三十三話「神」
「ワキノブと一緒が良い」
「華菜さんと一緒が良い」
「でも男の子と女の子を同じ部屋にするのは…」
「私華菜さんのこと女だと思ってない」
「なんだとコラ」
「だとしてもダメ」
「私ワキノブのこと男だと思ってない」
「なんだってコラ」
「仲良いな…」
「着替える場所が別なら良いんじゃない?」
旅行前、そうやってしばらく揉めた末に決まった六人の部屋割りは、私、ワキノブ、神様と、環、帷子、てつで二部屋。
ワキノブは窓から見える海と空に興奮したのか、何度も窓を見つめては、姉様に送るためか、何枚も何枚も写真を撮っていた。
「ねえねえ二人とも、荷物の整理が終わったらみんなの部屋に行って、これから何処に行こうか相談しよっか?」
神様は自分の荷物を整理しながら、私とワキノブを見てそう言った。
「わかった」
「華菜ちゃんもそれでいい?」
「うん……ん?」
神様が整理している鞄の中に、少し気になるものが。
「神様」
「?」
「何持ってきたの?」
私の質問に、神様は照れ臭そうに鞄の中から見覚えのあるものを何個か取り出した。
「ふふ…まあ、一応…必要かなと思って…人狼ゲームとか…トランプとか、あと色んなカードゲーム!」
「おー!良いじゃん!」
「見てみて、良いでしょ!」
ワキノブは神様が取り出したカードゲームを一つ持ち、許可を貰ってから開け、カードを取り出し、デザインをじっと見つめた。
「わ、こんなのあるんだ…綺麗…ステンドグラスみたい」
ワキノブが選んだのは、おしゃれでしっかりした素材の、タロットカードのようなデザインの、かわいいトランプだった。
「綺麗でしょ?結構良い値段したんだよね…」
「いくら?」
「3000円」
「わ、大切に使わなきゃ」
「ふふ…夜にみんなとこれで色んなゲームしようね」
神様はそう言ってから、ワキノブからカードを受け取るため手を伸ばす。
「はい!わ、夜が楽しみ…ぁ…痛っ」
しかし渡す瞬間、カードで指が切れてしまったのか、ワキノブは小さく声を上げ、その後、慣れた手付きで止血するため指先をきゅっとつねった。
「!あ、ごめん!!このカード結構固いから痛かったでしょ…本当にごめんね…」
神様はカードをばっと床に置き、ワキノブの手を包み込むように優しく握った。
「大丈夫ですよ、私の不注意です…ごめんなさい」
「謝らないで…」
「ワキノブ、これ」
ワキノブに、一応もしものために、と持ってきていた簡易的な救急箱から絆創膏や消毒液を取り出そうとすると、ワキノブは首を横に振りながら「それもありがたいけど、血を拭くためのティッシュが欲しい」とこっちへ手を伸ばした。
「…あのね、ワキノブ君…あの、ちょっと、私みたいなのに手を握られたら嫌な感じするかもしれないけど…このまま、手握ってても良いかな」
ワキノブが指先をティッシュで拭いて、血が止まったかを確認しているのを見ていた時、神様がワキノブの手をもう一度握りながらそう言う。
……何がしたいんだ?
「良い止血方法でも知ってるんですか…?」
ワキノブが神様に言われるがまま、手を動かさずにじっとしていると、神様は目を閉じ、ワキノブの手を優しく撫で、そして離した。
「…神様さんって手あったかいですね」
「神様で良いよ!…うん、私体温高いんだよね…だからか、分かんないけど…それ故の特技みたいなのがあって」
「どんな特技?手を温めて何…が……」
身を乗り出してワキノブの指先を見てみると、さっきトランプで切れたはずの指先には、血どころか傷跡すら残っていなかった。
「!?」
「自分でも原理は分からないけど、昔から…こんなこと出来ちゃって…痛みはない?」
「はい、神様の手を握ってから…痛みはありません…」
手品…?手が温かいから白血球とかが活発に動いたのか?にしても…。
ワキノブも不思議そうに自分の指と神様の手見比べてるし…。
「…一応言うけど…これで一攫千金狙った方がいいよ」
「狙ったけどダメだった…」
「狙ったんかい」
「ダメだったんかい」
「ふふふ、まあね…頭痛とか筋肉痛には効かなかったし、大きすぎる切り傷もダメで…あと内臓系の、デリケートな部分の痛みを収めることも出来なかったんだよね」
デリケートな部分か…。
神様の言い方からするに…彼女とか家族とかがしんどそうなの見て助けようとしたけど無理だったりしたのか?
