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伝統料理

 先日のトークショー(詳しくは1つ前のページを見てほしい)ですっかり街の人気者になったカーミラに、一通の手紙が届いた。どうやら差出人はトークショーでカーミラの魅力に惹かれた料理人のようだ。風呂から上がって暇そうにしてるカーミラへ手紙を渡した。


「どれどれ。小竜公カーミラ様へ……? ずいぶん改まってるね~」

「便せんも質の良い物だし、高級レストランのオーナーかもな」

「ふかひれ食べたい……じゅる」

「中華系だったらお願いしてみてもいいな。さ、続きは?」

「読むのめんどいからゴロ読んで~」


 飽きるのが早すぎる。まあご主人様の手を煩わせないのはシモベの務めだろうし、読んであげるか。どれどれ……


「先日は素晴らしいトークショーを催してくださり、大変楽しませてもらいました。この度カーミラ様へどうしてもお礼が伝えたく手紙を送りました。さて私、城下町のはずれで小さな食堂を営んでおります。もしお近くへ来る事があればぜひお立ち寄りください。腕を奮って当店自慢の料理をもてなします……」


 手紙を読み上げた俺は、そういえば街のはずれに小さな食堂があったなぁと思い出した。俺たちの生活圏内から離れているので入ったことはないが、逆に言えば遠くからも吸血鬼見たさに人が来たと言うことだ。

 そしてこんな手紙が来るほど好評だったのはとても嬉しい。紅茶を飲みながら聞いていたカーミラも、翼をぱたぱたと揺すって上機嫌そうだ。さて、となればやることは一つだな。


「昼めしはここで食うか」

「わ~い、ただめし、ただめし」

「いや、ちゃんと金は払うから。うちそんな切羽詰まってないから」

「ふかひれあるかな。ふかふかひれ~」

「多分ないんじゃないかな」


 きゃっきゃとはしゃぐカーミラを連れ、少し遅い昼食を食べにいざ行かん。


x x x x x x x x x x x x x x x


 あったあった、ここだ。たまに通りかかって気になってたけど、いつも通りすぎるだけだったんだよな。適度に歩いて腹もすいたし、俺たちは早速小さな食堂へと入った。中では割烹着を着た女性がテーブルを拭いていたが、俺たちの入店に気づきぱたぱたとこちらへ向かってきた。


「いらっしゃいませ……あ、カーミラ様!」

「お手紙もらったよ~。めし、めし~」

「あ、あれ、何だかこないだと雰囲気違う……?」

「幻滅したかもしれないけど、こっちが素なんですよ」

「ふかふか~」

「そうでしたか! いえ、かわいらしくてますます好きになりました。ところであなたは……」

「トークショーでカーミラのサポートしてた着ぐるみの中身です。ゴロと申します」

「ああ、シモベ56号さんでしたか」


 一通りあいさつをしたら女店主にカウンター席へ案内された。昼飯時をだいぶ過ぎているので他にお客は見当たらない。これならのんびりとこの人もカーミラとおしゃべりできるだろう。


 女店主は厨房からトマトジュースと麦茶を持ってきて、俺たちに出してくれた。


「カーミラ様はトマトジュースがお好きなんですよね。ゴロさんは麦茶でよかったですか?」

「ええ、ありがとうございます」

「ん~、これはミニトマトしか使ってないね、濃厚かつ甘みが強い」

「さすがですね、ご名答です。実はカーミラ様が好きだと知り、最近メニュー化したものです」

「では助言してしんぜよう。人間が飲むには少し濃すぎるから、オレンジジュースやリンゴジュースで割ると人気爆発するね」

「なるほど……! 早速試してきます!」


 そういうと店主は再び厨房へ行った。そんなに濃いトマトジュースなのだろうか。俺も家でカーミラのために作るし、ちょっと研究のため飲んでみよ。


「ちょっと飲ませてくれ」

「いいよ~。間接キスだね」

「カーミラが口をつけたのはここか。ごくごく」

「ぶぅ、なんで口つけてないとこ探すかな」


 変なことを言うカーミラはほっといてトマトジュースの感想だが、正直まずい。俺が家で作るトマトジュースと根本的に違う。


 俺はまずベースとなるトマト原液を作り、口当たりの悪い種や皮を取るために軽くこす。そこに砂糖と塩、旬に合わせてみかんやりんごやレモンなどのフルーツ果汁を混ぜてようやく完成という、なかなかこだわったトマトジュースを作っているのだ。味はサッパリとした甘さだけど、トマトの濃厚なとろみや風味も残った感じ。


