第3話 祓屋
「腹が……減る」
夜の闇、男の首を噛みちぎりながら女は確かにそう言った。透明感の無い黒い髪は逆立ったように天を向き、口にはべっとりと血がついている。目はどこか虚ろで焦点が合わず、事切れた男を見ているのか空を見ているのかわからなかった。
「一人殺めてしまったか。送ってやろう」
背後から静かに筆を振り、ゆっくりと近付く姿があった。常軌を逸した光景を前に、ただゆっくりと。
「ハアアアッ!」
深く息を吐いた血濡れの女は猫のようにしなやかに美しい黒髪の女へ飛び掛かる。刹那、バチンと壁にでもぶつかったように後ろへ弾かれた。転がって立ち上がった時には既に目の前へ美しい黒髪の女が迫り、速記の文字のような何かが虚空に描き出されていた。
「許せ赦せ、奥の奥、魂よ巡れ。汝に在らずんば塵と消えよ」
少し低めの良く通る声は穏やかに言葉を紡ぐ。血濡れの女はがくがくと震えて涙を浮かべる。チリチリと削られるように光になって体が削れていく。血濡れの女は苦しそうに喉を掻きむしり爪痕からは血が噴き出る。
「抗え争え、汝は誰ぞ」
「わた、わたしわたあ゛」
血濡れの女の言葉は突如現れた男の刃によって途切れた。ごろりと落ちた首は地面を転がり黒髪の美しい女の足元へたどり着いた。
「送情のナガレ様がなんでこんなとこにいやがんだ? ここは俺たち双家のシマだ!」
男の言葉にナガレは反応を見せず、転がった首を悲し気に見つめた。そのまま無言で振り向きその場を後にする。しかしそれを邪魔するように刀を抜いたままの男がナガレの前へ先回りした。
「送情様は詫びも入れられねぇのか?」
「お前、死相が出ている。数日は引き籠っておいた方が賢明だ」
「てめぇ!」
男が両手で振りかぶった刀はパン、と音を立てて砕けて消える。それと同時にナガレは一瞬怯んだ男の肩を小突き、足を払って転倒させた。
「仕込んだ陣も見破れない思い上がった祓人よ。お前はろくな死に方をしない。覚えておくといい」
怒りの籠った声を残して静かに闇に解けていく女を、圧倒された男は黙って見送るしかなかった。
すごくふんわりした職業説明回でした。
ちなみに鬼と化した女は二股されてた男を食い殺してました。いわゆるヒモ野郎が浮気しているところを目撃してカッとなった所を魅入られました。作中では一切触れてませんが。
もう一つどうでもいい内部設定をば。双家の男は佐々川さんです。小ヤンキー上がりでメンツを気にしていますが実力は下の上。弱い仲間を束ねて偉ぶっている小物です。