十九話「金継ぎ1」
「今日は何時くらいにあんたの事帰らせたらいいかな?」
「別に帰らせなくてもいいよ?」
「ふざけたこと抜かすな…」
今年の三月に、大怪我した龍馬と智明を連れてきた私の家に、大好きな人を連れ込むことにした。
だだっ広い和室で、同年代の女の子達みたいに大した装飾も無くて、あるのはお母さんの遺影とか、みんなで出掛けた時に撮ったプリクラ、前旅行に行った時に朱里と明人が作ってくれた旅のしおりを飾ってるくらいの部屋。
大好きな人は不思議そうに私の部屋を見渡した。
「整理整頓してるね、凄い!偉いね」
「あんたの部屋は?してる?」
「あーーー全くしてないけどそれでも待って?これお母さん?美人だね!!」
そう誤魔化しながら、お母さんの遺影を見る大好きな人。
「ふふ……うん、美人さがそっくりやろ?」
私もこの子を笑わせるためにあえてそう言ってみると、大好きな人は遺影と私の顔を見比べながら頷いた。
「うん、目元はお母さん似だ、でも鼻とか口はお父さん似」
「え?ほんまに?」
初めてだった。私の顔を見て冷静に分析されたのは。
みんなただただ「お母さんに似てる」とか「お母さんと瓜二つだね」だとか「お母さんの生き写し」だとか言ってくるのに。
「…」
「かわいいね」
「やろ?お母さんほんまモテたらしいから…」
「晶に言ってるんだよ」
「…………デキ婚で…お母さんが、ヤクザを、支配するために、あえて妊娠したんちゃうかって…言われてて」
「いいや、晶はね、きっと、この二人を結ぶために天から贈られたプレゼントだったんだよ」
「……私、お母さんの生き写しで」
「似てるのかもしれないけど、晶は晶、お母さんはお母さんだよ」
抱き締められた。
「…家、連れてきたくなかった」
「どうして?」
「……あんたにお母さん見せたら、お母さんとうちを比べられると思って…」
「私には晶しか見えてないよ」
「……口が上手い、頭の回転早いな」
「晶を見たら勝手に口が動くだけ、全部晶のお陰だよ」
私を抱き締める腕に力が入るのを感じた。
「…あんたがそんなお喋りやとは思わんかった」
離して欲しかった。
嫌な訳じゃなくて、ただただ、甘えてしまいそうで。
このまま一緒に、駆け落ちでもしないかなんて言われたら、従ってしまいそうで。
「おしゃべりな私の事、嫌いになった?」
「嫌いじゃないよ…大好きなんやけど…でも…」
「…大好きなの?」
私のたった二言で、大好きな人の心拍数と体温が少し上昇したのを感じた。
「……うん、好き」
「私も大好きだよ」
大好きな人の口からするすると簡単に出る甘い言葉。
「……」
心を読もうとして、やめた。
「離れて、お父さん来るから」
「分かった」
簡単に従ってくれる大好きな人。
なんかわがままを言いたくなった。
離れてってお願いしたのに『なんで離れるの』とか言ったら困っちゃうのかなって思った。
「晶、お父さん来るんでしょ」
「……」
みっともなくシャツの袖の部分掴んで、ギリギリまでこの子とくっついてようとして。
「晶……」
ちっちゃい子相手にするみたいに甘い声で名前呼ばれて。なんか嬉しくなって。
「晶、ちょっとええか、友達おるのにごめんな…話したいことが…」
その時入ってくる父親。
安心した。それと同時に残念にも思った。
出てけとも思った。
「あ、大丈夫…お父さんとこ行ってくるわ、神足はここで待ってて!漫画とか色々あるし好きに読んでていいから!」
「うん…分かった、待ってる」
「ごめんな神足ちゃん、晶借りてくわ!」
「はい、お気遣いなく!お義父さん」
「ほんまええ子やな!じゃあ行こか」
「ちょっと待ってやあの子お父さんのことお義父さん言うたけど聞いてた?なんで無視すんの!?」
「お前が5歳かそんくらいの時に抗争が起きたのはもう知ってるな?」
今まで一回も見たことのない、お父さんの真剣な顔。
「うん、それで、お母さんがうちを庇って…東のやつに殺されたんやんな…」
「そうや、でもそれで死んだのはお前のお母さんだけやないんや」
「……」
「組の上層部とかおったやろ、それも一人残らず殺された……お前のおじいちゃんおばあちゃんもな」
お父さんの部屋にある、おじいちゃんおばあちゃんの遺影を見た。
「……うん、それは…知ってる…」
「…今この組のトップにおるんは澁澤柳太朗やな?でも、トップにしては若すぎると思わんか?」
「…上層部が軒並み殺されて、組が壊滅状態に陥った時に、救ったのが澁澤やったから、トップになったん?」
「それも理由のひとつや」
「なら他の理由は?」
「これは、俺と、お前のお母さんと、晶っていう三人にとっては酷な話やけど、いつかは知っておくべきやから今言うで」
「……」
「澁澤に息子がおったからや、サトシいう利口な子がな」
ため息が出た。
