三十六話「線香花火1」
旅行の日程が終わり、みんなでそろそろ帰ろうかと話がまとまったところで、アオダイショウから連絡が来た。
それは、今日が旅行最終日で、帰ってくることを知っていたアオダイショウからの、私達の住む町の近くで花火大会をやるからそこで合流しないかという提案だった。
場所取りをすると言ってくれたレンの言葉に安心したのも束の間。
帰り道。私達の車が渋滞に巻き込まれたお陰で盛大に出遅れ、レンが様子を見に来てくれたせいで割り込まれ、場所を奪われ、その上みんなまとめて人波に飲まれ、花火の音しか聞こえない場所にまで押されてしまった。
私達が唯一手に出来た花火要素は、アオダイショウがもしもの時のためにと買ってきてくれていた、コンビニで売っている手持ち花火セットだけだった。
「いいじゃん!みんながはぐれなかったのが奇跡だよ~」
呑気な菜那さんの言葉。
みんな言葉にはしなかったものの、菜那さんの変わらない明るさに少し救われていた。
手持ち花火と、アオダイショウ曰く、その近くに売っていたらしいライターを手に持って、狭い公園の隅にあった水飲み場の隣でのこじんまりした花火大会。
卓越したコミュニケーション能力を持つ帷子が、隣で遊んでた家族からバケツを借りてくれて、神様は手を合わせて帷子を拝んでいた。
環はそれを見て「華菜ちゃん見て、拝まれる側が拝んでる」と笑ってて、それ見て私も笑っちゃって。
アオダイショウは環と私の言葉を聞いて少し笑ってて。
菜那さんは手際よくライターでみんなの花火に火をつけてくれて、ワキノブは初めての花火が怖いのか、環とてつの隣でただただ火花が散る様子を興味深そうに見ていた。
「華菜ちゃん…花火綺麗だね」
環の横顔。
それを見ていると、海でのこと、そして私の家の前でのことを思い出して、何かを言いかけて、やめた。
もしも全部を知って、私達の関係が変わってしまうのだとしたら。
この夏が、良い意味でも、悪い意味でも最後になってしまうんだとしたら。
「…私、ずっと、こうしてたい…」
私の言葉を聞いた環は、何も言わずに優しく微笑んで、恐る恐る、震える手で私の背中を撫でた。
「…うん、俺も同じ…ずっとみんなとこうしてたいよ」
手持ち花火も大体遊び尽くしてしまって、残ったのは線香花火。
ワキノブもそれなら出来ると思ったのか、恐る恐る手に持ち、震える手で菜那さんが火をつけてくれるのを待っていた。
「あ、そうだ!いいこと考えた!」
菜那さんは花火セットに入っていたろうそくに火をつけ、溶けたロウを地面へ垂らしてから、垂れたロウへ、ろうそくの底を押し当て、立たせた。
そして、それぞれへ線香花火を一本ずつ手渡し、こう言った。
「線香花火でゲームしよ!秘密とか言いたかったこととかを打ち明けあうの!動揺したら身体が動いて線香花火落ちちゃうでしょ?落としたら負け!っていうゲーム!罰ゲームもあり!」
菜那さんの提案に、ワキノブは胸を張って
「やります」
と答え、環の方を見た。
なんというか、タイムリーというか…タイミングが良すぎるというか…。
今、直接的な事は何も聞けなかったとしても、それらしい秘密だけでも聞けたら万々歳だ。
環の秘密なんだ。絶対何かしらに関わってることを聞けるはず。
「やろうか、みんなの秘密も気になるし…!」
よかった、環も乗り気みたいだ…。
他の全員もそれなりに乗り気みたいだし…これは、いけるかもしれないな…。
みんなと確かめ合うように顔を合わせてから、全員で一斉に線香花火に火をつけた。
「……ま…まずは…誰からやる…?」
私の右隣で、線香花火から目を逸らさないように恐る恐る話す菜那さん。
…少し考えて、口を開いた。
環に秘密を言って欲しいんだ。なら私から打ち明けるべきだ。
「まずは、私からにする…ちょっと長い話だけど」
「えっ」
私の左隣にいたワキノブが声を上げる。
「なんだよ」
「華菜さんにも秘密とかあるんですか」
「あるよ!うるさいな!……えっと…」
少し考えて、話したいことを整理して、話し始めた。
小学生の時、幼馴染みで、親友と言えるような男の子の友達が居たこと。
その子と遊ぶのが楽しみで仕方なかったのに、高学年になってから疎遠になったこと。
中学に上がる時には話すことすら無くなって、今はお互いどうしているかも知らないということを。
「…どうしてその子と疎遠になったの?」
環の寂しげな声。
「私と付き合ってるって噂が立ったから」
私がそう答えると、ワキノブが大きく息を吸い込んだ。
「…友達だったけど、そのせいで疎遠になって…お互い気まずくなって、嫌になって…それからもう、幼馴染みで、大親友だったのに他人になっちゃって」
そこまで言うと、神様はため息をついてから同情してくれた。
「…それは、ちょっと…キツいね」