「……なら、擦り傷とか切り傷くらいなら治せるってことですか?」
「そういうことだね」
「そうなったら神様ってマジで神様みたいじゃん…え、私天才じゃない?」
「確かに!」
「ふふ、なんかご利益ありそう?」
「ありそう!」
「ご機嫌だな、ワキノブ」
さて、環達と話して、レストラン行った後で知り合いの車借りて海に行くって決まったけど、まだ約束した時間までちょっとあるし…。
畳に寝転んで「外暑いから時間まで畳と同化してる」とか言ってるワキノブと、スマホで元カノと冷や汗かきながら連絡取ってる神様なんて無視して…。
帷子は環探してるし…てつは今回で五回目のトイレだし…。
暇潰しするために旅館のイベントなんかあるか調べてみても、唯一あったカラオケ大会は夕方からだし…。
…なら、私も帷子と一緒に、迷子になってる環でも探すか。
そもそもなんでこんな狭い旅館で迷子になんの、あいつ…。
「……あれ?」
環を探しながら旅館を歩いていると、どこかで見覚えのある男の人を見かけた。
彼は、旅館の近くにあったカフェのテイクアウト容器を両手に持ち、右手に持っている物をちびちびと飲みながら歩き回っている様子だった。
中身は恐らくチョコフラッペみたいな名前の甘ったるい飲み物。左手に持ってるのはホットのドリンクだから中身は分からなかった。
こんな暑い日にホットのドリンク…?まぁ、好みは人それぞれだけど…。
このあたりの観光は初めてなのか、興味深そうに廊下の窓から景色をじっと眺めていて、近くに居た私に気が付くと、私に向けて軽く会釈をしてからフラッペをまた一口飲み、その場から立ち去った。
「……?」
なんか…あの人とどこかで会ったような気がするけど…気のせいか…?
アオダイショウ達のあだ名を考えた時に行ったカフェで見掛けたような…。
うんうん悩んでいると、畳と同化していたはずのワキノブが、何か異変に気付いたのか、部屋からひょっこりと顔を出した。
「…?華菜さん、どうしました?」
「……」
「……なにかあったの?」
…あれ?私今さっき何考えてたっけ。
「…華菜さん…?」
まあ、いいか…。
「あ…そうだ、ワキノブ!私あそこのカフェ行ってみたい!テイクアウトドリンク売ってるとこ…フラッペとかあるやつ…近くにあったじゃん!」
「分かった、行こっか、二人で」
「うん」
「神足、買ってきた」
「おー、天才、ありがとう…はい、お金」
「いえいえ…100円多いけど…もしかして手間賃か?」
「うん、受け取って」
「じゃあ遠慮なく…まさか、真夏にホットミルク飲むやつが友達だとはな…買ったとき周りからどんな目で見られたか分かるか?」
「ごめんね、本当にありがとう…ところで、はちみつは?」
「入れたよ」
「フォームは多めにしてくれた?」
「勿論」
「ミルクは豆乳に変えてくれた?」
「当たり前!」
「ありがとう…最高の友達!」
「無料カスタムの鬼」
「中学の時からこれしか飲まないから」
「凝り性」
「吐き気を催すくらいの高級思考ド甘党には言われたくないかな。チョコチップにクリームにブラウンシュガー?もう砂糖舐めた方が早くない?」
「中学の時からずーっとこれだけ飲んでるから」
「一口ちょうだい」
「やだよ」
「会った?」
「会った」
「マジか、夜まで大人しくしとく?」
「レストラン行くらしいから俺ついて行ってくる。そっちは待機してて。下でカラオケ大会やるらしいから見に行っとけば?」
「わかった」




