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"環"  作者: 正さん
五章
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三十五話「俺の」



 海に到着した私達は、どうせ必要ないと持ってこなかった部屋に置いたままの水着を恋しく思う気持ちに襲われた。

 環は海の写真を撮っては「入れたらな…」と落ち込み、ワキノブは通販でラッシュガードと検索しては辞め、帷子なんて「ハンカチがあるから平気」と靴と靴下を脱ぎ、ジーンズをを脛までまくり上げて海に突っ込む始末。


「ねえ!みんな!なんで海に来るって分かってんのに水着もサンダルも持ってきてないんすか!!ほら!人数分のラッシュガードとサンダル!サイズ違いは受け付けませんから!!」

 てつはでかい声でそう言いながら、鞄からビニール袋に入ったラッシュガードやサンダルを取り出した。

 そういうことか…なるほど、てつの鞄のでかさの理由はそれだったか…。

 環さん環さん言って環に付き添ってるイメージしか無かったけど、考えてみたら、ショッピングモールの時とか、今とか、環よかてつのほうが頼りになる場面だらけだったかもしれないな…。


「準備良い~僕Mサイズ!足は27.0!わ、久しぶりに見た~このタイプのサンダル~ねえ、かわいくない?」

「かわいいかも…Y2Kって感じ?」

「そうそう!よく知ってるね!華菜ちゃん!」

 帷子はそう言いながら嬉しそうにサンダルを履き、波の近くでぱしゃぱしゃと音を立てて遊び始めた。


「こら!先に行かない!百々さんは!?」

「あー、私も遥と同じサイズ…あるんだ、ありがとう…」

「てつ、Lサイズはある?足は…」

「28.5でしょ!わかってますよ!ほら!ワキノブくんは?足いくつ?」

「24.5…」

「はい!ラッシュガードは?」

「メンズならS…あ、ありがとうございます…」

 神様も環もワキノブも受け取ったか。


「いえいえ!華菜さんは足いくつ?」

「23センチ…」

「これだね…このサンダルの鼻緒ちょっとデザインがあれで、親指が痛くなっちゃうかもしれないんで絆創膏も渡しておきますね!」

「ありがとう…」

「それと…更衣所にこの鞄持ってって!あ、ちょっと重たいよ?気をつけて…ここから好きなの取っていってね!着替え終わったら車のトランクに入れておいてくれたら嬉しいな!それでも構わない?」

「うん。借りたのは洗濯して返したらいい?」

「いいの?プレゼントでも良かったんだけど…そうしてくれるなら嬉しい、ありがとう!」

「こちらこそ、何から何までありがとう」

「いえいえ!」

「なんで華菜さんにはそんなに優しい口調なんですか!」

「女の子だからってお姫様扱い~!?」

「違うわ!華菜さんがこの中で一番素直な良い子だからっすよ!」




 更衣室でてつから借りたラッシュガードに着替えた私達は、思い思いに海で遊ぶことにした。

 私達の周りは、私達と同じように友達グループで来てる人もいれば、カップル、家族連れと客層は様々で…。

 そうやって周りにいる人達をぼーった見ていると、てつが私の名前を呼び、チューブのようなものを差し出してくれた。

「華菜さん、一応日焼け止めもあるので、渡しておきましょうか?」

「要らないよ、もう更衣所で塗ったから平気!ありがとう!」

 私がそう言いながら首を横に振ると、てつは申し訳なさそうに鞄に日焼け止めをしまってから、私に向けて頭を下げた。

「本当?あ、ちょっとお節介が過ぎたっすかね…すみません」

「いいよ、お節介じゃない。嬉しかったよ」

「…そっか、なら良かった」


 てつはそう言い優しく、でも何処か寂しげに微笑んでから、遠くにいる環に目をやった。

「環さん!!!日焼け止め塗ってないでしょ!!ほら!!早くこっち来なさい!!!」

「嫌だ!!!」


 ……本当ガキみたいだな。

 …。


 …環の顔を見るたびに、私が体調不良で学校を休んだ日を思い出す。

 ワキノブと環がプリントを届けに来てくれて、ワキノブをリビングに連れてって色々話してたら、環とお母さんがなかなか来ないことに気付いた。

 トイレに行くと言い訳して、玄関のドアに耳を押し当て聞き耳を立てた。

 詳しくは聞こえなかった。

 ただ聞こえたのは、環が言った『唯一の血の繋がった家族である華菜』という言葉だけ。

 そのあとは『澁澤』とか『跡を継ぐ』とか『東との条約』とか。

 

 環が極道の家系だということは、前聞いたから知ってる。

 ここは関西で、関東にも大きな極道組織があるのも、知ってる。たまにニュースで組員の逮捕だと色々聞くから。

 その組と、環のいる組織が条約を結んだのかな?

 条約を結んだっていうことは、結ぶことで、お互いに得があったりするのかな。

 その条約に環は深く関わっていて…もしかしたら、私も、関わってるかもしれないのか。

 でも、なんで?環にとっての私が、唯一の、血の繋がった家族なら、私は…何なんだ?智明とか、お父さんお母さんは…何なんだ?

 私には兄貴が二人いるってことになるのか?

 環と智明は双子の兄弟ってこと?

