やったんや。どん底やった組織を手腕で建て直したような、優秀な人で…」

「……」

「…そんな人が…」

「…なんで、そんなことに?」

「…誰かに、刺されたみたいなんや」

「……殺された…んですか」

「……うん。多分、ニュースにもなってると思う。後で気が向いたら調べてみて」


 晶は大きく息を吸い込んでから、私の方を見た。

「…うちがこうなってるんや。実の息子の環がどうなってるか、想像つくやろ」

「……」

 環…。

「それにな、環は第一発見者やったんや」

「!?」

「うちと会ってから、家に帰って…そこで、殺されてるお父さんを見つけた」

「……そんな…」

「うちは第二発見者。二人で取り調べ受けて、遺体がどんな状態やったか、どういう経緯で見つけたのかを事細かに説明させられた」

「……」

「…そんな状態のあの子が登校してるだけでも奇跡やろ…やから、今は友達として支えてあげて。出来れば、何があるか分からんから、華菜ちゃんと忍君の二人で」


 …環が、第一発見者、なんだ。

 もしも、家に帰った時に…私の父親が殺されて、それを最初に見たのが、私だったら。

 …学校に来るどころか、何も手につかなくなりそうだ。

 もしかしたら、もう少し早く父親のところに居たら、助けられたのかもしれないと…考えてしまうかもしれない。


「……分かった」

「…私も、分かりました。環さんの側にいます」

「ありがとう、色々ごめんな。後はよろしく」

 晶はそう言い、私達へ背を向けた。


 少し悩み、ワキノブと顔を見合わせてから、頷き、三年の教室へ向かい、環の名前を呼んだ。

「…環!一緒に帰ろ!」

 私の声を聞いた環は、ゆっくり振り向き、ふんわり微笑んでから立ち上がり、私達の方へ歩み寄った。


 髪が少し乱れていて、目の下に濃いクマがある。

 いつもより猫背で…噛んだのか、唇には血が少し滲んでいた。


「…おはよう、華菜ちゃん、忍君」

 掠れた低い声。

 ワキノブは小さく声を上げ、環と私を交互に見た。

「…ぁ…環さん……あの」

「…一緒に、帰るの?分かった、準備してくるね」


 ワントーン低く、掠れて、震えた声。

 大泣きした後の声。

「環…」

 ……父親の事は、言わない方が良いな、絶対に。

「あのさ…これからカフェ行かない?何か私、小腹空いてさ…付き合ってくれたら嬉しいんだけど」

 私の言葉を聞いた環は、少し考えてからこう答えた。

「…今の俺は、華菜ちゃんを楽しませられるような男じゃないよ。だから…誘うなら他の人を誘ってあげてほしい…ごめんね」


 環…。

 ワキノブの方を見て、誘うのはやめておこうか言おうとしたその時、ワキノブが環の手を握り、声をかけた。

「…私達は環さんとお出掛けしたいんですよ」

「…忍君…」

「…晶さんから、諸々の事情は聞きました」

 環はそれを聞き、呆れたように笑った。

「…あは…あいつ…話したんだ……」

 環の目尻に涙が貯まるのが見えた。


「…環さん、一人でお家、帰れますか?」

 ワキノブがそう言うと、環は俯き、首を横に振った。

「……帰れない……帰りたくない…」

 ……そりゃそうだよな。


「…なら、今日は私の家泊まってよ。旅行の日みたいに朝までトランプしよ」

 私が両手で環の右手を握りながらそう言うと、環はクスクス笑ってから、何度も頷き、頬を伝う涙を左手で拭った。


「……うん、なら…お言葉に、甘えさせてもらうね」

「華菜さん、私も泊まりたい」

「定員オーバーだ。いやいいや、智明追い出すから」

「わ、華菜ちゃんってばお兄ちゃんに対して酷い子」

「うるせえな環コラ、お前も追い出すぞ」

「ふふ」






「お前の本部で緊急幹部会を行うって…でかくなったもんやな、蹴上」


「…今はそんな話をしてる場合じゃないだろ。澁澤会長が死んだんだぞ」


「…」


「…鳥辺野。お前のとこの組員の様子はどうだ?」


「…みんな、混乱しています。俺だってそうだ…会長が死んだ…俺達の会長が…。ここは、組長として俺がしっかりするべきなんだろうが…今は、無理だ…」


「そうだな…うちの奴らも混乱してるよ」


「……わしんとこもやわ。大焦りしてみんななーんも手ぇつかんくなっとる。下っ端の奴らの方がまだ幹部連中よりかは冷静やわ。皮肉なことにな」


「まあ、そうなって当然だわな……そうだ。佐鳥、若の様子は分かるか?お嬢と同じ高校だろ。何か知らないか」


「環坊は中々に憔悴しきっとるらしいわ。食事も喉通らんらしい…うちの晶もそうや」


「……晶さんは第二発見者だと聞いた。本当か」


「ほんまやで、鳥辺野。うちの若衆の宮神に聞けば分かる。あいつが第三やからな」


