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精霊綺譚  作者: 深水千世
セオドア
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最後の答え

「その日以来、僕は独りです。今まで以上に、人間と深く付き合うことを拒んできました」


 テッドは、ジゼルにそう話した。


「恐ろしいのです。また誰かを、そして自分を傷つけるのではないかと躊躇する自分がいます。この手を差し伸べることもない。この心を寄せることもない。この魂が燃え上がることもない。そんな毎日を、この墓地で送っています」


「だから、ずっと墓地にいるの?」


 ジゼルが問うと、彼ははっきり頷いた。


「ここでは人間の極端な姿が垣間みれます。誰かを悼み、慈しむ姿。誰かを恨み、浅ましい姿。どんな姿であれ、一人の死には大勢の想いが交錯します。その場面はいつも僕に、グロリアを思い出させるんです。彼女の死もまた、いろんな想いが交錯したものでしたから。それはときに僕を言いようのない孤独に押し込みます。彼女のいない世界に生きていると思い知らされるのです」


 だが、彼は象牙色の魂を撫で、ふっと笑みを漏らした。


「だけど、時折姿を見せる物憑きの精霊たちのひたむきな想いだけは、僕を癒してくれます。たとえ間違っていたとしても、ひたむきに想い合った僕たちの姿を重ねるんです。そうやって僕は生きてきました。そして、これからも生きていくでしょう。精霊の血と共に。これで三つの魂の物語はお終いです」


 テッドは象牙色の魂をジゼルに手渡しながら呟いた。


「……僕に流れる精霊の血の物語もね」


「いいえ、終わらないわ」


 ジゼルは愛おしそうに魂を撫で、胸を張った。


「私が語り継ぐ限り、物語は終わらない。そして、あなたが生きている限り」


 そう言う彼女の眼差しは、神々しいまでの光を宿していた。


「私たちは雫のようなもの。生命という名の大海を成す、ほんの小さな雫。誰もが奥底で繋がっている。あなたもグロリアも、みんな」


 彼女は凛とした声で言う。


「テッド、最後の答えよ」


 『何故、セオドアという名を知っているのか』という問いに、彼女は答えた。


「私はまだ魂だった頃のあなたや、イグナス、そしてグロリアの魂と会ったことがあるからよ」


 ジゼルからは、先ほどまでのあどけなさが消え、その顔には女王の凛々しさが滲んでいた。

 そして、彼女は冥界について話し出した。


「死を迎えた魂は傀儡の鳥に運ばれて、命の泉に運ばれるの。そこに沈められ、穢れをはらう。そして清められた魂は水面に浮かび上がり、それをすくいとった女帝によって天命をこめられるのよ」


 彼女がそっと目を閉じ、口許を緩ませた。


「でも、なかなか想いが強くて穢れを払えない魂も時にはある。その中の一つが、グロリアの魂だったわ」


 ジゼルは、グロリアの魂が『どんなに辛いと思っても、セオドアのことは何一つ忘れたくない』と言っていたこと、ナディアが精霊の血を継ぐテッドの苦悩を語ったこと、そして静かに次の生に向かって歩き出したことを伝えた。


 魂が礼を言ったことを聞き、テッドは長い安堵のため息を漏らした。


「僕からも、礼を言わせてください。グロリアに精霊の血のことを伝えられれば、どれだけ彼女が楽になったかもしれないと考えてはいました。彼女がどんな生を授かろうとも、僕の中の彼女は笑っていて欲しい。少しだけ、その顔に近づけた気がします」


 指輪の精霊が笑みを見せてくれたにもかかわらず、この日までグロリアの泣き叫ぶ顔ばかりが思い出された日々だった。だが、ジゼルの伝令のおかげで、少しは穏やかな笑みを思い出せそうだという気がしていた。


「やっぱり、この心に火を灯せるのはグロリアだけだったんですね。あなたが彼女の言葉を伝えてくれたことで、心のどこかに明かりが戻った気がします」


 グロリアが伝令を申し出たジゼルに礼を言ったのは、テッドに残っている悔いを軽くしてやろうと言ったからだと、彼には思えた。


「……馬鹿だなぁ」


 テッドはそう呟き、グロリアの柔らかい髪を撫でてあげたくなった。


「僕はもう大丈夫。彼女が次の生で明るく笑ってくれるなら、大丈夫です」


 もしグロリアが生まれ変わるときがくるなら、彼女に時の女帝が授ける天命が『どこまでも自由に』であればいい。そう心から願っていた。

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