三十二話「一緒なら」
「…」
華菜ちゃんとワキノブ君は、目を見開いて、目の前に広がる景色を眺めた。
青い空、のどかな風景、そして雄大な青い海…。
夏休み。旅行に行くとすればどこが良いかしばらく考えていた俺に救いの手を差し伸べてくれたのは、遥だった。
昔遥が住んでいたというここは、俺の親父の組織から抜けた人達の逃避場となっているところだった。
ここには手を出さない、そして、逆に何があっても助けには来ないという制約があるおかげで、いくら蹴上であっても、俺達がここにいる限りは手を出したくても出せないわけだ。
「不思議でしょ?同じ府内にこんな場所があるなんて…!」
俺の言葉に、ワキノブ君は何度も頷きながら、スマホでお姉様に送るためか、写真を何枚も撮りながらこう答えてくれた。
「はい…てっきり…海無し県だと思ってた…」
確かにそう思う気持ちも分かるな…。
「意外と僕らの街って広いんだよ~、ね、てつ君!」
遥はそう言いながらワキノブ君の肩を優しく抱き、景色がよく見える場所へ誘導した。
「そうっすよ~ワキノブ君!さ!荷物下ろして宿に向かいましょうか!ここからは歩きっすよ!!」
徹は…いつもより張り切ってるな。両手いっぱいに荷物を持って…目もキラキラして…良いことだ。
旅行なんてした経験がないから新鮮で楽しいのかな、だったら嬉しい。
「待って!それ私のリュック!!徹君のはこのキーホルダーついてる方!!待って!!」
百々君は、荷物を間違えて持って行ったてつのことを追いかけてる…。
「わ、ここから日の入りも見れるのか…」
百々君から華菜ちゃんの方へ視線を移すと、華菜ちゃんはスマホで何かを調べながら、画面と景色へ交互に目をやり、ぽそりとそう呟いていた。
「そう、きっと綺麗だよ!日の入りの時間になったら見に来ようね!」
俺の言葉に、華菜ちゃんはキラキラとした目で二度頷いた。
「うん…!」
写真を撮り終わったのか、ワキノブ君も俺と同じように華菜ちゃんの隣に立ち、同じように景色を見てこう言う。
「……でも、菜那さんと、アオダイショウさんと…レンさんが来れなかったのは残念ですね…あの三人がいたらどれだけはしゃいでたか…」
確かに、ワキノブ君の言う通りだ。
もしここに額塚さんがいたら…華菜ちゃんに三回は抱きついているだろうし、艮君はそれを嗜めながらも笑ってて…。
廉君は一歩下がったところで、みんなを見ながら静かに微笑んでいそうだな…。
…確かに、なんというか…少し、恋しいかもしれないね。
「そうだね…なら、三人にはお土産買って帰ってあげようよ!それも旅行の醍醐味だから!ね?」
「……うん、それもそうだな…」
「…というか、艮君のあだ名はもうアオダイショウで確定なんだ?」
「うん、ぴったりだろ」
「ぴったりだね」
「環にもあだ名つけてやろうか?」
「良いの?嬉しいな…」
「旅行終わるまでに考えとくわ」
「分かった、期待してるね」
「環坊!久しぶり!おっきくなって~!ハンサムになったね!昔はこーんなに小さかったのに~!」
「あ…そうですか…は、ハンサム…んふふふふ……」
「そこの子は…あれま!まさか遥ちゃんか!!男の子だったとは!!かっこよくなったね~!!」
「あ、え、えへへへ…」
旅館に到着した俺達を待っていたのは、旅館の女将さんの熱烈なお出迎えだった。
遥は小さい頃この辺りに住んでたんだとは言っていたけど、まさか逃避場のすぐ側だとは思わなかったな…。
遥と目を見合わせ、昔どこかですれ違っていたかもいれないな、と笑い合っていると、女将さんが手帳に挟んでいた、もう一枚の写真を取り出した。
「この子は元気か?確か環坊の妹の…」
「あーーーーーーー」
旅館の女将さんが持っていた昔の俺の写真を華菜ちゃんには見えないよう大急ぎで隠し、頼むから今は何も言わないでくれ、というかその子は誰なんだ!?と説明のようなことをしていると、遥が、華菜ちゃんと、写真に写る小さな女の子を見比べた。
「…」
そして、何かを察したような表情をしてから、華菜ちゃんの方へ歩いてこう言った。
「華菜ちゃん、先にお部屋行っててくれる?しばらく話すと思うから…ごめんね…」
そこまで言うと、華菜ちゃんは意図を察したように二回頷き、ワキノブ君の手首を掴んだ。
「分かった。大丈夫だよ、久しぶりに会えたんだろ?仕方ないよ!先部屋見てるから、終わったら来て。ワキノブ、先部屋見てよう!」
……。
「遥、すまない、本当に…」
少し頭を下げると、遥は首を横に振った。
「いいや、大丈夫だよ。僕環くんの事信頼してるから」
……頭に、一つの疑問が沸き上がった。
「…どうして?」
あの時からそうだった。
遥はなんでこんな俺に優しくしてくれるんだ?
何も言わずにヘラヘラしてた俺を気遣って「話すべきなんじゃないか」「大人ぶらなくていい」とアドバイスしてくれて…。
今は、華菜ちゃんと、写真の女の子が瓜二つで、俺がそれ見た瞬間挙動不審になった、なんていう妙な状況なのに、こんな俺を庇ってくれた。
気になることがあるだろうに、俺のために動いてくれている。
考え続けてもキリがないと思った俺は、素直に、目の前の遥に思い切って尋ねてみることにした。
「なんで俺を庇ってくれたの?」
すると遥は困ったような、照れたような顔で微笑みながら、愛おしい人を思い出すように目を細めながら答えた。
「あー、実は…理由が二つあって…」
「二つ?」
「うん、一つ目は…昔このあたりに住んでたって言ってたでしょ?そこで僕とよく遊んでくれた優しいお兄さんがいて、その人と環くんが似てるから、また会えたような気がしたんだよ…」
「そうなんだ…」
「でもその人は…十年くらい前に事故で亡くなっちゃったんだけどね…」
「そのお兄さんの名前はなんていうの?」
「さとしお兄さん」
……さとし、お兄さんか。
そうか、彼に似せられたのか。よかった。
「……二つ目の、理由は?」
遥は大きく息を吐いた。
「…これは、僕の考えすぎだったらめちゃくちゃ失礼なんだけどね」
「……」
「あの時の環くんが…なんというか…」
「……」
「死のうとしてるように見えて」
言おうとして、やめた。
「…うん」
「…当たってるんだね」
「……」
「…部屋、見に行こうか。華菜ちゃん達待ってるよ」
「……うん」




