吸血鬼と過ごす七夕
一年の行事のうち、願い事をする系のイベントは初詣などがあるだろう。カーミラと過ごすうちにそれらのイベントがやってきて色んな人たちと満喫してきたが、あと一つだけまだ経験していない行事があった。
そう、まさに今日がそのイベント当日であり、他の行事の中でやけにロマンチックな部類の”アレ”である。
「今日は星が綺麗だなぁ〜」
「え、どうしたの急に」
「どうしたも何も、今日は七夕だから夜空を眺めてんだよ」
「へぇ〜、人類は未だにあの職務放棄の代名詞みたいな人らを崇めてるんだね」
「ひねくれた言い方しないの」
まあでもカーミラの言うことも分かる。だって織姫と彦星の伝説を要約すると、今まで仕事熱心だった男と女がお見合いしたらデートが楽しくてしょっちゅう仕事を放り出しはじめ、挙句の果てには親に叱られて反省するのかと思いきやボイコットしてしまうというお話だからな。しかしそういう人間くさい自己中心的な部分やだらしのないところが逆に人々に親近感を抱かせ、今日まで受け継いでもらえた秘訣なのだろうか。
「というか、七夕に飾る笹が気に入らない」
「それはまたなんで」
「昔は七夕における笹飾りといえば、魔除けの役割が大きかったんだよ。私みたいな強者はいつだって除け者なの。ふかふかぁ〜」
コロコロとふかふかを羽で転がすカーミラはどこか寂しそうな表情をしていた。もしかしてカーミラは本当は七夕を楽しんでみたいのに、吸血鬼だから魔除けの笹飾りに阻まれて今まで一度も七夕を満喫できなかったのだろうか。そうだとしたら笹が強すぎてちょっと笑ってしまう。
「そうか、笹って強いんだな……」
「いや、あんなの効かないよ。人類が本気で魔除けって言い張ってたから、友好的な私は空気を読んで近寄らなかっただけだよ」
「ほんとかなぁ」
「疑うなら今から街中の笹飾りを壊してみせるけど」
「そんな事したら頑張って竹を伐採して街中に飾ってたアグニャが泣くぞ」
ていうか効かないのかよ、笹。吸血鬼に効く魔除けなら少しもらっておいて、カーミラが怒ったときとかの保険にしようと思ったのに。
まあでも実際効果がないから笹飾りに魔除けがどうのこうのって言い伝えが消えてしまった可能性は高いよな。それを踏まえると長い七夕の歴史のどこかで、お祭りの最中に空気を読まず笹をぶち壊しながら人間を襲った魔物とかいるのだろうか、とか考えてしまう。
「そういえば現代の七夕はどんなイベントなの?」
「単に短冊に願い事を書いて天の川を眺める行事って感じだな」
「それおもしろい?」
「行事の中では結構盛り上がるほうだとは思う」
「ふーん」
そっけない返事をするカーミラだったが、よく見ると翼がふりふりと揺れて興味があるのがバレバレだった。まったく、素直な態度じゃないくせに構ってくれと言わんばかりの仕草をするのがこのご主人様なんだよなぁ。やれやれだよ。
「せっかくだから街を見に行こうや」
「ふふん、ゴロもやっぱり七夕でお願い事したいの?」
「あー、まあせっかくだし短冊は書きたいな」
「いいね、行くとしよ!」
「はいはい、ご主人様」
七夕の夜はまだ始まったばかり。俺たちはすっかり暑さを感じるようになってきた夜の街へ出かけるのであった。
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数日前から笹飾りを設置している広場があったのでそこへ行くと、多くの人たちが短冊に願い事を記し笹へとくくりつけていた。俺たちも用意されている短冊の中からピンクと黄色の物を頂戴し、願い事を書くことにした。
「待てよ、俺って何をお願いすればいいんだ?」
「はっ!? 私だって望みは自力で叶えられるし……」
「まあもらってきちゃったしなんか適当に書くか」
「ふかふか〜」
そう言うとカーミラは短冊に”ふかふか”と書いていた。それでいいのか。こんな願い事をされて織姫や彦星は困らないだろうか。
ちなみに俺は本当のところを言うと前々から書こうと思っていた願い事があって、それをカーミラにバレないようコッソリ書いた。内容はもちろん”エシャーティと仲良くできますように”、だ。
