二十五話「言わなくてよかった」
「…一旦表で何やってるか見て……待って、ワキノブ!あそこ見て!あそこにいるのって…」
「え?あらま!偶然ですね!」
「華菜さん!ワキノブ君!まさかここで二人に会えるとは!嬉しいっすね!環さん!!」
「ふふ、そうだね…」
休みの日に「生まれてこのかた映画館で映画を観たことが一度も無い」と言うワキノブを連れて、映画館のあるショッピングモールへ行くと、そこでなんと環とてつの二人に居合わせた。
「お二人はどうしてここにいらっしゃるんすか?」
てつの嬉しそうな声色。私はワキノブと顔を見合わせてから素直に答えた。
「まあ、二人で映画を観に来たんだよ、ワキノブが映画館一回も来たことないって言うから」
「そうなんです、元々は姉様と来る予定だったんですけど、姉様が「予定があるから今回はお友達と行っておいで」って言ってくださって…」
「そうなんだ!良かったね…二人は何の映画観るつもりなの?」
「行ってからその場で決めようかって話になったんだよ」
「おー!いいっすね!今いろんな映画放映されてるし…!」
いつもより上機嫌でテンション高く話しかけてくるてつ。
環はそんなてつを宥めるように、てつの肩を押さえた。
「二人でのお出掛けなんだから俺らは邪魔しないようにしよ、親友同士水入らずで…俺らは俺らで、ね?」
「それもそうっすね!ならこれからどこ行きます?ゲーセン?環さんUFOキャッチャー上手いっすよね!」
「そうだよ!俺の数ある特技のうちの一つと言っても良いね…ということで、てつ?俺らも映画館に行こうか」
「あの、ずっと思ってたんすけど、環さんってもしかしなくてもサイコパスなんすか?」
「んふふ、ひどい…」
結局四人で仲良く映画を観ようという話になり、四人で並んで、今一番勢いのある映画では無く、少しブームの過ぎたヤクザものの映画を観ることにした。
初めての映画館で食べるポップコーンに目を輝かせるワキノブ。そして、そんなワキノブが可愛いのか、微笑ましく見守っている様子の環とてつの二人、それと私。
「私、初めて一緒に映画を観る相手が華菜さんで良かったです…!」
「まだ予告すら始まってないのにもう感動してんのか?」
私がワキノブをそうやってからかうと、隣の環がクスクスと笑いながらてつの方を見た。
…私が思ってたより仲良いんだな、この二人って…。
そんなことを考えていると、映画の予告編が流れ始めた。
「……なんか、よく分からなかったです…」
「確かにちょっと難解な映画だったね…なんというか…観た人に解釈を丸投げする感じ?」
「正直に言うと、好きな人には申し訳無いんすけど…俺個人としては、ああいう映画って評論家気取りがそれ以外の人を見下すように作られてるみたいであんま好きじゃないんすよね…」
「私もてつに同感するわ。でもさ、よく言うじゃん」
「何をっすか?」
「好きなものが合うよりも、嫌いなものが一緒の方が人間関係長続きするって。それが分かったってのが、あの映画が教えてくれた人生の教訓なんだよ」
「…華菜さんが論理的なこと言うと、なんか、鼻につく」
「ふふ……」
「なんだとワキノブコラ」
「わ…流石華菜さん…感動したっす、俺!」
「どうせなら映画で感動しろや」
「……」
「あ…ポップコーン結構余っちゃったね…持って帰れるように袋貰おっか?」
「はい……」
四人でそうやって好き勝手に話し合いながら映画館に背を向け、どこかでご飯を食べようかとフードコートに向かった。
「でもあれはよかった、最後、主人公が死ぬ直前に言ってた台詞!今までずっと自分の産まれに誇りを持ってた主人公が、最後には……」
私がそこまで言うと、ワキノブが頷きながら主人公の台詞を呟いた。
「普通に生きたかった…って言うやつですか?」
「そうそう!そこそこ!」
私が頷くと、環もそこが好きだったのか、感心したように手を叩きながら何度も頷いてくれる。
「あー!そこのシーンね!あれは俺も好きだったな…ああいう余韻の残し方は良かったよね!」
しかしてつはそうは思わなかったのか、首を横に振りながらこう言った。
「確かにあれは良かったすけど…俺的には悲しすぎてダメっす…」
「てつは動物のドキュメンタリーで泣くくらいだからな」
「だってあのわんこ!最後に甘えるんすよ!!!???人間不信になってたわんこが飼い主さんの献身的な保護で心開いて、今では同じ布団で…!!!!!」
「それは泣くわ…聞いてるだけで泣けてきた……」
「華菜ちゃんも動物のドキュメンタリー系好きなんだね…」
「犬と同じ布団で寝るのはしつけ上良くないんじゃ」
「ワキノブくん、こら、やめなさい」
そんな三人の会話を聞いていたら、ふと私の視界がぐにゃりとゆがんで…あれ?ゆがんで?
