十七話「家族だから」
「晶、話したいことがあるんだけど、ちょっといい?」
晶の元に向かった筈の華菜ちゃんが「会えなかった」と落ち込んだ様子で帰ってきた。
それを見、我慢できなかった俺は、友達と歩いている晶を見つけ、呼び止めることにした。
すると晶は怪訝な顔をしてから頷いてくれた。
晶の隣に居た友達に軽く会釈をすると、ふと、その子がどこかで見た覚えのある子だという事に気付いた。
「君…」
俺がその子に話しかけた途端、晶がその子の背を撫で小さな声で「じゃあ放課後な」と言い、何故か俺からその子を遠ざけた。
「さっきの子、誰?晶のお友達?」
俺の言葉に、晶はまたもや怪訝な顔をしてから「今度教える」と答えてから、俺の方へ顔を向け、首を傾げた。
「で、何の用?」
「ここじゃなんだから、人が少ないところにしよう」
「嫌、ここで話せることしか話さんといて」
晶は譲らなかった。
少しだけ、考えてから俺はこう切り出した。
「あの、お友達の女の子も…晶の、事、知ってるの?」
晶は俺の顔をじっと見つめてから、ゆっくり頷いた。
「うちの友達みんな、うちの家の事とか、事情について、大体は知ってるよ」
「じゃあ、あの子にも、華菜ちゃんの事…邪魔させてる?」
俺の言葉に、晶は、呆れたように笑ってから首を横に振った。
「うん、あの、女の子には、させてないよ」
「その言い方、女の子じゃなかったらさせてるみたいだ」
「考察は人それぞれや」
「そうだね」
晶は微笑んだ。
微笑み、クスクスと笑い、そのあとすっと顔色を変え、声色を変え、俺へこう言った。
「あんたって意外と固い頭してんねんな、もっと賢いと思ってたわ」
困惑した。
しかし、困惑したという事を察されてはいけないと思った俺は、平静を装ってこう言った。
「自分は、俺と違って賢い、みたいな言い方してるね?」
「実際そうやろ?あんな馬鹿達と屯して、華菜ちゃんやとか、忍君?やとかを見下して、お世話してる気分になってるあんたよかうちのが賢いやろ」
、察された。
「晶、あの」
「あのな澁澤、あんたがうちの事どう思ってるか、とか、うちとあんたの家の関係が、とかあるけど…個人的にうちはあんたの事あんま好きじゃないわけよ、それは分かる?」
、
「うん、分かってるよ、昔から色々、言われてたし」
「そう、それが分かってるあんたは賢いよ、でもな」
「……」
「…騒動やとかに首突っ込んで、華菜ちゃん巻き込んで、華菜ちゃんの意思尊重する言うといて自分のエゴ押し付けてるあんたには、あんたの周りにあるもん何もかもが勿体ないし不釣り合いやで」
「華菜ちゃんの事」
「大事よ、うちも華菜ちゃんと同じ女やからな」
そう言ってから微笑む晶の言葉が俺の胸をぐっと締め付けた。
女、だからか。
俺に背を向ける晶。
「あの、あ、晶」
俺が名前を呼ぶと振り返る晶。
「まだなんか用あんの?そろそろ、変な女の子達とばっか付き合っちゃう帷子君とか、陽気で名前覚えへん額塚ちゃんとか、あんたの事が大好きで仕方ない丸岡んとこ行ったら?」
晶はやはり、いつだって、なんだって俺よりも先で、俺よりも上を行くんだ。
、エゴだ。これは俺の。
「そこのお二人さん、そんなとこで妙な話してると、こんな学校だから…不審な噂立てられて、嫌なとこで話題になっちゃいますよ」
その時、晶と俺の間に割って入る存在が現れた。帷子君だった。
晶は帷子君の顔をじっと見つめてから「じゃあまたあとで」と俺達二人に背を向け立ち去った。
「……帷子君…」
晶が立ち去ってから、隣に立つ帷子君の方を向くと、にっこりと微笑んでから俺へこう言った。
「ねえ環くん、二人で話せる?」
「会話、聞くつもりはなかったんだけど…環くんが話してた相手って晶さんだよね」
帷子君に連れられ中庭に来た俺は、中庭の、帷子君と額塚さんの二人と初めて会った時に座っていたベンチに座った。
帷子君が僕の隣に座り、優しく微笑みながら話し始める。
「華菜ちゃんは、晶さんと環くんがこうやって、華菜ちゃんの事を心配して話し合ってること知ってるの?」
「…知らない、んじゃないかな」
「じゃあ、自分は、晶さんとの事を話せないくせに、華菜ちゃんには華菜ちゃんの事情だったりを色々話させてるんだね、環くんは」
「いや、そ、そういう…事情があって…」
「そういうとこ嫌いだな、僕、普通に」
「……!」
「そういうの、なんか、事情があるとか言い訳して、責任を免れようと、自分が正しいと思い込んでる感じ?普通に大人ぶっててキモいと思う」
ぐっと息が詰まった。何を言おうか、何を言えば…いいのか分からなかった。
何も言わないのが正解なのか、分からなくて…。
「環くんにはさ、大人ぶらないで欲しいんだよ、僕」
背を撫でる帷子君の骨張った手。
「…え?」
「キモいってのもあるし、見下されたくないってのもあるけど…普通にそうやって生きてたら息苦しくなるでしょ?」
「……帷子君」
「遥って呼んでよ、僕ら友達なんじゃないの?」
そう言って微笑む、遥。
「…は…遥」
俺が彼の名を呼ぶと、遥は優しく微笑んでくれた。
「……もしかしたらさ、環くんは色々考えちゃう人だろうから、僕のこの言葉が、利用している、とか、僕が環くんの事を好きなんじゃないか、みたいな風に思っちゃう原因になるかもしんないけど」
「…」
「友達を気遣いたいってエゴで、妙に大人ぶったこと言ってる高二のクソガキの言葉かもしれないってことも、その考える事リストに追加してよ」
「…分かった、遥…」
俺は何をしていたんだろう。
晶のように、人の思考を操ろうと、自分の思う通りに動かそうとする事が間違いだと、分かっていたはずなのに。俺は何をしていたのだろうか。
「…実はさ、僕…弟が4人居るんだよね」
しばらく黙りこんでいた俺へ、遥が優しくこう話しかけてきた。
「弟たちみんな個性的で、僕の事一応慕ってくれてはいるんだけど、正直めちゃくちゃに舐められててね」
「…うん」
「喧嘩もするし、怒ったりもするし、怒鳴ったりもするし、たまに絶交宣言されたりして拗ねたりもするんだよ…そういうときはどうすると思う?」
首を横に振る俺。遥はクスクスと笑ってから、弟さん達の顔を思い浮かべているのか、愛おしそうに微笑んでから、ゆっくりと話し始めた。
「大人として、長男として怒るんじゃなくて、一人の人間として、一人の…家族として忠告して、お互いのペースで話すんだよ」
「…うん」
「環くんと華菜ちゃんは家族じゃないけどさ、それって、友達でも、先輩後輩でも、先生と生徒でも通じることだと思わない?」
「…うん、俺もそう思うよ」