二十七話「大切な子」
「ワキノブ君!これから華菜ちゃんのとこに行くんだっけ?一人で平気そう?」
授業終わり。靴箱の前で、体調不良で欠席した華菜ちゃんにプリントを届けに行くところのワキノブ君に遭遇した。
まぁ遭遇なんてのは嘘で、実際はずっと靴箱の前で待ってたんだけど…。
俺の問いかけに、ワキノブ君はお昼に学食で会った時と同様に落ち込んだ様子で頷いた。
「……華菜さん、大丈夫ですかね…私が行って、体に障ったら…」
俯くワキノブ君。
俺は、少しだけ迷ってから、ポケットからスマホを取り出し、ワキノブ君に画面を見せた。
「……?」
「華菜ちゃん、ワキノブ君に会いたいって言ってたよ」
俺が見せた画面には、華菜ちゃんが送ってくれたメッセージが。
『心配かけてごめん!ちょっと休んだらすぐ良くなるから!』
『ワキノブどうしてる?あいつ私を気遣ってか何も送って来なくてさ!!』
『私が送ったとこで無意味だと思うから、環からあいつにすぐ良くなるって言ってたって伝えといて!』
ワキノブ君は目を輝かせながらそれを読み、嬉しそうに頷いた。
「…なんで体調悪いくせに私の心配なんか…華菜さんらしいというか…なんというか…」
そして、照れ臭そうに微笑んでから、ワキノブ君もスマホを取り出し、華菜ちゃんに何かを送信し始めた。
そこで、俺はふと気になったことを尋ねてみた。
「…今、ふと思ったんだけどさ…ワキノブ君って、華菜ちゃんの家知ってたんだね?いつ教えて貰ったの?先生から住所教えて貰った?」
俺がそう尋ねた途端、固まるワキノブ君。
「……華菜ちゃんの家、知らないんだね?」
頷くワキノブ君。
「知らないのに、会いたくて、届けに行くって勢いで言っちゃったんだね?」
もう一度頷くワキノブ君。
「……仕方ない、俺が案内するよ。校門で待ってて」
俺がそう言ってから自分の靴箱に向かうと、ワキノブ君が俺のシャツの裾を掴んで止めた。
「待って!…なんで環さんは華菜さんの家を知ってるんですか?」
……あーーー、これは、今話すとややこしくなるよな…。
「…と…智明さんと…知り合いだから…松田君とも、面識あるし、一回、家行った時に、松田君が…『あれ智明の家!』って、教えてくれて……」
「え、松田龍馬さんってそんなアホなんですか?…ま、まぁ、良いでしょう…もし華菜さんに変なことしたら殺しますから…肝に免じておくように…」
疑いが晴れたのか、ワキノブ君はそう言ってから、俺の裾から手を離してくれた。
俺は、自分の靴箱に向かいながら、心の中でこう呟いた。
「……それは俺もだよ、ワキノブ君」
華菜ちゃんは、俺にとっても大切な子なんだ。
彼女がもし傷を負わされたら、それがどんなに軽い傷でも、負わせたやつを殺してやりたいくらいには、大事に思ってるんだよ。
『はい』
「ぁ……こ、こんにちは…は、花脇です……華菜さんの同級生で……そ、その、プリントを、届けに来ました……」
かわいい。
まるで小動物みたいに身を縮こまらせながら、インターホンに向かって話しかけてるワキノブ君…かわいい。
労るようにワキノブ君の背を撫でると、ワキノブ君は照れ臭そうに何度も頷いた。
『花脇さん?分かりました、少々お待ちください。華菜ー!!お前の大好きなワキノブ君がプリント届けに来たってよ!!』
インターホンから聞こえるのは元気そうな低い男性の声…智明さんだな。
成る程、大好きな…。
家でご家族さんにワキノブ君の事を沢山お話ししてるんだね…かわいいな…。
「…だ、だいすき…」
ワキノブ君にも勿論聞こえていたようで、彼は嬉しそうに、でももじもじと照れ臭そうにしてから、俯いてしまった。
なんてかわいい二人なんだろう…一生親友で居てくれ…。
智明さんのそんな声が聞こえてからほんの三十秒ほどで、華菜ちゃんがひょこっと顔を出してくれた。
