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"環"  作者: 正さん
三章
16/22

十六話「妹だから」


 ワキノブと澁澤と私の三人。

 今日も、いつもと同じように、気付いたら一緒にいるようになった三人で学食に集まりご飯を食べていた。


「華菜ちゃん、テストどうだった?」

「正味私よりワキノブの方が大変だったと思うわ」

「黙ってください、これでも赤点は回避してますから」


 澁澤と微笑み合い、拗ねたワキノブを存分にからかってからラーメンを啜る。

 この三人で過ごすと、安心するな。

 澁澤が何を考えているか、何を思っているか、こいつが本当はどういう人間なのか分からないことを差し引いたとしても、私は澁澤とワキノブの三人で過ごすことが好きだった。


 カツ丼を頬張る澁澤を見ながらそんなことを考えていると、突然、こっちにダッシュで向かってくる菜那さんが。


「か、華菜ちゃん!あ、あたし!やばいこと知っちゃったんだけど…!」

 菜那さんの手には漫画本が握られていた。

「ひっ」

 その漫画本の表紙を見た途端、ワキノブが小さく悲鳴を上げて自らの目を覆った。

 漫画本を、表紙に怯えているワキノブの前から遠ざけてからよく見てみると、そこには、服をはだけさせた、恐らく、男性が描かれていた。


 それをまじまじと見つめている澁澤へ「知っているか」と尋ねると、澁澤は一度大きく頷いてから、菜那さんの事を睨み付けた。


「どこでこれ見つけた?」

「去年あった事が気になって、調べてたら、これが出てきた」


 菜那さんは少し前に、候補に上がった一人一人のSNSアカウントを見つけ、その投稿から探ってみようと決め、それぞれの本名を一人一人検索していったらしい。

 すると、とあるネット記事を見つけ、それを読んでみると、それは、ボス候補の一人、池崎明人が中学時代に遭った性被害についての記事だった。

 その経験が大々的に報道され、それをモデルにした漫画本が発売され、その漫画本が、菜那さんが持ってきた漫画本だった。


 それを聞いた澁澤は、その池崎明人の事件の事を知っていたらしく、三年の間では一時期、その話題で持ちきりだったと答えてくれた。


「それについては触れないでおこうと、明人君の知り合い達は結託して隠していたんだよ」

 そう、悲しげに呟く澁澤。


「でも、もし、この漫画本を製作する過程に、例の、女が関わってたらって思わないの?」

 菜那さんの言葉に、澁澤は反論しようと口を開いたが、下唇を噛み、黙り込んでしまった。



「…額塚さん、これは、帷子君や、創君に、言わないで欲しいんだけど、いいかな」

 澁澤の言葉に頷く菜那さん。


「晶は、明人君の一番の親友なんだよ」

「……」

「…関係ない、と、断定はできないかもしれないけど、違う、と、信、じたい…ね」

「……」

「…あ、華菜ちゃん、どこに行くの…!?」




 我慢出来なくなった。

 色んな事情があったと仮定しても、あの女の思考が微塵も理解できない。

 暴力事件に、菜那さんが言っていた、例の女と知り合いである池崎明人がモデルになったという漫画本。

 菜那さんの言う通りあの本の製作過程に、あの女が関わっていたとしたらと、嫌な想像をしてしまった。

 そんなわけがないと言いたいけど、あの女の事が分からない今。否、もっと分からなくなった今。

 あの女と違って頭の良くない私に取れる行動は一つだけだった。


 あの女の教室へまっすぐ歩いていった。

 皆に「邪魔だけはしないでくれ」と頼んでから、歩いた。真っ直ぐ。真っ直ぐと。


 視界が晶を捉えた。

 しかし、私と晶の間に立ち塞がる存在が現れた。

 その、立ち塞がった存在は。






「……ウジ虫野郎」

 兄貴の幼馴染のウジ虫野郎、松田龍馬だった。

「華菜ちゃん、あのね…か、華菜ちゃんが、知らなくてもいことって世の中に山程あるんだよ…?」


 恐る恐るそう言うウジ虫野郎。

 ウジ虫野郎の後ろにいた晶は、いつの間にかどこかへ行ってしまった。

「怖いのか?」

 そう尋ねると、ウジ虫野郎は首を横に振った。

「怖くはないよ、ただ…恐れているだけ」

「は?」

「華菜ちゃんは怖くない、でも…これから先、君をここで通したら、起こる出来事については、恐怖心を抱いているよ」


 晶の顔が浮かんだ。

 しかしそれもすぐ消え、気付いたら、私は、幼い頃からずっと疑念を抱いていた松田龍馬の胸倉を掴んでいた。


「お前、何いい人ぶってんの」

 私がそう言うと、松田龍馬は、怒りを抑えるためか、何の目的があってかは分からないけど、大きく深呼吸をした。


 昔から、こいつの事が良く分からなかった。

 分かりたくなかったというのが本心かもしれない。

 ありんこにビビる兄貴。同じようにありんこにビビる龍馬。次からはビビらなくなった兄貴。

 二人の仲を、何か、大切な秘密みたいな物に、私という部外者が割って入ってしまいそうで、苦手意識のような、苦手意識に似た、妙な、なんというか、嫉妬心のようなものを感じていたのかもしれない。


「実際いい人なんだから仕方無いでしょ」

「お前、マジ、どうした…五月から変だぞ」

「うん、ごめん」

「は?」

「でも、僕からも華菜ちゃんに一言だけ言わせて」

「……何だよ」

「お前は人生舐めんなよ」

「クソガキ」


 震える私の手。見たこと無いこいつの顔。

 私は、恐れるどころか、喜んでいた。


「……ウジ虫野郎、卒業したんだ」

 頷く松田龍馬。

「君は…俺の宝物の、智明の、妹だから、俺に、守らせて」

 そう呟く松田龍馬の手には、ピンク色のウサギのマスコットキャラクターが握られていた。

 兄貴が好きな、ポピーラビット。ピンク色の、可愛い兎が。


「…龍馬、頼む、行かせて欲しい」

 松田龍馬は目を閉じた。

 そして、頷いてくれた。


「華菜ちゃん、あのね、これから先、何が起きても、この事は忘れないで」

「……何」

「僕は、君が、智明の妹だから守るんだよ」



「、そっ……か」




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