「……そう、か…」


「…幹部会をうちで開いたのは、若とお嬢にこれからの話を聞かせないためだ。これから腹を割って話すんだ。あの二人にはなかなかに刺激が強いだろうからな」


「…よう気が回るやんけ。お前にしては」


「…何が言いたい?」


「……佐鳥、蹴上。今ここには俺たち三人しかいない。いつもの調子じゃなくていいんじゃないですか」


「…」


「…延彦、会長に心酔してる鳥辺野がこうなってんだ。お前にとって、会長は大切な兄弟分だろ。その人が殺されたんだ。いつもの調子じゃなくて良い」


「…すまんな…蹴上、鳥辺野…」


「…」


「…俺はな、リュウの事が大好きやったんや」


「知ってる。俺らみんなそうだよ」


「……せやから、リュウの提案通りにお前と対立して、ギャーギャー言うて、澁澤派、佐鳥派っていう派閥を作って競い合ってたんや」


「そうして組員の結束を高める算段だったんでしょう。目標があればそれに向かって突っ走る。自分達はあいつらの闘争心を焚き付けて、時には防波堤になって、組をどうにか管理して、何とか繋ぎ止めていた。そうですよね」


「ああ。鳥辺野の言う通りだ。そのおかげでシノギで競い合って、抗争に乗じて他の組織から奪われたシマも何割かは取り返せて…多少、血は流れたし、犠牲もあったが…親父達の作った組を俺等の代で潰さないようにと結託した結果、今日までなんとか生きてこれた」


「まあ、それもほぼ首の皮一枚ってとこやったけどな…他の組織からの返しのせいで…」


「……」


「…そんな時に、わしらのリュウが殺された」


「…しんみりしてる場合じゃない。幹部がみんな集まってんだ。誰が会長の後を継ぐか決めなければ」


「会長の遺言状が無い今。俺達の中で一旦代行を立てるのが良いんじゃないですか…」


「…鳥辺野、お前は誰が良いと思うんや」


「……さっきも言ったように、うちの組員はみんな混乱してる。それに俺だって、誰よりも混乱してる。そんな、今の俺には…良い判断は下せない…」


「なら…蹴上、普通の流れで行けば、若頭であるお前が五代目をやるとこやろ。どうするんや、まずは代行か?」


「俺は…佐鳥が適任だと思う。代行じゃなく、お前が五代目をやるべきだ」


「……は?お前、何言ってんだ?そもそも佐鳥が抗争の原因だろ!?なんでそんな奴をトップに推薦するんだ!!」


「だからだよ、鳥辺野」


「…は…!?」


「東との取引で若がトップにならなきゃいけないのは知ってる。だがそんな若はもう再起不能に陥っていて、その上四代目の遺言状も無い。それなら若じゃなく、会長の兄弟分で、その上シノギではずっと上位を突っ走ってる佐鳥が組長になんのが妥当じゃねえのか?」


「…」


「東と西が合併したらその先はどうなる?どうせ東に飲み込まれて終わりだ。ならお前が組長になった方がどっちにしろ安泰じゃねえか」


「おい蹴上。なんで部外者のお前が東と西が合併することを知ってんねん。十年前お前は単なる一端の組の構成員やったやろうが!!」


「俺が十年間誰の尻拭いをしてたと思う。俺が十年間東をどうやって黙らせてたと思う。俺の組長が東に殺された後、俺がどうやってお前のガキが幅効かせてんのに耐えてたと思う」


「……」


「そんな俺が西と東の取引内容を知らねえわけがねえだろうが!!!!」


「蹴上…」


「ここに居る奴らで十年前ん時に立場があったのは…確かに佐鳥、お前だよ。だがな…そんなお前でも傘下組織の舎弟頭の補佐役だっただろうが!!!」


「…」


「うちの組員はよ、澁澤のガキじゃなく、俺でもなく、反東派のあんたの下に付く気だ。何故か分かるか?俺達はみーんな組長を軒並み東の奴らに殺されているからだよ!!!」


「…」


「東だってトップが逮捕されたり色んな痛手を被っただろう。でもこっちは皆殺しにされてんだ。四代目を失って、東との交渉権も失った今こそ、東を叩く時だろ」


「…蹴上、もしかしてお前…もう一回抗争を起こすつもりか?」


「ああそのつもりだ。その為に、一旦は五代目じゃなく代行として、今この状態の組を建て直してみせろ。俺の惚れた組長の息子だ。出来るだろ?そうやって扇家と結ばれた責任を取ってみろ」


「……そうか、元々は先代が組長やった佐鳥組に居ったんやもんな、蹴上」


「ああ。そうだよ佐鳥」


「…なあ?延彦」


「……なんだ、鳥辺野」


「随分お前に都合よく動くな、不思議なくらいに」


「……何が言いたい」


「お前が四代目を殺したんだろ?」




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