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処刑執行


 時刻は夜の7時。夕日も沈み辺りは暗いというのに、ギルドの広場は大勢の喧騒でとても活気づいていた。なんせようやく、十字架に磔にされた吸血鬼が大衆の前へ運び込まれたからだ。


 カーミラの小さな体には大袈裟なくらい大きい十字架に、ガッチリと銀の鎖で縛られている。特徴的な大きな翼も見せしめるかのように広げられて、十字架の両サイドに固定されていた。


「うひょ~、ギルド長はほんとに吸血鬼を捕らえたんだな」

「数日前の深夜の騒音や落雷は、激闘を繰り広げてたからだそうだぜ」

「しかしちびっこくてめんこいな」

「よせよせ、あれは人を食い物にする化物だぜ」


 おいおいカーミラさんよ、大人気のようだよ。人のいい連中とは言ったが本質は血の気の多い戦闘集団だ。カーミラが処刑されるのを今か今かと待ちわびてるに違いない。

 そんな連中を俺は別に嫌悪はしない。だってカーミラはどこからどう見ても人に害をなすと言われている吸血鬼だし、ギルド長が直々に処刑するなら誰も文句なんて言わない。わいわい盛り上がっている今の状況がちょうどいいくらいだ。


 むしろこんな人混みの外側で、助けを求めてきた女の子を遠巻きに見つめることしかできない俺の方が反吐が出る存在だ。見ろよカーミラを、あんなに覇気のあった瞳は、あの箱で眠ってた時のように虚ろな様子に戻ってるじゃないか。


「やっぱ来てんじゃんゴロ!」

「あ、エシャーティ」

「やっぱあんたもミーハーね、男ってみんな幻の存在とかそういうのに弱いんだから。ところでその……ボロはなに?」

「これか。大事な物なんだ」

「そう。じゃあちゃんと綺麗にしなきゃ! そんなボロでほっといたら、かわいそうだよ」

「そうだな、そうだよな……」


 未練たらしくふかふかまで持参してきた。エシャーティはふかふかをふかふかすると、優しげに洗ってあげなきゃね~と呟いた。


 その何でもない一言に、俺はどうしてか堪えきれなくなって泣き出してしまった。


「う、うぅ……」

「ちょっとちょっと、どうしたの!?」

「な、なんでもない」

「ボロとか言っちゃってごめん、悪気はなかったの!」

「いや、なんで涙が出るか自分でもわからないんだ……」

「あんたね、疲れすぎよ!」


 突然泣き出した俺に対して、おろおろとしながらもエシャーティはよしよしと慰めてくれる。おにぎりでも食いなさい、と例のおにぎりまで渡してきた。ああ、昨日と違って今日はとてもおいしいおにぎりだ。どうしてこんなに同じ味なのに全く違う味がするんだろう……


 おにぎりを食い終わると俺の感情も落ち着きを取り戻した。今ならカーミラもなんとか見てあげられる。せめて最後の瞬間くらいは当事者としてキチンと見届けてあげよう。


「きゃー、ギルさまが来たわ!!」

「いよいよか……」

「あのギルさまでも吸血鬼を退治するのは初めてらしいわね。あたしも何でもいいからギルさまのはじめてになりたいわ。ジェラシー!」

「そ、そう、叶うといいね……」


 ああ、俺はエシャーティに色々と好意を持っているのにこれだもんな。つくづく俺は主役ではないと思い知らされる。


 ギルド長はギルド長で、カーミラの前に立ったんだから一思いにやってくれればいいのに、まるで勝ち誇るかのようにカーミラのお腹をわざとらしく小突いて身をよじらせたり、突然銀の剣を抜刀してカーミラをおどかしたりして場を盛り上げている。なんて悪趣味なんだ。


 が、余興の時間もこれまでだ怪物よ、といきなり言い放った。かなり離れた位置の俺にまで聞こえる声量で。いや、もしかしたら俺に気づいてここまで聞こえるようわざと大声で言ったのだろうか。


 ギルド長はスラリと銀の剣を抜き、カーミラの胸へ切っ先を突きつけた。心臓を一刺しするつもりなのだろう。その光景に大騒ぎしていた広場もシーンと静まり返った。

 思わず俺はふかふかをギュウっと抱き締めて、無意識にカーミラの顔を凝視した。そんな俺の念を感じたのか、はたまた偶然かは分からないが、ハッキリとカーミラと目があった。


「……ふふ、ゴロはやっぱり命の恩人」

「何をほざく、あいつは何もできん臆病者だ」

「来てくれた、それだけで十分」

「何を……まさか貴様!」

「もう遅い!」


 カーミラとギルド長は最後に言いたいことはあるのか、っていう例のあれでもしているのかと思ったら、突然ブッスリと銀の剣を突き刺した!


 するとカーミラはチリホコリのようになり、あっさりと消滅してしまった。やはり吸血鬼だから銀の武器で刺されるとやばいのだろう。あまりの急な処刑執行に、あまりの急なカーミラの消滅に、俺はただ呆然とカーミラの縛られていた十字架を眺めることしかできなかった。


 ああ、ショックのせいか体にまったく力が入らない。最後に見たカーミラの深紅の瞳に、結局俺は魅了されっぱなしだった。もうあの俺の頭を強制チャームしそうな、妖しい瞳は見ることができないんだ……


「ただいま! も~、ふかふかちゃんと洗っといてよ」

「え!? ちょ、ちょっとあんた、なんでこっち来てんの!?」

「ボー……」

「し、しまった、力を吸いすぎて気を失ってる……」

「なんですって! そういえば今日はずっと変だったわ、とにかく運ぶわよ」

「あいあいさ~」

「……って、あんたが何かしたからなのね!!」

「あちゃ、口がすべった。でも今はゴロ運ばないと死んじゃうかもよ」

「まさかあんた、ゴロを食い物に……ええい、とにかく行くわよ、ギルさまたちにバレたら色々まずい!!」

「優しいお姉さん、ありがと~」


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