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"環"  作者: 正さん
四章
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二十四話「マムシ」


 遥に言われた通り、華菜ちゃんとワキノブくんだけじゃなく、みんなに、今の段階で俺に言える事を全て言うことにした。

 俺の家が極道の家系であること、俺を跡継ぎにしようとしていること、そして、跡を継ごうと思っている事を。


 反応は本当にそれぞれで、例えば艮君みたいに俺を怖がったり、百々くんみたいに「苦労しているんですね」と労りの言葉をかけてくれたり、額塚さんみたいに「ギャップ萌え、滾るね」なんてよく分からないことを言われたり。

 冷静に捉えられている自分がいると同時に、そんな言葉それぞれに、驚いたり、落ち込んだり、逆に少し救われた自分がいるのも真実だった。

 話し終わった俺に、華菜ちゃんは、特に何も言わず、一段落したのを確認してから「じゃあ今日どこ寄って帰ろうか?」と提案してくれて。

 そんな姿を見ていると、俺が意識して俺について秘密にしていた時間は無駄だったんだなと思えて。

 そして、晶との問題が解決したら、華菜ちゃんの側から離れて、永遠に華菜ちゃんの側から身を引くつもりだったけど、華菜ちゃん達といるこの空間に、いつまでも依存してしまいそうな自分にも気付いてしまった。


