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暗い倉庫の中で刃物の切っ先が煌めく。
先程から、狗神苅磨は黒づくめの衣を纏っている何者からかに攻撃を受けていた。
「くそっ、このままじゃ殺られる…!」
夜目が効くといっても、相手の攻撃が全部見えているわけではない。
静かな殺気を敏感に感じ取り、辛うじていなしているに過ぎなかった。
(どうにかして、相手の集中を切らせなければ)
苅磨は思考を巡らせる。
相手の一撃を躱した時に、携帯端末がポケットから落ちた。
(そうだアレを使えば…)
なにかを思い付いた苅磨は、落ちた端末を素早く拾いあげ物陰に隠れた。
(一か八かこれに賭けるしかない)
大した敵じゃないと舐められているのか、真っ直ぐとこちらに向かって相手は進んで来る。
あと少し…あと少し…。
慎重に相手に狙いを定めた。
(よしっ、今だ!)
手に持った、携帯端末を相手に向ける。
暗闇の中、僅かに反応が遅れた相手の目に、パシャッパシャとシャッター音と共に突然の強い光が舞い込む。
携帯端末からのフラッシュに相手は一瞬たじろいだ。
その隙を突き、苅磨は相手の背後を取って羽交い締めにした。
ググッと相手も力を込める、振り払われないように苅磨も渾身の力を振り絞った。
ガシャンと音が鳴り響いた。
相手の手から武器が離れた音だった。
「痛…っ!」
腹部に、鈍い痛みが走った。
後ろ回し蹴りを食らったようだ。
その弾みで、相手の頭を覆っていたフードが解けた。
暗闇で青白く光る髪をたなびかせ少女の顔がこちらを見つめた。
その顔には、眼帯だろうか…左眼を隠すように蒼い蝶がとまっている。
少女は落ちた武器の刀を瞬時に広い上げ、狗神苅磨に刃を向けた。
ああっ…これでオレも終わるんだな。
ごめん、菜月…。
痛みが走る腹を抑えながら、最後に少女に問いかける。
「なんで、こんなことするんだ…菜月は、まだ小学生で…将来だって、やりたいことがいっぱい…いっぱいあるんだ…!!」
「シロだって…死ぬようなことしてないのに!こんな死に方…死に方…!!」
そういうと苅磨の目から涙がこぼれた。
「菜月…小学生…?シロ…何のこと?」
少女の口から思いがけない言葉が返って来た。
「お前が菜月やシロをこんな酷い目に合わせたんだろ…」
こちらを真っ直ぐ見つめる少女に問いかける。
しばし沈黙が流れやがて少女の重い口が動いた。
「何を勘違いしているのか、わからない。だけど、その式神を呪ったのは私じゃないのは事実」
式神…呪い…聞き慣れない言葉に苅磨は首を傾げた。
少女の目線の先を見る限り、シロの事を言っているのだろうか…。
「要領を掴めていないようね…」
そう言い左眼の蝶を解き放つ。
「花椿:解錠」
蒼髪の少女の言の葉に呼応し、開眼した瞳に魔紋が花のように開いた。
シロの身体に青白い魔の印が纏わりつき拘束する。
なんて事をするんだ…と苅磨は今にも殴りたかったがまだ身体が言うことを聞かなかった。
「よく見て…」
シロに纏わりついた魔の印が強く光を放つ、するとシロの身体から黒い文字のようなモノが溢れ出す。
「この式神の、術式に呪いが仕込まれていた。だから、この眼で解いただけ…」
蒼髪の少女の瞳の光が収束し、蝶が元の位置に戻った。
見たことのない光景にカルマは唖然とした。
黒い呪いが、出尽くしシロの身体が蒼い光に包まれた。
血溜まりを作っていた血が、シロの身体に戻っていった。
その様子を、見守るしかなかった苅磨はまだ信じられずにいた。
シロの体内に血が全て戻っていくとシロの身体が痙攣する。
身体を引きずりながらも、苅磨はシロの元に向かう。
「シロ…!シロ!!」
身体が脈打ち始めると、シロのその固く閉じられた瞳がゆっくりと開いた。
バウッと、何時ものように尻尾を振りながら、苅磨に返事をした。
少女の方は、そんな一人と一匹にお構いなしに誰かと連絡を取り合っているようだった。
「こちらレイヴン・ワン、第七倉庫で式神使いと遭遇」
「む、そっちが星だったか。敵は式神使いか…どうした?」
低い男性の声が聞こえた。声の様子から30代半ばだろうか。
ちらりと、少女は横目でこちらを見やる。
「しかし、敵かどうかは判別不能。よってしばらく監視の対象にする」
「は?突然なにを言ってるんだ!」
突然神経質そうな少年が、会話に割り込んでくる。
「通信終了」
「待て待て、今からそっちに行くからそこを動くんじゃないぞ」
「了解…」
少女は素っ気なく通信を終了した。
「あんた、シロを助けてくれたんだよな?…ありがとな」
「あまりに、苦しんでいて見苦しかったから…処理しただけ。間に合わなかったら、殺すところだった」
「え…」
少女の一言に驚愕した。やはり、殺すつもりだったのかと彼女を問い詰めようと距離を詰めた。
「放って置いたら呪いをかけた相手の式神になって、今頃手がつけられなくなっていた」
少女はこうも続ける。
「自分の式神なのに何もわかっていないのね」
「オレは式神とか…」
「貴方が、思っているよりその式神はずっと強力だもの。だから、今、再起動している。普通だったら、触媒に戻ってる」
「式神とか、触媒とか、オレにはわからない!アンタは…一体何なんだ!」
「任務の事は、外部の者には教えられない」
「ああ、もう!そうかよ!オレは菜月を探しているからもう行く!」
苅磨は話が噛み合わない少女との会話に、流石にもう苛立ちを隠せなかった。
「シロ、菜月は何処かわかるか?」
そうシロに問いかけ、苅磨は本来の目的に戻る事にした。
怪訝そうに、少女はこちらを見つめて問い掛ける。
「そういえば、聞いてなかった。菜月…小学生…探すとは、どういうこ…」しかし、最後まで少女の言葉が紡がれる事は無かった。