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"環"  作者: 正さん
五章
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二十九話「煙草」


「先週の放課後、業者さんが校舎を点検していたら体育館裏で煙草を見つけたらしい。職員の中に喫煙者は居ないから、不審者が侵入したか、もしくは学生の仕業じゃないかという結論になった、心当たりのあるやつは授業終わりに職員室に来るように!」


 ホームルーム。

 学校で煙草吸うようなバカがおるんか~アホすぎ~なんて思いながら、授業のために机の中からノートや教科書を取り出していると、背後から刺すような、強い視線を感じた。

 振り返ると、後ろの席で「晶のでしょ!」と身振りで伝えてくる神足が。

 かわいかった。

 なんか威嚇してる子猫みたいで。


 授業終わり。

「……晶、これは単なる確認なんだけどね?あの煙草って晶のじゃないよね?」

 神足は私の耳元に口を寄せ、小さな声でこう尋ねた。

 私が首を横に振ると、神足は眉間にぐっと皺を寄せ、疑わしいといった目で私をじっとりと睨んだ。

「じゃああれはなんなの…?誰の煙草?」

「わからん…そんなアホなやつが世の中におるんか…変なやつもおるもんやな…」

 そう言いながら首を傾けると、神足はしばらく考えてから、少し息を吐き、こう言った。


「…変なやつ…と言えばさ、この前華菜ちゃんとトイレで会った時に、このクラスで私の名前呼んできた二年の子も…近くに居たでしょ?あの、レザーのチョーカー付けて、片目を髪で隠してる…派手な子」

 それを聞いて考えてみる。確かあの人の名前は…額塚菜那さんだ。華菜ちゃんがめちゃくちゃに懐いていて、慕っている綺麗な女の人。


「額塚さん?あの子が変な人?」

 私が彼女の名前を言ってみると、神足は目を見開いてから何度も頷いた。

「そうなんだよ…!その額塚さんって人……」

「その額塚さんがどうしたん?」

 そこまで言って気づいた。

「……あ、そっか、あの子とあんたってお友達やったんやったよな!確かあの時あんた額塚さんに向かって「誰?」って言ってたっけ?あのな、いくら神足がうちの協力してくれるからってそれは…」

「…知らない人なんだよ」


 ……耳を、疑った。


「……知らん人?」

「…うん……あの子、三年のクラスに来た時「宮部さんと知り合いです!」みたいな事言ってたじゃん?だけど…私はあの子と…まあ、すれ違ったことはあっただろうけど、話したことどころか、名前すら知らなかったくらいで」

 怯えた様子の神足。


「…あの人が、あんたと知り合いや、って思い込んでるってこと?」

 私の言葉に神足は首を横に振った。

「そうなのか…いや、なんというか…もっと違う何かな気がする……華菜ちゃんが額塚さんにあんなに懐いてるのも妙だし…まあ、華菜ちゃんの回りにいるのが男の人ばっかだから、そこに女の人が一人いるってだけで安心できるのかもしんないけど…でも…」

「……にしても、あんなに慕ってるのは変って言いたいの?」

 焦った口調の神足を宥めるために背中を撫でてみると、神足は小さな声で私にお礼を言ってから、こう続けた。


「ありがと…うん。あの、華菜ちゃんを洗脳してるとかそういうんじゃなくて…華菜ちゃんに、好かれる方法を…知りすぎてるというか…」

 言われてみればそうかもしれない。

 スパイの子に見張りを頼んだ、あの、例のカフェでの華菜ちゃんの態度。

 額塚さんを「お姉ちゃん」と呼びたがった華菜ちゃん。


「……」

「思ったんだけど…額塚さんさ…もしかして、晶の知り合いだったりしない?」

 そう言われて、気付いてしまった。

「晶か…もしくは、晶の、お母さんの知り合いだったりしない、かな?」


 怯えた様子の神足。

 立ち上がった。


「晶、ど、どこ行くの!?」

「…頭の中整理したい。隣のクラスの朱里んとこ行ってくる!」

「……晶……」


 朱里に会いに行かなければ、と大急ぎで教室から廊下に出ると、目の前には丸岡徹が。

 私を睨んでから、そっと近付いた徹は、私の耳元にこう囁いた。


「…何するつもりっすか、次は」

 徹の震えた声。私は、徹の目を見つめてこう言った。

「今に分かる」




「…晶、おかえり、朱里さんなんて言ってた?」

 出迎えてくれる神足。

「……」

 崩れ落ちた。

「……晶?…晶!平気…!?」

 神足は受け止めてくれて、そのまま、神足に体を預けた。

 椅子にゆっくり座らせてくれて、背中撫でてくれた。


「…さっき、彩ちゃんと会って…聞いてみたら、朱里が、入院したって…」

「!?」

「うちには、気遣って、言えんかったって…」

「は!?な、なんで!?に、入院!?晶……」

 背中を撫でる手が止まった。

「……暴力、振るわれて…骨にヒビ入ったから、二週間くらい入院することになったって…」

 神足は眉間に皺を寄せてから、廊下に立っているスパイの子に、視線で「環を追え」と合図を送った。


「…神足」

「……晶、誰がやったかもう予想できてるの?」

「…うん」

「…」

「…どうしよう」

「大丈夫。すぐに良くなるよ。帰りに朱里さんのお見舞いに行こうね」

「……うん」

「大丈夫。ずっと一緒にいるよ。大丈夫。朱里さんもすぐ帰ってきてくれるよ。大丈夫」

「…うん……」

「お菓子買っていこうか、病院の場所は分かる?」

「わかる」

「ならそこに行くまでの道にあるお店でお菓子買ってお見舞いに行こう、ね?」

「うん」

「分かった。行こう。立てそう?歩ける?おんぶしようか?」

「できひんくせに……」

「できるよ、晶のためならなんだってする」

「……ばか…」



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