三十一話「熱病のような愛」
「ねえ晶、ずっと聞こうと思って聞けてなかったんだけどさ、お母さんの名前なんていうの?」
「あー、そういえば言ってなかったな!うちのお母さんは…」
学校帰り。いつもは神足がうちを家まで送ってくれるから、今日はうちが送ってあげるために一緒に帰ってると、前方から物凄いスピードでこっちに走ってくる男の子が。
「二人!俺やばい事知った!!!」
駆け寄ってきたスパイの男の子は、ぜえぜえと息を切らし、私達二人にスマホの画面を見せつけてきた。
「!なに?」
「見えない。よく見せて」
「これで見える!?」
画面をよく見ると、そこには華菜ちゃんとワキノブ君、そして環の三人が。
「はぁ…こ、神足がさ、こいつを追えって指示してくれたじゃん!?でさ!こ、こいつら、最近妙に集まってんな~、って思ってたら、夏休みに"いつメン"ってやつで旅行に行くつもりらしいんだよ…!」
うわー噎せ返るほどの青春やな~…去年を思い出すわ。
「なるほど、夏やもんな…どこ行くつもりっぽい?そこまで分かった?」
「うん、お前が去年松田達と行ったとこっぽいわ」
は!!??
「なんで!?わしと龍馬達が行ったとこに行くつもりなんか!!??またなんで!!!!」
「?行ったのってどのあたり?」
「車で行けなくはないけど、こっからはかなり遠いとこ!あのー、有名な神社があるとこや!」
「あそこか……観光地として有名なとこだよね」
「そうそう!あー、どうしよう…」
ほんまにどうしよう。
夏はお盆やから関東行ってお母さんのお墓参りせなあかんし、それ以外の日は課題とか、彩ちゃんとの遊びの予定も立てちゃったし、神足と7日間はデートするって約束してるし…。
朱里のお見舞いも行きたいし、明人の展示も見に行きたい…。
最後の夏休みで最後の休憩時間になるやろうからひたっすらに遊ぶつもりやったんやけど、無理かな…諦めるしかないか…。
神足の顔を見ながら「どうしよう」と呟くと、神足は目を見開き、スマホを操作し始めた。
「任せて」
「?え?神足?」
「知り合いに有名な飲料メーカーの社長令嬢がいるから頼めないか当たってみる。その辺だったら別荘くらいありそうだし」
……は?
「な、なんで神足が社長令嬢と知り合いなの?」
「音楽やってた頃のコネがあるんだよね。こっちも相当でかい借りはあるけど、あっちにも相当でかい貸しがあるから、多分一ミリくらい考えてはくれるはず!」
「音楽やってた!!??コネ!!??」
「あのな、それで驚くんは何日か前にやったからもうええで、しつこくなっちゃうから!」
「は!?晶さん何言ってんの!?俺は初耳なのに!!??おい神足!!なんで言わなかった!!!!」
「ごめん、それについては後で」
「はあ!!??」
神足が、有名なメーカーの社長令嬢と、知り合い…?
音楽やってた頃はあんまりうまくいかなかったとか、売れなかったとか、そればっかりしか聞いてなかったから、そこまで気にしてなかったけど…。
「もしもしアヤカさん?久しぶり、実はちょっと相談があって……そう、色んな事に関わる事なんだけど…アヤカさんの会社と提携組んでる会社あるでしょ…うん、その晶関連。付き添ってくれたら嬉しいな…分かった、ありがとう、助かった。じゃあその時に」
社長令嬢と関係築いてる上に、下の名前で呼んでる…?
…昔は、色んな所にコネを作って、意地でもバンドマンとして有名になろうとしてたんかな。
「お待たせ、別荘は何とかなった」
「なんとかなった!!??」
「お前すごいな!!」
「けど車は先の予定が分からないから貸すのは難しいって」
「すご!」
「見直してくれた?」
「見直した!お前最高だな神足!」
……神足…。
「……」
今、音楽やってないことを、神足は、どう思ってるんかな。
「晶?」
私の顔を覗き込む神足。
「…神足…あの…」
「うん?」
「…もしかしたら、令嬢さんは嫌がらはるかもしれんけど、車ならうちの冴木に頼むわ。あんたも神足と一緒に華菜ちゃんらの見張り行ってくれる?」
「そりゃあ、俺は最初から行くつもりだったよ…」
スパイの子はそう言ってから、何かに気付き、顔をバッと上げた。
「…もしかして、晶さん来ないつもり?」
勘の良い子やな。
「ごめんな」
「……あ、え?マジ?晶さん来ないの?なんで?」
「うん…実は、夏休みはしばらくの間お父さんと関東行かなあかんくて…」
私がそう言うと、神足は二回頷いてからこう呟く。
「夏休み……お盆か」
「え?お盆?…あー、晶さんのお母さんって確か関東の人なんだっけ?」
「うん、ごめん…一応連絡は取れるから…いつもこき使ってるお詫びとして、冴木に頼んで、見張るのは観光ついで、ってことにして楽しんできて」
私の言葉に、神足とスパイの子は顔を見合わせてから頷いてくれた。
「……あ、もう家やな…」
惜しいと思った。あと、数分だけでもいいから側に居たいなと。
「神足」
神足の袖を引いた。
「うん?どうしたの?」
神足を眉を上げ、愛おしいものを見る時のように、優しく微笑みながら首を傾けた。
私を愛おしいと思ってくれているのなら、踏み込んでしまっても構わないかなって。
「…神足は、音楽、もうやりたくないの?やるつもり、もうないん?」
神足はしばらく黙ってから、恐る恐る誤魔化すようにこう答えた。
「今は目の前の事に集中。私を気にするのは後で出来る。でしょ?」
「……」
「愛してる。だから、今は自分の事を信じて、やるべき事をやって」
神足の、優しいけど、冷たい言葉。
「もう…歌わへん?」
私の質問への返答として、淡々と、用意していたかのように、都合の良い言葉を並べられる。
「晶の身の回りの事、全部解決して、そうなった時も、まだ私の事を好きでいてくれるのなら、晶のために歌うよ」
「……」
「それじゃダメかな」
ネットでよく見る文言が頭に浮かぶ。
「…バンドマンは……悪い人ばっかって聞く」
神足はクスクス笑った。
「…晶は、悪い人は嫌いなの?」
罠みたいな人だなと思った。
バンドマンは、こういう話し方で、こういう雰囲気じゃないとなれないものなのかと思うくらい。
「…神足のことが好き」
「私も晶が好き。大好きだよ」
スパイの子が、もじもじしてる私の背を押して、神足の胸元へ頭を擦り寄せる勇気を与えてくれた。
「かわいいね」
甘いムスクの香り。
「……」
「…ねえ、晶…しばらく、親、帰ってこないんだけど…どうしたい?」
「……悪い人…」
「ひどい。そればっかりだね?ねえ、君は?今日上がってかない?悪い人じゃないっていう証人になってくれない?」
「俺は悪い人じゃないから上がりません。けど暇だからお邪魔するわ。あのふわふわのパジャマ貸して」
「あれうちが使う!!」
「この前晶が使ったでしょ、次はあの子。あれバンド時代にファンから貰った物だから綺麗に使ってくれる人に使ってほしいの!」
「ざまあみろ」
「くそ!!…たのしいたのしいお泊まり会やな」
「ふふ、そうだね」
「これで45回目か!」
「ちゃうで、49回目」
「あの例の4回は俺が空気だったからカウントしませ~ん」
「なんでーー!!」




