三十話「シジャク」
「環さーーーーーん!!おはようございます!!!!緊急です!!!!聞いてください!!!!俺やばいこと知ったんすけど!!!!!!」
休みの日。
ベッドの上でごろごろしながら、今日は久しぶりに部屋に籠って居ようか、なんて考えていた時、てつが部屋の扉をぶち破るくらいの勢いで突入してきた。
「緊急で……あ、え!?環さん!ま、まだ寝てたんすか!?なら俺出直します!!!」
背を向けるてつ。俺は呼び止めた。
「いや!いいよ!いいから!ここに居なさい!起きようとしてたとこだから…!緊急なんだろ!?分かったから…!」
そう言いながら起き上がると、てつは申し訳なさそうに何度も謝りながら俺に近付き、スマホの画面を見せてきた。
「は、はい…すみません…その、良い報告では無いんすけど、雅朱里さんが少し前に何者かに暴行されて、入院してるという情報が入ったのでそれをお伝えしたくて」
そう言いながらてつが恐る恐る見せてくれたスマホの画面には、顔や体に包帯を巻き、入院着を着て、恐らく晶と親しげに話している朱里さんが写っていた。
「……あの朱里さんが大人しくリンチされたっていうのか…?誰の仕業だ?…まさか蹴上達の仕業ってことか?」
「いえ、朱里さんはもうほぼ堅気の人だから、蹴上は無関係だとは思います…けど…」
「…蹴上の事だから考えられなくもない…って言いたいのか」
「……はい…あいつはこういうことを平気でするやつですから…」
朱里…さん…。
晶の右腕であり、幼馴染みのような、晶の片割れである彼女が…入院…。
「…智明さんは?朱里さんの彼氏だろ?あの人の情報は?」
「智明さんについては今佐鳥んとこの山ノ江さんが調べてるみたいです…けど……」
「……話せる状況じゃ…ないかもしれないよな…」
「……はい」
黙り込む俺とてつ。
てつはしばらく考えてから、何かを思い付いたかのようにスマホを操作し始めた。
「…あの、ひとつ…提案しても良いですか…?」
「うん、なんでも言ってくれ」
「もしも雅朱里さんのコレがマジで蹴上の仕業なんだとしたら、俺も環さんも…しばらくどこかに身を潜めるべきだと思います。このままだと…華菜ちゃんを含めた回りの人達にも危険が及ぶだろうから…」
そう話すてつの手が少しだけ震えているのが見えた。
「……うん、確かに…お前の言う通りだな」
「佐鳥一家も…晶はどうするか分かんないっすけど、夏の間はしばらく関東に行くと言ってたので…俺らも見習って、少しの間どこか遠くに行くべきです…」
「お盆だからな………俺が身を潜めるとして、どうせなら華菜ちゃん達も連れていきた……あっ」
「……はい、そうです…」
「てつ、お前…」
「はい…馬鹿だと言ってくれて構いません……」
「おはよ!華菜ちゃん!ワキノブくん!みんなで旅行に行かない?一週間くらいの泊まりで!府外に!あ、行きたいなら海外でも良いよ!!府内でも良いから!ね!?」
「…え…なんかやだ…」
「……私も嫌です…なんか必死すぎて怖いんで……」
昼休み。
神足と二人でごはんを半分こずつ分けて食べた後、朱里のお見舞いに持っていく物を決めようか~と、腹ごなしのために中庭を歩きながらおしゃべりしていると、ふと、視界の隅に見覚えのある人影を見つけた。
校舎の影になる、じめっとしている場所で、ヴィジュアル系バントのボーカルのような、過度に格好付けているポージングをしていて、その上首や腕に包帯を巻き、目付きはどこか人間離れしている女の子が。
「…あ、久しぶりー!」
私がその女の子に声をかけると、神足は目を見開いてから私の腕を引いて止めた。
「待って!あれ明らかにヤバい人じゃん!声かけちゃまずいよ!!」
「まあヤバい人ではあるけど悪い人ではないよ!話したら分かると思う!」
「え、ヤバい人ではあるの!!??」
「まあいいからいいから!詩寂~久しぶり~!」
制止する神足の腕を引いて女の子に話しかけると、その女の子は顔だけをこちらに向け、ボソリと一言こう呟いた。
「盟友よ、隣のソレは」
「ソレって…え、私のこと…?」
「そうみたいやね、ソレ」
「え………こ、こうたりです…神に、足、って書いて、神足…」