「……環さん?」

 そんな俺に気付いたのか、みんなで「いつもとは違うお店を開拓しようか」と歩いていた時、てつが声をかけてきた。

「…環さん平気っすか?なんか、ちょっと…暗い顔してるように見えて…」

 察しの良いてつ。俺は少しだけ笑ってからこう答えた。

「ん?あー、色々考えてただけだよ。カタギとして過ごす最後の一年をどうやって過ごそうか」

 俺の言葉を聞いたてつは華菜ちゃんの方を見た。


「…楽しい一年になると良いですね」

「…うん、そうだな…色々ありがと」

 その時のてつの、後悔しているような、悲しそうな、怒りの混じった表情の意味が、俺にはよく分からなかった。





 新しく見つけたお店に到着した俺達は、額塚さんの提案で、五対四に分かれて座ろうかという話になった。

 確かに、店員さんが俺達の顔を覚えてくれて、親しげに話しかけてくれるようになったお店と、今日初めて来たお店で対応を変えるのは当然の事だ。


「なら、華菜ちゃんとワキノブ君を一緒にして…遥と額塚さんは一緒が良いよね?」

 俺の言葉を聞いた遥は割り込むようにこう言った。

「ごめんけど、今回は僕額塚じゃなくて環君と一緒が良いな」

 俺にしか話せない何かがあるような口調の遥。

 額塚さんはそれを見て察したのか、気を遣うように華菜ちゃんの腕に自らの腕を絡めながら

「オッケー、そういうときもあるよね!なら私華菜ちゃんと一緒~!」

 と言った。

「あ…えっと…ふふ、一緒…」

 腕を絡められるなんて予想外だったのか、頬を赤く染めて、照れ臭そうに微笑む華菜ちゃん。

 かわいかった。


「なら、額塚さん、華菜ちゃん、ワキノブ君が一緒で…」

「かなちゃん、わきのぶくん、ななちゃん、うしとらくん、百々くんの五人と、余りの四人でどう?」

「そうしよっか」

「環君、僕達余りだって」

「心外だね…」

「遥さんと環さんって意外とめんどくさいですね。二人が仲良くなったから尚更ね」

「……ワキノブ君が俺達の事名前で呼んでくれた…」

「うれしいね環君…」

「…はぁ」




「五名様、お席までご案内いたします!」

 店は少し込み合っていたようで、華菜ちゃん達が店員さんに席まで案内して貰うのを見送ってから、僕達四人も案内を待つことにした。


「レン君は額塚とか華菜ちゃん達と一緒じゃなくて良かったの?」

 店の前に設置された、待機のための椅子に座った遥の問いかけに、立って待つことにしたレン君は頷きながら答えた。

「うん、ぼくたちにしかできない話があるからね?」

 いつも通り、温厚で、どこか舌ったらずな話し方。

 でも芯があって、人に自分の言葉を聞かせる圧がある声。


「…レンさんって、確か、名字」

 レン君に向けて何かを話そうとしたてつ。

 それを遮るように店員さんが俺達へ声をかけた。

「お客様…五名様でよろしかったでしょうか?」

「……え?あ、俺達は四人で…」

「?あ、し、失礼しました……こちらへどうぞ」


 後ろに居た人もカウントしたのかと思い、振り返ってみるとそこには誰も居らず疑問が残った。

「…ねえ…僕らいつもあれ言われるよね」

 遥も同じように気になったのか、そう言いながら俺の肩をトントンと叩いた。

「……うん、でも後ろ誰もいないしな…居たけどどっか行っちゃったとか?」

「でもいつも後ろに誰かいるって…おかしくない?」

 遥の言い分も確かだ。

 確か、百々君と初めて会った時。百々君は俺達の人数を数えてから「あれ、」と首を傾けていたっけ。

 あの時も今も、全部が同じ人で、晶に頼まれて俺らを追跡している人だったら?


「ひょっとして、おばけ……!?」

 そんな俺と遥の疑問や猜疑心を払ったのはレン君の可愛い声色だった。

 目を見開き、あたりを見渡しながら怯えたように震えるレン君を見ていると、考えている時間は無駄なのかも?と思えて…。


「…まあ、考えるのは席についてからでも出来ますよ」

 てつの言葉通り、俺達は席についてから改めて話し合うことにした。





「てつ君って、環くんの何なの?」

 唐突だった。

 ドリンクを注文し、店員さんが背を向けた途端に遥がてつにそう問いかけた。

「え?あ……」

 てつはあたりを見渡してから、俺の顔を伺うように俺を見つめた。

 素直に話せと促すと、てつはどこか申し訳なさそうに、気まずそうに話し始める。


「…堅気の方に話す内容じゃ無いでしょうけど、十年くらい前にこの辺でヤクザ組織の抗争があって、そこで…俺の父親と母親が巻き込まれて、殺されたんです」

 遥は大きく息を吸い込んだ。

「……そうやって、親を亡くした、俺や、雅朱里さんみたいな子供達を引き取って、育ててくれたのが、環さんの親父さんで…」

「……うん」

「俺が環さんをこうして慕ってるのは、環さんの親父さんへ恩を返したいってのと…俺の、独断なんすよ」

「……独断?」

 てつにそう問いかけたのは廉くんだった。


「はい…親父さんは「てつ、お前は普通に生きてもいい」と仰っていたんです、でも…子供の頃、何もかもが怖くて、トラウマで、周りに馴染めず…ずっと孤立してた俺に…手を差し伸べてくれた環さんと、その親父さんに恩返しがしたくて」

 てつは話しながら、その大きな瞳から一粒涙を溢した。

「俺、環さんのためなら死ねます」

「そんなことしなくていい」


 俺がそう否定すると、てつはいつものように、困ったように笑った。

 笑っているはずなのに、向かいに座るてつの顔からは、本心や感情を読み取ることが出来なかった。







「ワキノブ君だけズルくない?」

 菜那さんの不機嫌そうな声。

「何がですか」

 私の問いかけに、華菜さんは私の隣に座るワキノブを指差した。

「あだ名があるじゃん」

「はい?」

「私にはない!」

「はい??」

 眉をひそめるワキノブ。


「あって何になります?そもそも私このあだ名好きじゃな」

「華菜ちゃん!!私にもあだ名考えてよ!!お願い!!」

「割り込むな!!!」

 文句を言いながらも嬉しそうなワキノブ。

 しばらく菜那さんの顔を見て、考えてみた。


「……あ」


 そうしたら一つ候補が浮かんだけど、それを言葉にするのは物凄く恥ずかしくて……どうしよ。

 キョロキョロ見渡してみると、ブラックコーヒーを飲みながら私と菜那さんを見比べている艮が目に入った。

 

