第9話 符術
「さて、始めるか」
涼しい顔でナガレが振り返る。ついてきたリツが息を切らせて返事ができないのを横目にボディバッグから符を取り出した。
「リツ、少しは体を動かした方が良いな」
標高1124mの山、通常の登山ルートでおおよそ2時間。それをリツの全力疾走に近いスピードで30分間走り続けた。その頂にある大岩へナガレは失せ物探しの符を掲げる。
うっすらと光った符から文字が蝶のようにはためいて岩へ貼り付いた。そこから文字が増殖するように岩を這いまわりごま石を黒く染める。
「神女よ、我が道程を照らしたまえ」
ナガレが言葉を紡いだ瞬間、文字は勢いよく空へと舞い上がった。そして名残惜しそうに二人の上を三周した後、町の方角へと飛んでいく。
「それリツ、行くぞ?」
「ま、まって、ナガレ、むり」
後学の為にと見学しに来たリツ。しかし、予想以上の移動速度に悲鳴をあげた。そんな彼女の姿を見て優しく微笑むと、ナガレは口を開いた。
「少し休もうか。おいで」
丁度良い高さの石へリツを座らせて飲み物を取り出す。それをリツに手渡すと夜の空の下、煌々と闇を切り裂く町を眺めた。
「すっかり景色は変わってしまったが、これも良いものだ」
穏やかな横顔にリツは疲れも忘れて息を呑む。
「もう、大丈夫そうだな」
「え?あ、うん! 大、丈夫」
「少し時間を使ってしまったから、帰りは急ごう」
「へ?あ、ちょっと!」
ナガレはリツを抱き上げるとそのまま走り出し、崖の方へと飛び出した。リツがたまらず叫ぶ。
「なが、ナガレっ!ナガレー!!」
ナガレは素知らぬ顔で松の枝へ着地してそのまま跳んだ。木の間を縫うように。時折松の葉がパシパシと音を立ててぶつかる音と風を切る音、そしてナガレの息遣いがリツの目をうっすらと開かせた。薄暗い月明かりの中、あっという間に過ぎ去る景色に彼女は目を見開く。リツは”木が避けてく”という言葉を思い出しながら景色を見送る。
滑るように松林を駆け抜けてあっという間に車までたどり着いた。
「夜の散歩も楽しいだろう?」
ナガレの首に回していた腕をほどきながらリツは頷いた。
「でも、次は前もって教えて? すごく、すごくびっくりした」
「すまない、少し急ぎすぎたか?」
「また今度お願いしたいくらい」
「ふふ、そうだな。また今度」
二人は車に乗り込み市内へと向かうのだった。
「足りない」
血塗れの女が顔を上げる。空に浮かぶは雲のかかった月、大きく見えるそれは紅く染まっていた。
「助けてくれ!か、金!金ならいくらでも……だ」
男の呼びけけに答えもせず、女は男の首を捻じ切るとそのこぼれ落ちる血を啜った。だが女の表情は暗く曇り、ねじ切った首をその場に捨てた。
「あぁ、だめ量ではもう満足できないわ」
転がった頭を踏み潰すと、女は夜の街に消えていった。
標高1124mで検索するとモデルの山が出てきます。というどうでもいい設定情報。モデルがあった方が景色が思い浮かべやすいかな?という安直な発想です。
よろしくお願いします!