「…やから、あいつはトップに推されて、俺らは邪魔者扱いされてきたんやで」
「…産まれてきた子供が、女のうちやから?」
お父さんは、唾を飲み込み、悔しそうに頷いた。
「……そうや」
「でも…!」
「あぁ、なんも悪ない、何一つ悪いことはない!恨んだ事なんか一回もない!お前がわしの娘でほんまに良かったと思ってる!ずっと大好きやしお前ら二人の事を心から愛してる!」
肩を掴まれて、お父さんの目に涙が貯まってた。
「……お母さんは、なんでトップになれへんかった?お父さんはなんで?」
「わしとあいつの性格も理由の一つや。いつかはてっぺん取って、東の奴らみんな軒並み殺したろ思てるわしら二人は、この組の思う未来の姿ってもんに似合わんかったんや」
「……この組の思う未来の姿は何なん?」
「東との合併や」
「……は?いや、なんで…」
「やから、悪いことは言わん」
大きく息を吐いて、二度頷くお父さん。
「あいつの残した宝物のお前には、お前のしたいように、生きたいように生きて欲しいんや」
「…」
「これからどうするか、この組の未来、全部わしら大人に任せてほしい」
「でももしまた抗争が起きたら…」
「その時には澁澤もろとも大人しく潰れたるわ」
「や、でも、もしお父さんが……殺されたら…」
「殺されても死なへんわ、それだけは約束したる」
その言葉を聞いて、ある男の人の顔が浮かんだ。
お父さんもそうだったようで。
「環の父親、知っとるか」
「…まだ、目覚まさへんの?」
私の質問に、父親は一度頷いた。
「環、学校でどんな感じや」
「…うん、元気よ、友達とか作って、みんなで仲良くやってるわ」
「…智明くんはどうや、元気か」
「うん、元気、最近ラーメン屋のバイトの時間、増やしたって言うてた」
「そうか、社会勉強になるもんな…よかった…」
「…うん…ほんまによかったな」
予定よりもかなり遅くなってしまった。
外はもう真っ暗で、神足を帰らせるべきなのか、それとも泊まらせるべきか悩んだ。
部屋に向かう足が止まる。
悲しくなった。
実の親であっても、やはり、この組の人間は…環だけを、サトシだけを気にするのかと。
あの子も、そうなのかと気になった。
あの子も、環を知ったら、お母さんについてを知ったら、そうなるのかな、と。
「…晶…いたんだ」
「……」
目の前に不思議そうな顔をした環がいた。
「…俺、さっき親父から話聞いたんだけど…晶のお母さんって凄かったんだ…」
「……」
環に、何も言わずに背を向けた。
「……遅くなってごめん…」
部屋に入ると、神足は畳の上に正座で座り、私の本棚から読みたい漫画を見つけたのか、1巻と2巻を膝の上に乗せ、3巻目を読んでいた。
「大丈夫だよ、この面白い漫画読んでたから…でもなんかめちゃくちゃ過激で…」
「……」
「大切なお話をしてたの?あ、この本読んじゃダメだった?読んでも良いよね?でもこれ結構アレで…もしかして隠してた?」
「……」
「……晶?どうしたの?」
「…うちとお父さんの話、こっそり聞いてた?」
「聞いてないよ、ずっとここにいた…これ読んでたし…」
「本当?」
「晶には申し訳ないけど、晶のおうちの人めっちゃ怖くてここから動けなかったっていうのが本心…あと足痺れて立てない…」
「ふふ…座布団使えばええやん…」
「使ったけど、ちょっと私のお尻にはぺったんこすぎてさ…」
「あんたのお尻は高級志向のお尻なんか?」
「そう!かも、トイレットペーパーもダブル使ってるし」
「なら座布団も二枚重ねればええねん」
「あー!そうか……次からはそうする…晶は賢いね、やっぱり…」
そんな話をしながら神足の足の上に乗っている漫画本を持ち上げ、棚に戻すと、神足も唸り声を上げながら立ち上がり、同じように3巻を棚に戻した。
「この漫画そんなに面白かった?めちゃくちゃBLやけど…」
「面白かった!また来ていい?続きが気になる、あの後の二人はどういう結末を迎えるのか」
「今読んでも良いよ?」
「いや、次来る為の明確な目的が欲しいから残しとく!」
「そっか」
嬉しそうな横顔。
「それか、晶の言うとおり今読むか…そしたら次来る目的が無くなるかな…」
そんなに続き気になるのか…おもろ。
普通にこの後ただただ二人のダラダラした同棲生活が続いて終わるだけなんやけど…でもこれ言うてもな…なんて悩んでいたら、神足が私の方を向き、首を傾けながらこう言った。
「じゃあ、次の目的も晶でいいかな?」
「…あんたほんまふざけるのも大概にせえよ」
「ふざけてないよ?本心」
「疲れたわもう…なんやねんほんまあんた…しんどいわもう…」
「晶」
「何や!」
「産まれてきてくれてありがとう」
「…」
「今日、泊まってもいい?」
「……うん」
「同じ布団で寝てもいい?」
「うん」
「晶がどこにもいかないように、抱き締めて寝てもいい?」
「うん…」