「…艮」

「え?」

 怪訝な顔をする菜那さん。

「艮さんは、見た目怖いけど、中身優しいから…」

 だけど私が色々考えながら話しているのを見て、なんか楽しくなってきたのか、軽く身を乗り出しながらこう続けてくれた。

「あー!なんかあったよね!えっとー、ロールキャベツ系男子とか…あ!アスパラベーコン男子みたいな??」

「そうそう!それです!」

「それで言うとアスパラベーコン男子って感じだよね~艮くんって!」

「確かに!」

 菜那さんと二人で勝手に盛り上がっていると、男二人は私達の会話を聞きながら眉間に皺を寄せ、艮の事を見た。


「アスパラベーコン…?」

「なんかおいしそうになっちゃったね、艮くん…」

 百々から、まるでからかうようにそう言われた艮は困ったように体を縮こませた。

「そんな、俺なんてアスパラベーコンみたいな良いもんじゃないよ……」


 アスパラベーコンよりかは良いもんだと思うけど…でも、確かに、艮はアスパラベーコンっぽくはないかもしれない。

 食べ物で例えるよりかは動物っぽくて…こう、逞しく見えるけど…本当は臆病で、見た目で誤解されるような…。


「そうだ!!アオダイショウだ!!前動物の特番で見た!マムシに似てるけどアオダイショウは臆病で人を噛んだりもしないんだよ!ただマムシに似た見た目が怖いだけ!!」

「はい???」

「そうだ!艮はアオダイショウだったんだ!!!」

「なんで!?」

「いっつも思うけどなんであんたの考えるあだ名はいつもそうなんの?」

「艮はアオダイショウで…ワキノブはワキノブ」

「せめて私も変えてくれ。ワキノブやめさせてくれ」

「なら百々は?」

「私……」

「…百々…坊主」

「え!?坊主からインスパイアを受けるんですか……!?」

「変なのはやめてあげてね華菜ちゃん…例えばお地蔵さんとか…こう、特徴的な見た目で決めるのだけは…」

「お地蔵さん…」

「ちょっと、菜那さんのせいで変な単語インストールされましたよ……」

「え!嘘!ワキノブくんどうしよう!!」

「なら、百々のあだ名」

「……」

「坊主で、なんか、大人しいから」

「こわい」

「そうだ!!神様だ!百々は神様だったんだ!!!!」

「ほら!言わんこっちゃない!!!」


 なんでみんながこんなに否定的なのか分からないけど、とりあえず二人のあだ名はアオダイショウと神様で確定して、絶望する二人を横目に、改めて菜那さんに向き合った。


「……浮かんだ」

「ひぃ」

 怯えた様子の菜那さん。

「正直、なんというか、恥ずかしいあだ名で…これを、言うのはアレで……」

「恥ずかしいあだ名!?」

 私がそう言うと、菜那さんは少し震えてから覚悟を決めたのか、大きく頷いた。


「覚悟は決めた!来い!!!」

「……私が考えた、菜那さんのあだ名は…」

「……」

「……お…」

「お?」

「……お姉…ちゃん……」

「……」

「……」

「……」

「……華菜ちゃん…それはダメだよ…」

「え……?」

「お姉ちゃんすっごいキュンってしちゃった…」

「アオダイショウもお兄ちゃんって呼ばれたい」

「神様もお兄ちゃんって呼ばれたい、お姉ちゃんでもいい」

「ワキノブも今とは違うあだ名で呼ばれたい」

「からかうな」

「からかってないからかってない!!」

「私のはガチの方のお願いなんですけどね」


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