「ワキノブに環まで…!わざわざ来てくれたのか!ありがとう!!」
嬉しそうな表情の華菜ちゃん。
四人で出掛けた時よりかは良くなった顔色に安心し、華菜ちゃんににっこり微笑みかけると、華菜ちゃんの背後に見覚えのある人物が現れた。
華菜ちゃんのお母さんの皐月さんだった。
「……環、お前……」
「…お久しぶりです、皐月さん。華菜ちゃんにはいつも良くして貰って…」
「……そうか、久しぶり。元気だったか?」
「…はい、なんとか…お身体の様子はどうですか?」
「良くなったよ。明日から行けるって華菜本人は行ってるけどね…」
「…貴方の、身体は?」
「……ほんと、あいつに育てられたとは思えないほど良い子だね、環……身体は良くなったよ、ありがとう」
華菜ちゃんとワキノブ君は、僕と、華菜ちゃんのお母さんとの会話を興味深そうに見つめていた。
「……上がっていくか?お菓子あるよ……花脇くんも環もおいで」
ワキノブ君は、促されるがまま部屋に入っていき、俺はそんな後ろ姿をじっと見た。
皐月さんは華菜ちゃんと智明さんに「部屋へ案内しろ」と指示してから、俺の方を見た。
「…サトシの話がしたいのか?それとも、華菜にあんたとの関係を言うつもりか?」
俺は、首を横に振ってから、皐月さんの顔をじっと見つめ、こう言った。
「この世に生きる、唯一の…血が繋がった、家族である華菜に…妹に、会いたいと思うのは、いけないことですか」
皐月さんは首を横に振った。
「…待って、唯一の…?なら、お父さんは…」
「…少し前に亡くなりました。病室を荒らされた跡があったので、恐らく、東の人間の仕業でしょう」
大きく息を吐く皐月さん。
「あぁ…だから、尚更華菜に会いたいんだね…それは、そうか。当たり前だ」
「……」
「……なら、尚更澁澤組の跡を継ごうだなんて思っちゃいけないよ。じゃないと嫌でも父親の仇と顔を合わせることになるからね…あんただって無事で済まない筈だ」
皐月さんの優しい言葉、俺はこう答える。
「…はい、だから、高校を卒業したら、この町を去って関東に行くつもりです」
皐月さんは目を見開いた。
「…本当に西は東と合併するつもりなのか?あんなの、単なる噂だとばかり…」
俺は頷いた。
「俺が澁澤に引き取られたのも東との条約によるもの。そうなんですよね」
皐月さんは後ろを警戒しながら、あの三人に俺達の会話が聞こえないよう扉を閉めた。
「あぁ、そう佐鳥が言ってたけど…」
少しの沈黙の後、皐月さんは何かに気付いたように顔を上げた。
「…あんた、まさか…内部から東を潰そうとしてるのか?」
俺は大きく頷く。
「あいつらは条約を破って俺の父親を殺したんだ、刺し違えてでも殺すつもりです。あいつらは自分達がやったことの報いを受けなきゃいけない。任侠の人間として、復讐せずそのまま泣き寝入りなんてしちゃいけないんですよ皐月さん。貴方にも分かるでしょう、俺の気持ち」
俺の言葉を聞き、皐月さんは首を横に振った。
「…あんた、それ…『自分は高校を卒業したら死ぬつもりだ』って言ってるようなもんだよ」
「…はい。勿論、それも覚悟の上です」
「!」
「……だから、これで、最後にします」
皐月さんが目を見開いているのが見えた。
俺を労るような、大切に思ってくれているような目付きだった。
「今年で、最後にします。最後なんです。だ、から…今、だけは、邪魔、しないで、ください……これで、本当、に、最後、だか、ら…」
頬に熱い涙が伝う。
足の力が抜けて、目の前の皐月さんの脛にしがみついた。
「…お願いします」
「……環」
「あの子の側に居させてください……お願いします……何だってします…だから……少しでも、華菜ちゃんの側に居たいんです……お願いします……」
皐月さんは、跪き、俺の頬を拭ってくれた。
「……なんで、あんたとか……子供ばっかり、こんな思いしなきゃいけないんだ…」