「ほう!!なんと良い名前!!!!」
「食いついた…晶……私この人怖いんだけど……」
詩寂に向けて頷き、そっちも自己紹介をしろと促すと、察してくれたのか、怖いくらいに神足の目をじっと見つめながら自己紹介をし始めた。
「名は詩寂。この仮の姿では花脇楓で通ってる。よろしく」
差し伸べられた手を恐る恐る握る神足。
詩寂はその手を強く引き寄せ、あろうことか神足を壁に押し付け、壁ドンのような姿勢をとった。
「ヒッ」
「おいわしの恋人に何してんねんいてこますぞ詩寂コラ!!!」
「黙って。あんた、どこかで見たことあるような」
珍しく詩寂に制止され声が出せなくなった私。
見つめ合う二人、神足は不思議そうに首を傾けた。
「…どこかで、会ったって?」
「…あんた…昔、テレビかなんかに出てなかったか…?この顔、見覚えがある」
「……」
目を見開く神足。
「…出ては、いた。で、でも…出番は一瞬だったから…映像は私の手元にすら残ってないよ。有名にも話題にもならずに、ひっそり消えた」
神足がそう答えると、詩寂はからかうようにくすりと笑い、神足の下唇を指先で撫でた。
「その言葉、まるで『有名になりたかった』と言っているように聞こえるが」
「言ってるよ。昔は有名になりたかったから…」
「そりゃまたどうして?」
「…私、中学の時…友達と音楽やってたから」
……。
「詩寂、もうええから離れろ。神足ごめん、会わせるべきじゃなかった」
そう言い、詩寂の腕を引いて神足から離すと、神足は首を横に振りながらこう答えてくれた。
「いいよ、大丈夫。私達を覚えてくれてる人がいて嬉しいから平気。ありがと」
……神足。
「……なんて名前で活動してた」
詩寂の問いかけに、神足は気まずそうに、でもどこか嬉しそうに、胸を張って答える。
「独華。ガールズバンドだったよ」
ひとり、ばな…。
バンドをやってたってことは知ってたけど、名前までは知らんかったな…。
なんかどっかで聞いたことあるような気がしなくもないけど…。
どこで聞いたんやったっけ…。
と、ひとりで唸りながら悩んでいると、詩寂が神足から目を逸らさず、淡々とこう問いかけた。
「独華。確か…有名なベーシスト、一口の妹が居たバンドだな」
「うん、アニメの主題歌とかやってたバンドに居た人だよね…確か、晶が好きなアニメもやってた」
「え?なんてアニメ」
「一片の報いだ。池崎直樹が書いた小説のやつ」
「え!!!???あの主題歌やってたバンド!!!???」
に
「の、メンバーの妹が居るバンド」
「……あー、やから聞いたことあったんかも……」
私の言葉に詩寂はくすりと笑い、神足は悲しげに俯いた。
「…ねえ、晶」
「……どした?」
「…実は、私も家族の七光りってよく言われたんだ。一口さんの名前を利用して成り上がった…クソガキ達って、よく言われたよ」
神足はそう言いながら私の目を見つめ、髪を撫でてくれた。
「……あ…」
神足の瞳に映る私が、髪を撫でられた程度でみっともなく照れているのが見えた。
照れるような状況じゃないと頭では分かっているのに、綺麗な目だな、なんて呑気に思ってしまう。
「…一口さんが良い人だったからこそ、憎めなくて悔しかった。だから、晶の気持ちは痛いくらいに分かるんだ。どれだけ悔しくて、どれだけ、自分が無力に思えるのか、分かるんだよ」
神足の冷たくて、でも暖かい、固い指が私の手のひらを撫でてから、包み込んでくれる。
「……神足…」
あいしてるよ。
伝われば良いなと思って、心の底で愛を打ち明けてみた。
「……うん、私も晶を愛してるよ」
この子は、全て、分かってくれた。
「……神足、貴様は晶のどこからどこまでを知ってる」
「髪で隠れた美しい左目から、彼女の背中の入れ墨まで。美しい蜘蛛の隣に噛み跡を残した」
「え?嘘、どこ!?神足のばか!!」
「ごめんね」
「貴様の入れ墨はどこにある」
「この体ではなく、この世に生き様として彫るんだよ」
「その模様は」
「世界一美しい私の晶を」
「……気に入った。貴様に私の持っている情報を全て渡そう」
「……え?何……?え?何で打ち解けてんの?なんで?」
「私も詩寂と同じ。異世界から来たから」
