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"環"  作者: 正さん
五章
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三十四話「セイレーン」


 東での予定も一段落ついたし、西でせなあかんこととか今のうちに考えとこうかな。

 東の人らから案内されたお墓参りもあっという間に済んじゃったし、母方のおじいちゃんおばあちゃんも、わしが産まれるよりかなり前に亡くならはったって聞いたから挨拶も出来ひんし。

 行きたい場所も無いどころか、東にガチガチに監視されてるせいで予定すら立てられへん。


 自分で言うのもなんやけど、年頃の女の子が関東に来てんのに遊ぶことも観光することも出来ひんって悲しいな。

 本来なら、うちくらいの年の子が来たら「あそこ行きたい」「あそこ見たい」ってはしゃいでるやろうに…。


 …よし、考えるだけ無駄。冷静になって。


 環派の誰かが……まあ、蹴上なんやろうけど。うちのかわいいかわいい大親友の朱里をボコボコにしやがったんや。

 やから、この町に居たら危ないかなって思た環達が旅行に行って、みんなを追えって名目で神足とスパイの子も逃がした…。

 けど、もし、蹴上達は朱里がボコボコにされたことに何の関係も無かったら?

 環はそもそもなんで隠れた?

 澁澤の親父さんも蹴上の扱いには手を焼いてるみたいやし、環も、もしかしたら、蹴上の目的は自分をトップに祭り上げて、裏では蹴上が幅利かせて好き勝手やる事なんやって見抜いてるんか…?

 蹴上にとって、それをするためには環の名前だけがあれば良い…?

 そうやないと、朱里がボコボコにされたからって遠くに逃げたりもせん筈よな…。


 ……あかん、しばらく考え込んでたな…とりあえず今日はお父さんが取ってくれたとこに泊まって、そのあとで…。

 ……そういえば、さっきからずっとスマホ鳴ってんな…。


 スマホをポケットから取り出して電源入れて…ん?誰や?スパイの子からの着信か?

 あー、確か…「華菜ちゃん達は知り合いの家に泊まるんちゃうか?」って予想した神足の知り合いの社長令嬢のアヤカさんが、二人のために旅館をとってくれたんやけど…予想外に、あの6人も同じ旅館に泊まっちゃってたんやったっけ?


 スパイの子によると、えっと、なになに?

 うちのかわいい神足が…元バンドメンバーとしての経歴を活かして…旅館のカラオケ大会の機材セッティングとかテーブルセッティングを手伝ってあげた…!?

 あの子何してんの!?

 まあ手伝ったんならまだ良い…参加さえせんかったら…。

 ……いや、この流れは参加するやつやな…。


 なんで。

 ……なんで…。


「なんでうちは旅館に居いひんの!!!!」

「どうした?佐鳥の嬢ちゃん。確か名前は晶だったか?どうした?なんか言いたいことでもあるのか?」

「関西に帰してよ!!」

「えっ…あ、いや、今はちょっと…俺にはそんな権限無くて…」

「帰りたい…!!うちの愛しい子が…!うちの愛しい子がカラオケ大会制覇すんのに!!なんでうちは側に居れへんの!!」

「えぇ、俺に言われても…あ、その子以外の知り合いはその場にいないの?居るなら動画送って貰いなよ…」

「あ、来た」

「…よ、よかったね…」


 鞄の中からイヤホン取り出して繋いで大急ぎで聴いた。

 なんか、どっかで聴いたことあるようなギターの特徴的なイントロの…80年代くらいの男性アーティストの曲か…。

 あの子、ちゃんと状況読んで、どういう歌が求められてるか察して歌ってるんか…。

 カラオケのレパートリーえぐそうやな…今度聞いてみよ。


 イントロが終わって、歌い始めた。

 やっぱり歌謡曲、って感じの、ちょっとダウナーでノスタルジックてセクシーな雰囲気やな。キスとか抱き合うとか出てくるし…。


 神足はマイクを握って、遠くを見据えるような顔で、懐かしむような、悲しむような感じの表情で、歌詞の一つ一つを確かめるように歌ってて。

 神足の歌声は、冷たいというよりも、暖かいというよりも、暑い、寒い、って感じ。

 一言で表すなら春夏秋冬って感じ。

 春が来たらすぐ夏になって、長い夏が終わったら秋になって、あっという間に冬が来て、それを耐えたらまた春が来る。

 これが永遠に続くって信じさせてくれて。

 神足が良く言う、調子の良いでまかせやとしても、甘くて優しいだけの言葉で、ぼやけた将来を口約束させられるような、全部が罠でも構わないと思わせてくれるくらいの。

 このまま何もかもが終わって良いとさえ、思わせてくれて。


 あの歌声で「死ね」と歌われたら、迷わず命を絶ってしまいそうで。

 同世代の女の子達からすれば、いや、同世代関係なく、女性の中では低めの声が、優しく首を絞めてくれるならそれでも良いと思えて。

 前、神足の家に行った時、音の高さを表す単位をヘルツと呼ぶんだと教わった。

 それは一秒間の振動数を表していて、数字が高くなるほど高い音を表して、少なくなるほど低い音。

 神足の声は、確か150ヘルツくらいだった。

 それは何処か耳馴染みの良い周波で。


「……あ」


 動画の中では、歌い終わったあの子は緊張したように目を見開いて、髪を触りながら逃げるようにステージから立ち去った。

 あの歌声を、過去に殺した存在が居たと伝えるように。





「ごめん!!!!本当にごめん!!!!」

「あのな神足、目立つなとは言われてないけど、だからって目立って良いって言ってる訳じゃないからな」

「困ってるみたいだから助けてあげたの!そしたらなんか「人手が足りないから嬢ちゃんも出てくれ」って…」

「ほう」

「で、断りきれなくて…」

「押しに弱すぎる…。見ろ、晶さんに証拠全部送ったからな、言い逃れ出来ないぞ」

「本当だ…あー、晶に100%怒られるよね…大会も実質出禁になっちゃったし…踏んだり蹴ったりだ…」

「本当にな……ん!?大会出禁!?は!?なんで!?何した!?まさか俺が録画したからか!?撮影禁止ならそう書いてくんないと!!」

「いいや、大丈夫。君の事は誰も気付いてなかった。問題は私…」

「なんでお前に問題があんの…!?ここで聴いてた限り歌もプロレベルで上手くてビビってたくらいなのに!…あー、だからか…プロは出禁って言われたんだ…」

「……うん、でも特別賞って言って旅館の名物土産っていうお煎餅の詰め合わせを貰ったから部屋で食べよっか。晶の分は買って帰ってあげよ」

「だな…で、どうだった?久しぶりに人前で歌って」

「…うん…なかなか…」

「……今現在、晶さんからイカれる程メッセージ来てたりしないか」

「来てる、ずっとお尻ポケットぶるぶる震えてる」

「怖すぎるだろ」

「やめて、私の彼女だよ」

「はいはい。幸せ者め」

「…華菜ちゃん達には気付かれてない?」

「うん、みんなずっと部屋でトランプしてるよ」

「よかった…」



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