二十話「金継ぎ2」
親父に呼ばれ、佐鳥の屋敷。晶の家へ来る事になった。
男連中が毎日毎日集まってる上に、同年代の男が足を踏み入れるなんて、高3の晶はどう思っているのか、負担に思ってはいないか、なんて思った。
だからといって、俺が「澁澤の屋敷に親父さんを呼ぼうよ」と言ったとしたら、佐鳥の娘に惚れているのかと揶揄されて終わり。
それが事実だから尚更言い出せないし、かといって、何と言えば良いのかも分からなくて。
親父についていき、屋敷に足を踏み入れる。
まとわりつくような佐鳥組の視線。その中に見覚えのある人を見つけた。
「……?」
何故貴方がこの家に?そう思い、声をかけようとしたが、名前を思い出せなかったからやめた。
ヤクザの男連中に囲まれても、物怖じせず、俺をじっと怒りや恨みに似た目線で睨み付けている女の子。
口が動いていることに気付いた。
恐らく言葉で、俺に向けて何かを伝えようとしている。
恐らく「覚えていろ」と。
「ここなら人も少ない。うちの組の連中は好き好んでこの場所には来ないから、会話の内容を考えてみると、ここは本当にちょうど良い場所だ」
佐鳥達に少し狭めの会議室のような場所へ通された。
親父は奥の席に座り、俺はその向かいの席に座った。
「…親父、話したいことって?」
俺の問いかけに、親父は大きく息を吐いてからこう言った。
「佐鳥の女についてだ」
ざわりと鳥肌が立った。
晶の母親。この組で、伝説の女と言われている存在。
会議室に飾られている、遺影を見た。
それを見て、ふと、思い出した。
知り合いに、伝説の女の旧姓と、同じ子が居たなと。
「あの女は凄かった、この組の歴史を変えたんだよ」
大きく息を吐きながら、感心するような口調でそう言う親父。
「何故あの女がこの組に入ったか、それは覚えているな、環」
俺は頷く。
「うん…授かり婚だと聞いたけど」
「あぁ、それも計算なんじゃないかと言われている」
何故か、チクりと胸が痛んだ。
「それも、計算って?」
「この組の事を知って、どうにか内部から掻き回そうとした結果、佐鳥と繋がり、子を授かって、無理矢理でも仲間入りしようとしたんじゃないかと噂されてるんだ」
「その為に晶を利用したと?」
「こんなのはただの憶測でしかない、本人に聞こうにももう居ないからな」
晶の顔が浮かんだ。
「その証拠に、佐鳥の女の旧姓が分かるか」
「……」
「扇だ…東の組の、トップと同じ姓なんだよ」
「……だとしたら、俺は、伝説の女を凄い人だとは思えない」
息を吐く親父。
「…佐鳥の娘に惚れてるのか」
また、チクりと痛む胸。
「……」
「…お前に話さなければいけないことがある」
親父はまた息を吐き、伝説の女、晶の母親について話し始めた。
親父曰く、晶の母親は強かでずる賢く、どんな手を使ってでものし上がろうとしていたんだそうだ。
そんな、伝説の女の手腕や行動力に憧れ、背中を追おうとした者達が集まった結果、今の佐鳥組の形が出来た。
嫌われ者で、汚くて、そして、何よりも、誰よりも団結していて、内部事情が何一つ外側に漏れ出さない組織が。
約18年前。晶が腹の中に居る間。
色んな組織と敵対し、色んな人間を敵に回し、自ら望んで争いの渦中に飛び込んで行った伝説の女は、その時の俺らの組の組長へ向けて、物怖じせずにこう言い放ったんだ。
「お前が死んだら次の組長は私だ」と。
批判された。そして、蔑まれた。
当然だった。
しかし、その時の組長は彼女の言葉を聞き、笑い飛ばしたらしい。
冗談だと思ったのだそう。
しかし、彼女は本気だった。
しっかりと組長の目を見つめ、こう言った。
「ガキが何を偉そうに」と。
組長は彼女を睨み付けた。
「……」
女であり、まだ若い彼女なら怖じ気付くと思ったのか、何も言わずじっと睨み付け、出ていけと合図した。
しかし彼女は退かなかった。
「退かせたいんなら、いつも組員にしてるみたいに私を殴れば済むだろ。何でそうしない」
彼女の強気な言葉。組長はまた笑った。組員も笑っていた。
しかし、彼女は本気だった。
「女は殴らないとかいう妙な考えがあんなら、男だから殴れるとかいう妙な考えがあるなら」
彼女は一歩踏み出し、スカートの腰部分に入れていたドスを取り出し、鞘から抜き、刀身を撫で、組長に突きつけた。
「男を男だと決定付ける物が男茎なのなら、私はこの組織の男全員をこれで去勢して回るよ」
「それを身に付けて歩けば私も男だろ」
「誰よりも男だろ」
「男を決定付けるものが声の低さなら私は自分より声が低い奴を殺すし、偉さを決めるものが年齢なら私より年上のやつ全員を殺す」
「恐れられる者が男なのなら今の私が誰よりも男だろ」
「寝込みを襲って殺すような馬鹿は私に近付けもしないし、今私の腹の中に居る子に何かがあれば、去勢とか、皆殺しとか、そんな可愛いもので終わらない事件が起きる恐れだってある」
彼女は抗争が起こることを予め知っていたようだった。
「なあ澁澤」
彼女は、親父の方を向いた。
「この中で、誰が一番男だ」
「恐れを知らない者が男か」
「利口な者が男か」
「女の手柄持ってって」
「女の考え横取りして」
「汚いもん全部に自分を乗せて考えて」
「下半身が自分の自我だと思ってる者が男か」
「男で居んの嫌になったか?」
「じゃあやめな?」
「私が代わってやるから」
「男って最悪だな」
「最低だな」
「男でいてもいいことないじゃん」
「私が代わってやるから男やめな」
「おつかれさま」
「大変だったね」
「男で居るの大変だね」
「つかれたね」
「おつかれさま」
親父は彼女をじっと見つめた。
鞘に刻まれたハナミズキの模様。
晶が持っている、母親の形見のドス。
部屋から出る。
冷たい夜風にざわりと鳥肌が立った。
そして、考えた。
伝説の女が、東の組織と関係していたとして、抗争が起こることを予測していたとしたら。
抗争を起こしたのが、彼女だとしたら。
年上を皆殺しにしたのが、彼女だとしたら。
命を賭してまで守ろうとしたのが、娘なんだとしたら。
晶に何もかもを託そうとしたのだとしたら。
目の前に立つ晶。
晶が、もし、彼女の考えを引き継いでいたのだとしたら。
「…晶…いたんだ」
「……」
目の前に晶がいた。恐らく晶も自分の親父さんから話を聞いていたのだろう。
「…俺、さっき親父から話聞いたんだけど…晶のお母さんって凄かったんだ…」
「……」
晶は、何も言わずに背を向けた。
背を向け、去って行った。