「あはは!高三にもなって中二病か!」
「勿論、永遠に」
「ああ、永遠にこのまま、この病気に身を焦がそう」
「……なんか…仲良くなれて、良かったな……ちょっと妬くけど…」
……ちょっと、待て。
「待って、今、何か…嫌な予感したんやけど聞いてくれる…?」
そう言いながら詩寂と神足の肩を叩くと、二人ともこちらを向き、頷いてくれた。
「うん…何?」
「どうした晶、何か予感の様なものを感じたか」
「うん…なんか…華菜ちゃんの回りにいる人でさ、前、華菜ちゃんに向かって「昔音楽やってた」とかいう、適当な嘘ついてる人おらんかった?」
私の言葉を聞いた神足は目を見開いた。
「…晶は…私の事を知ってる人が、華菜ちゃんの身内に居るって言いたいの?」
頷くと、神足はしばらく悩み、ポケットからスマホを取り出し、カレンダーアプリを開いた。
その姿を見た詩寂は眉をひそめ、神足のスマホ画面を覗き込んだ。
「カレンダーアプリ?それで何が分かるんだ」
「カレンダーのアプリってさ、日付押したらメモ欄っての出てくるやろ?神足そこに日記書いてんねん」
「それは賢い。それだったら検索も出来るしタグ付けして管理も出来るな」
「うん、だから…言ってた時期、特定出来る?出来るのなら絞り込めそうだけど…」
真剣な眼差しの神足。しばらく考えて、恐る恐る思い出したことを言ってみた。
「なんかな、確か…そや!華菜ちゃん達が誰かを仲間に引き込もうとしてた時で…」
「…引き、込もうと…し、た、時…」
一言ずつ呟きながらスマホを操作する神足。その横で詩寂がしばらく考えてから思い付いたように声をあげた。
「あぁ、それだったら私に分かるぞ」
「え?詩寂さん、分かるの?」
神足が文字を打ち込みながら詩寂の方を向くと、詩寂はベンチの方を指差した。
「あぁ、その時は私も中庭に居たからな…よく覚えてるよ。そのあたりに良く口の回る五月蝿い男と女が居たからな」
そっか…華菜ちゃん達はその頃から中庭に集まるようになったんやな…。
「分かった、口うるさい、男と女だね…」
変わらず物凄いスピードで文字を打ち込む神足。
でも眉間に皺寄せてるし、首傾けて困ってる感じやし…出て来んのかな…。
まあ、日記に一日あったこと全部を書くのはちょっと難しいかもしれんから仕方ない仕方ない。
詩寂は神足の文字を打つスピードの早さにドン引きしながら、居た人達の事を思い出していった。
「なんか指先だけ違う生物みたいだな…。他、誰が居たかな…。私の愛しの弟、忍。そして華菜と呼ばれる女の子、晶の嫌いな環と、そいつの付き人、てつというチビ…そしてダブり二年の廉…あと…」
なるほど、華菜ちゃんの回りに居るいつメンやな。
その時、神足が、スマホを操作する手を止め、詩寂の顔を見つめた。
「……残りの、二人は?」
「あぁ、そうだったそうだった!確か…銀髪のパーカー男とレザーチョーカー女も居たな…そいつらが良く口の回る五月蝿い二人だ!そいつらが言ってたんだっけ。どっちが言ってたかは曖昧だが、それだけはしっかり覚えている」
詩寂は誰にも嘘つけへん性格してるから、これは確かな情報やろうな。
詩寂に一言お礼を言ってから、神足の背を撫でると、神足は私に自分のスマホを渡してから、詩寂に声をかけた。
「……?」
「詩寂さん、話してた時期は分かる?」
「…四月くらいじゃないか」
「四月なら…百々くんは居ないね…」
神足から渡されたスマホ。画面をよく見てみると、四月の中頃から後半頃の日記のメモ欄が開かれていて、そこには、額塚さんについての神足の考察と、華菜ちゃんと額塚さんの関係の考察が書かれていた。
もしかしてさっきやたら文字打ってたんはこれを書くためやったんか…?
重要な、考察…は………成…程。この子は神足は、額塚さんの事を、こう見てるんやな…。
確かやし、辻褄も合ってるし、人を見る目があるというか、自分が晒されてる危機に鈍感というか、敏感というか、恐れ知らずというか…なんというか…。
「…詩寂さん、もっと詳しく、四月の何日か…くらいまで分かる?」
「ああ、分かるよ」
「何日?」
「何日かは分からんが、話数で言うなら、今から二十三話前だ」