「……?華菜さん!?華菜さん!!平気ですか!?」
私の方に駆け寄ってくるワキノブが見えた。
「大丈夫、ちょっと立ちくらみがしただけだから…」
あ、地面に座り込んじゃったのか。まただ…。
ワキノブの手を借りながら立ち上がると、環も急いで駆け寄り、ワキノブが掴んでくれている手とは反対の手を掴んで立たせてくれた。
「無理しないでどっか座ろうか…?」
私は環のその提案に反対した。
「いや、大丈夫、もう平気だから…どっか行く予定だったんでしょ?あ、フードコートだっけ…なら早くそこ行こう…」
私の言葉を聞いた二人は困ったように顔を見合わせる。
単なる立ちくらみだし、こんなのはここんとこ毎日だから対処方法も分かってる。そう伝えても二人は私の手を離そうとはしなかった。
「華菜さん…割とマジな方で、今はちょっと座れるところいった方がいいっすよ…毎日フラフラしてるなら尚更…いくら対処法分かってるからって無理して良い理由にはならないっす」
そんな時てつが私の肩を優しく叩きながらこう言い、近くの椅子を指差した。
「華菜さんのお母様に連絡して、迎えに来て貰った方が良いと思うっす」
私にはてつの言葉の意味とか意図がよく分からなかった。
「……分かった」
でも、今はてつに従った方が良いとも思った。
「華菜さん、あの、昔からの病気とかはないんですか?生まれつき身体が弱いとか…最近食欲も無いって言ってたし…低血糖とか?貧血とか?」
お母さんから言われた通りに、静かなカフェでココアを飲んでいたとき、ずっと心配そうにしていたワキノブが私にそう声をかけた。
「ないな……私って昔っから風邪すら引かないんだよ…インフルにも食中毒にもなったことないくらい…飯も夜にはしっかり食ってるし…」
私の言葉に首をかしげるワキノブ。
「?なら今日のは何なんですかね…」
私とワキノブが首を傾けると、環も同じように不思議に思ったのか、てつにこう問いかけた。
「てつ、お前はなんだと思う?」
てつは目を見開いて、私の顔をじっと見つめてから、首を横に振った。
「…華菜さんが分からないのなら、俺も、分からないっす…とりあえず今は安静に…ね」
…?
怯えたような、どこか焦ったような様子のてつ。
ワキノブは私の背中を撫でながら、ずっと不安そうに私の顔色を伺っていた。
「熱っぽい、とか、身体が火照るとかはありませんか?」
「それもない…ただ立ちくらみがしただけ…」
一応、なんでこんなにフラフラして調子が悪いかの心当たりはある。でもこんな男だらけの状況で言えるわけもなく、ついつい知らないフリをしてしまった。
ワキノブには言っても良かったかもしれないけど、言ったら、なんか、今の私たち二人の関係性が変わってしまいそうで、怖くなったから。
「…」
黙ってココアを飲んでいると、ワキノブが恐る恐る私の手を取り、ぎゅっと目を瞑りながら、祈るようにこう唱え始めた。
「…良くなりますように…」
……あぁ、やっぱり、言わなくてよかった……。
「…ありがと、ワキノブ…」
菜那さんに、会いたいな。
……お姉、ちゃん…。