 でも、それだったら『唯一の血の繋がった家族』として名前が挙がったのが私だけという説明に、辻褄が合わなくて…。



「華菜さん?どうしたの?」

 うんうん唸りながら悩んでいると、ワキノブが声をかけてくれた。

「…」

 ワキノブに、言っても良いのか。

 でもあの場で大体の状況を分かってるのはワキノブしかいない。

 ……私以外の意見も欲しい。


「…歩きながら話せる?あんまり、聞かれちゃダメな話だと思うから」

 私がそう言うと、ワキノブは何の話なのか察したのか、環の方を見てから、ゆっくり頷いた。

「環さんのお家に関わることですか?」

 頷く私。ワキノブも同じように頷き、続けろと促した。


「…前、環と二人で私の家にお見舞いに来てくれた日あったじゃん?あの時…環がなかなかリビングに来なかったじゃん?」

「うん、玄関でずっと華菜さんのお母さんとお話ししてたんだっけ…」

「…あのさ、その時…私トイレ行く~って言って、ちょっと離れたじゃん?その…」

 私がそこまで言うと、ワキノブは察したのか興奮したように目を見開いた。


「盗み聞きしたの!?何!?なんて言ってた?」

 目を輝かせるワキノブ。

 躊躇してから、思い切って、聞いた内容を全て打ち明けた。

「跡を継ぐとか、東との条約とか…」

「うん…これは、極道のお話だね」

「あと……環にとって、私は唯一の血の繋がった家族なんだって」


 ワキノブは足を止めた。

「……」

 そして、目の前にいる私と、遠くにいる環を交互に見つめてから、私の頬を遠慮がちに撫で始めた。

「…なに」

「詳しいことは分からないし、混乱させてしまうかもしれないけど…華菜さん、鼻の横のここにほくろがあるんです」

「……ほくろ?」

 ワキノブが撫でたそこを私も同じように撫でると、確かに、ほくろ特有のぷくっとした感触があった。

「…わ、これニキビかと思ってた…」

「まあ鏡でまじまじと見ない限り見えないところにあるからね…」

「……これが?」

「…環さんにもあるんだよ」


 ワキノブはそう言いながら、てつから貰ったのか、防水用のナイロン袋に入ったスマホを鞄から取り出し、画像アプリを開いて、その中にあった環の写真を拡大して見せてくれた。

 その写真に写る環の鼻にも、確かにほくろがあって…。


「…本人にタイミング伺って聞くしかないかな」

 ワキノブはそう言いながら鞄にスマホをしまった。

 ワキノブの言う通り、同じ位置にほくろがあって、その上あの会話。

 もし、もしも…。


「…あの、さ」

「うん?」

「……聞くんだったら、私の親とか、智明もいる家に環を連れてって聞きたい」

「…それが良いかも。そもそも華菜さんのお母さんが極道の内部事情に詳しい人じゃないと…環さんがそんな話するわけ無いから…全員に聞かなきゃね」

「だから、知りたくないこと知っちゃいそうで…怖くてさ……巻き込んで申し訳ないけど、その時には側にいてくれる?」

「もちろん!」


 弱音を吐いても受け入れてくれるワキノブ。

 大好きだった。


「あ、そうだ、この流れで一つ聞いても構わない?」

 二人で歩きながら海を見ていると、ワキノブが立ち止まり、私へこう尋ねた。

「うん」

 頷くと、ワキノブは少しだけ私に近付いて、耳元に

「…あの、体調不良の原因は何だったの?」

 と囁いた。


 ……。


「……あの…特有のアレだよ」

 しばらく悩んでから素直に答えると、ワキノブは少し考え、大きく頷いた。

「あ…デリケートな話なのに大袈裟に騒いでごめんね」

「いいんだよ…でも、まさか、あんなにしんどいとは思わなくて…」

「話すべきじゃないかもしれないけどね…私の姉様も、結構辛いって言ってた…だから、しんどいんだろうなって事は分かる」

「……」

「休みたくなったらいつでも言ってね」

「ありがとう…」


 そうやって話して、環が近くに来たから会話をやめて海見てたら、突然後ろから話しかけられた。


「お嬢ちゃん可愛いね!」

 目を見開いた。

 知らない男は私ではなくワキノブを見てそう言っていたから。

「あ!お嬢ちゃんも!可愛いね!」

 その後、知らない男は私を見てから同じようにそう言った。


「…えっ……」

 ……待って?もしかしてこれ、ナンパってやつか。

「高校生でしょ?お友達同士で海~?いいね!お兄さんも混ぜてよ!向こうでかき氷買ってあげるから!」

 テンプレートのようなナンパ台詞。

 ワキノブと顔を見合わせて考えた。

 確かに…ワキノブは今珍しく髪の毛分けてて、可愛いけど…だからといって女の子に間違えられるって…。


 なんだか分からんけどめちゃくちゃイライラする。

「…ワキノブ、合図したら逃げるぞ」

 ワキノブの耳にそう囁くと、ワキノブは二回頷き、目の前の男を少し睨んだ。

 ……嫌だったんだな、そりゃそうだ…。


 その時、遠くから大柄の男がガキ大将のような走り方でこっちに向かってくるのが見えた。

 その男は環だった。

 !!!環だ!!!!


「あのー、すみません…何か用ですか?俺の」


 環はそこまで言って、黙り込んだ。


 ……俺の?俺の、なに?

 一分ほどの沈黙。

 それを破ったのはワキノブの言葉だった。

「うるさい!!!!!!!!」

 ワキノブはそう叫び、固まった環と、固まった私の腕を引いてその場から逃げた。




「……」

「……」

「ふー、あのチンピラしつこかったですね~、あ!帷子さんが呼んでる!!!!二人!行きますよ!!!!!」

 俺の…なに?

 彼女?嫁?友達?許嫁?ツレ?ソレ?アレ?どれ?

 ……妹?

「帷子さーん!聞いて!さっき環さんが」

「えー環くんが?なになに??」

「あーー待ってやめて言わないでやめてやめてなんでもないから!遥!聞くな!なんでもないから!!!」

「…」


 環が、聞いたら驚いてポロっと秘密を漏らしてしまいそうな。

 ……良いあだ名、思い付いたかも…。


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