第1話 囚われた魂
「ほら、あそこの家の……」
「まぁ!あれが……」
井戸端会議という名の吊し上げ。姉が売れない書家と心中してからというもの飽きもせず毎日話題にあげられる。その書家が既婚者だったせいで泥棒だの非人間的だの言いたい放題だ。剛は辟易しながら友人の健と早足でその場を立ち去る。
「気にするなよ、美咲さんを知らない奴らがいってることなんか」
「気にしてねぇよ」
剛が気にしてるのはもともと気の弱い母がピーピーうるさい連中のせいで臥せってしまったことだ。父は母の看病と仕事でかなり参ってきているし、彼自身も部活を辞めて家事を手伝い始めた。
姉美咲は普段から家に居らず、フラフラ遊び歩いてはたまに帰ってきて父とケンカをしていた。どんな仕事をしているかもわからず剛は次第に姉と話さなくなった。挙句勝手にくたばって家族全員に迷惑をかける姉のことが憎くてたまらなかった。
「じゃあな、あんまり気を落とすなよ」
「そりゃ、お前のことだろ?」
いつもの帰り道。避けて通っていたこの道を親友の健と話し込む内、うっかり通りかかってしまった。避けていた理由はただ一つ。
姉が遺体がこの川で発見されたからだ。
一緒に心中したという作家の遺体は見つかっていない。この寒々しい空のもと、姉の体が中洲に引っ掛かっていたと新聞で報道されていた。
見なくて良い。
彼はそう思いながらもその考えとは裏腹に視線が勝手に中洲へ吸い寄せられる。そして彼は目を疑った。
姉がいる。
中洲の真ん中。生い茂る木の中に確かに姉がいた。目を擦り何度も見直したが色を失くしたような濃い灰色の、白黒の映画から飛び出したような色の姉が上流の方角を見て立っている。
「ね、ねえ……」
「だめだ」
少し低めの女の声に肝を潰して振り向く。そこには長く、美しい黒髪の女が表情もなく立っていた。
「あれは、もうだめだ。声を掛けてはいけない」
女の深く、悲しみを湛えたような声が胸に響く。
「俺の姉が」
指を向けようと中洲を見れば、鈍色の姉は既に消えていた。
「あれはもう、君のお姉様ではないよ。囚われてしまった」
剛は何か知っているような女の口ぶりに、知りたいことが山ほど湧いてきた。あの、と言い掛けて振り向いたが、そこにはもう女の姿はなかった。
背中に冷たいものが流れる。白昼夢にしては妙にリアルで、それでも現実感のないやりとりに剛の心は多いにざわついたのだった。
投稿するジャンルがいつもわからない作者でございます。
妖怪っぽいものや血が多いのでホラーに致しました。
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