「へぇ。私と来たのにそんな願い事をするなんて良い度胸してるね」
「うわ、勝手に見るなよ!」
「ふん、そっちがそう来るならこっちはこうだよ」
カーミラは自分の短冊の裏側に追加で”ゴロと一生一緒”と書いている。というより至極真っ当な願い事すぎて”ふかふか”側がむしろ裏に感じる。
しかしカーミラが裏も使うのなら俺もなんだか損してる感じがするので裏にもなんか書いておくか。そうだなぁ、今の流れだとやっぱこんな感じの願いがいいか……
「……よし、と。じゃあカーミラ、笹の上のほうに付けてきてくれないか?」
「おっけー」
短冊を手にしたカーミラは民衆の視線を浴びながら宙を舞い、いとも簡単に笹飾りの頂点へ俺たちの短冊をくくりつけた。ピンクと黄色の短冊はヒラヒラと風に揺すられ、まるで背後の天の川を流れるような絶好の見栄えでとてもロマンチックだ。ロマンチックだが、魔除けの笹飾りなんて効かんと見せつけるようにわざと笹へ体当たりしちゃうのがカーミラなんだよなぁ。みんなが見ているのに恥ずかしげもなくバッサバッサと笹の茂みを掻い潜り、スタンとかっこつけてに俺の元へ戻ってきたが、色んなとこに笹が刺さっている。笹だけに。
「ほらね、効かないでしょ」
「はいはい、わかったから」
「それで短冊を書いたら次は何するの」
「天の川を見ながらそうめんを食べる、とか」
「うわっ、なんか質素すぎない?」
「七夕ってそもそも家族や恋人と家でのんびり過ごす行事だからなぁ」
ともあれこの派手な笹飾りを置いている広場でワイワイと人混みの中で過ごす七夕も賑やかで楽しい。それに向こうのほうでは五色そうめんを配っているようなので、俺たちもありがたくそうめんをもらって天の川を眺めることにした。
ちゅるちゅるとカラフルなそうめんをすすりながら、カーミラはふかふかに腰掛けて空を眺めている。煌びやかな天の川を映すその瞳には、家で見せた寂しそうな気配は全く感じない。カーミラにとっては退屈な行事だったかもしれないが、それでも目一杯楽しんでくれたようでなによりだ。
「初めて参加する七夕はいかがかな」
「まあ元々夜は好きだから、悪くはない」
「そうか。俺もこうして誰かと七夕を過ごすのは初めてだから、こうして天の川を見るだけでも楽しい」
「へぇ、ゴロも七夕は初めてだったんだ」
「七夕が初めてってなんか違和感があるな」
「ふふ、そうだね〜」
和やかな笑顔をしながら俺の体にピトリと身を寄せるカーミラ。ああそうか、吸血鬼にとって夜という時間は特に気分が盛り上がる時間だろうに、昔のカーミラはその夜の時間を楽しむ七夕を誰とも過ごせずにいて寂しいわけだ。せっかく仲良くしてきた人類が夜を楽しんでいるのに、その日ばかりは空気を読んで出しゃばらずにいるのはさぞ寂しかったことだろう。そう思うとなんだかカーミラがかわいそうに思えてきたぞ……
「今日は眠くないから朝まで起きてよっかな〜」
「お、いいねゴロ。じゃあもうしばらく星を見て、それからそれから」
「それから……おい見ろ、流れ星だ!」
「ふか〜、めちゃドサドサ降ってる」
「流星群ってやつか! ド迫力だな」
「こんなに素敵な時間、まるで夢見たいだねぇ」
「ああ、すごく現実離れした絶景だな」
美しく星を降らせる天の川を見つめるカーミラは、普段漂わせている絶対的なオーラと抗えないプレシャスがすっかり消え、可愛らしく座り込む普通の少女に見えた。そんな姿を見せてくれると、短冊の裏に”カーミラと一生一緒”なんてキザな願い事を書き込んだのも一興だったな、となる。
さて、天の川を見た後は何をしてカーミラを喜ばせようか。ロマンチックな七夕の夜はまだ始まったばかりだ。
アグニャ「七夕送りをするために短冊を回収しているのだが」
アグニャ「あんな高いところに付けたのは一体誰なんだ!」
アグニャ「とムカつきながら回収したらカーミラたちの物だった」
アグニャ「……」
アグニャ「七夕なのにこんな時間まで働いている私は偉いよな!?」
アグニャ「今ばかりは惚気けてる国の英雄たちよりも偉いよな!?」