「キツかった。でも、私はそういう人達の事を責められなかったんだ」
「え?なんで?」
…。
「…兄貴の友達に、片想いして…友達で、仲良くしてたいっていう口実で…会ってた時があったから…」
そこまで言うと、菜那さんは二回頷いてから、花火を持っていない方の手で私の背中を撫でてくれた。
「…大変だったね…」
「……もう平気、話せるくらいだから」
「そっか…ならよかった…じゃあ、華菜ちゃんが大切な秘密を言ってくれたから、次は私がそれと似たような秘密を言うね」
「額塚にも秘密あったんだ」
「ねえ!帷子くんー!ひどいー!」
……よかった。
重くなりすぎなかった。菜那さんに助けられた。よかった……。
ゆっくり深呼吸をしてから、菜那さんの秘密を聞くために、顔だけを菜那さんの方に向けると、菜那さんは照れ臭そうにクスクス笑ってから、穏やかな声色で秘密を打ち明けてくれた。
「…私の初恋は、女の子だった」
「…」
「誰にも言えなくて、誰にも内緒にしてた秘密。色んな人と付き合ったり、色んな人と話してても…その人の事を忘れられる日は、未来永劫訪れないなって思うんだよ」
菜那さんはそう言いながら、目を細め、線香花火をじっと見つめた。
菜那さんの初恋の人。
……恋したことあるんだ、菜那さんも。
菜那さんがあるなら、ワキノブも恋したことはあるのかな。
環もあるのかな…。
少しの沈黙。
「オッケー、なら次僕」
その沈黙を破ったのは帷子だった。
「額塚が女の子であったように、僕の初恋は男の子だった」
帷子の言葉を聞いた環は、心当たりがあったのか、大きく息を吸い込んでから帷子にこう尋ねた。
「遥、もしかして、遥の初恋相手って…前言ってた…昔、遊んでくれたお兄さんだったりする?」
「違うよ…あのお兄さんは家族みたいなものだったから…流石に家族に恋はしないよ」
「それもそうか…」
それを聞き、しばらく何も言わず黙っていたレンが口を開いた。
「じゃあ、どんなひとだったの?」
「んー、なんだろね、優しくて…優しすぎてサイコパスっぽいとこがある人だったよ」
優しくて、サイコパスっぽいとこがある人か…。
「私達の知り合いだったら誰っぽい感じの人?環くん?レンくん?それとも百々くん?艮くん?」
「なんで俺を除外するんすか」
「んー…一回チラッと見かけただけだからよくは分かんないけど、沢田智明さんとか?マジでそんな感じだった」
「えっ、気まず」
「あ!そうだ!やばい!華菜ちゃんと兄妹だった!気まず!!わ、忘れて!!」
帷子はそう言いながら首を横に振り、耳までをぼっと赤く染めた。
わ…帷子も照れたりするんだ。
知り合って何ヵ月も経つ筈なのに、初めて見た顔だ。
にしても…なんか、あの態度からするに、智明の事がガチでタイプなのか?
智明をタイプとか言う人がいるの…気まずいけど、なんか、いや、なんでもない、やっぱ気まずい。智明もう彼女いるし。
「…次、私が言うね…恋愛関係の事は今言っておかないとダメな気がするから」
みんながそれぞれ帷子をからかったり、黙り込んで何の秘密を言おうか悩んでいた時、神様が恐る恐る花火を持っていない方の手を上げた。
「ほう、なに?」
「彼女が出来た」
「はあ!!!???」
「いつ!!!???」
「旅行中じゃないよね!?流石に!!!」
「ワキノブくん華菜ちゃん環くん一斉アウトー!!」
線香花火に火をつけ直して、頭から仕切り直し。
「じゃあ次!誰が言ってないかな?」
菜那さんがみんなの顔を見つめ、みんなが目を合わせないよう逸らしていた時、ワキノブが声を上げた。
「私言います」
「おー、ワキノブくん!なんだ?」
「……私の姉様についてです…」
「…うん」
「…実は、超能力者、なんです」
沈黙。
「……うん?」
「姉様はいつも、自分は…何か、特殊な力を持っていると信じていて…でも私はそんなの見たこと無いから、信じてあげられなくて…」
「……」
「でも旅行の時にとある経験をして…そのお陰で、やっと、口だけじゃなくて…心の底から、姉様の事を、信じてあげられるように、なって…」
……。
「…よく分からないけど、良かったね…」
「アオダイショウさん…!」
「……ねえ環くん、旅行どこ連れてったの?多感な時期なんだから変な事吹き込んだりしてない?」
「ワキノブくん……よかったね……」
「わ、環くんが泣いてる……!」
「良かったな…!良かったな…!ワキノブ…!」
「どうしてかなちゃんも泣いてるの…?」
「ワキノブくん、姉様と…仲良くするんだよ……!」
「帷子君まで!?え!?旅行で何があったの…!?」
「……ッ…!」
「どどくんは無言で噛み締めてるよ!なんか心当たりある大人の顔してる!」
「不参加が悔やまれるね…」
もう一度、仕切り直し。