 対するこれはどうだ。手間など全くかけていないのが丸分かりである。ヘタだけ取ったミニトマトをエキス状になるまでひたすら潰しただけではないか。というかこれケチャップ。びしゃびしゃになったケチャップだよ。結構ストレートに物を言うカーミラがよくまずいって言わなかったな。


 と、心の中でクソマズトマトジュースをコキおろしてたら店主が厨房から改良品を持ってきた。おや、2つグラスがあるぞ。


「お待たせしました! あの、よければゴロさんも飲みませんか?」

「ああ、良いですね。どれくらい変わったかな」

「さっきの飲んだんですか? 個人的にはヘルシーでオーガニックな味わいが良いと思ったのですが」

「ねぇゴロ、もしかしてこの人……」

「いや、まだ何も食ってないだろ。断定は早い。ほら黙って飲め、ゴキュゴキュ」

「は~い。ごくごく……う!?」


 ゲホゲホとカーミラはむせている。実を言うと俺も喉に違和感があり、何とか堪えている状態だ。一体この人、何を混ぜたんだ?


「ああっ、大丈夫ですか!? 今おしぼりで拭きますね!」

「けほっ、けほ……ご、ごめん」

「ぷはぁ! ふぅ、ごっそさん。あの、もしかしてジンジャーエール入れた?」

「はい! ジュースを入れると良いと言われましたので!!」


 そうじゃないんだよなぁ。トマトジュースに炭酸はいらない。なによりジンジャーエールの独特の辛味はトマトに合わない。

 皆さんのお手元でこれを再現するなら、コップに半分ほどケチャップをぶちこんで残り半分をジンジャーエールで満たせば再現率8割を狙えるだろう。後の2割は口当たりの悪い種や皮によるものだから、それも再現したいなら海苔とかゴマとか入れりゃいいんじゃないですかね。


「ま、まー、トマトジュースは人類には早いよ。私は人類と何百年も付き合ってきたけど、過去一度もトマトジュースがブームになったことはないから。だからこれは封印するのをすすめる」

「そ、そうですか……確かに1000円のトマトジュースを頼む人はいなさそうですからね」

「せ、1000円……!?」

「材料に大量のミニトマトを使うので、これでも利益はギリギリなんですよ」


 そう言われるとそうだが、1000円でこれ出したら店潰れるぜ。ま、思い直してくれたようだしこの事は胸のうちに秘めておこう。それよりも食堂に来たんだからめしを食わなきゃ始まらないよな。カーミラも俺も腹が減って倒れそうだぜ。


「ま、トマトジュースはこのくらいにして食事を頂けますか」

「わかりました! では腕によりをかけて、当店の名物料理を出させていただきます!!」

「いいね、ふかふかして待ってるよ」


 再び厨房へと戻っていく女店主。少しするとなぜかうおぇぇぇ、とかゲボォ! という声が聞こえたが、大丈夫だろうか。このカウンター席から見る限り、せっせと料理を作っている様子が見えるので余計な心配だろうか。


 しかしどうやら不安なのはカーミラも同じだったようで、コソコソと俺に耳打ちしてきた。ちょっとこそばゆい。


「ね、ねぇゴロ、やっぱあの人、料理下手なんじゃ……」

「うむー、カーミラもそう思うか。でも飲み物と食べ物は作るのも勝手が違うし、もう少しだけ信じようじゃないか」

「でもお客さん、全くいないよ」

「それを言っちゃいけない」


 きっと時間や曜日、はたまた立地が悪いんだよ。きっとそうだ。しかし俺たちはどうしても不安であった。特に俺は身の周りにエシャーティとアグニャという料理のできない女が二人いるから、なおさら不安だった。まああの二人はサンドイッチの材料買ってきてと頼んだらドーナツとか買ってくるくらいだし、それよりはマシだろう。


 そんな事を考えていたら、いよいよ料理がやってきた。ふむ、どうやら見た目はオムレツのようだが……


「お待たせしました! 当店の名物で私の地元の伝統料理、"ゲボゲボオムレツ"です!!」

「ハァー!? ゲボゲボ……ハァ!?」

「いや、聞いたことがある……エルフ族に伝わる幻の料理で、エルフの加護を受けた一族だけが作れる神饌(しんせん。神様へ捧げる食事のこと)だと記憶している」

「そうです、このゲボゲボオムレツは本来神へ捧げる物を皆さまにも食べていただきたく、開店当初より看板メニューとしてお出ししています」


 さすがは長生きしておられるカーミラ様、何でもご存知ですねと女店主は言っている。名前から大体想像はつくけど一応どういう作り方をしているのか恐る恐る聞いてみた。


「あの、これの作り方とか簡単に教えてもらっても……」

「いいですよ。まずは材料の卵や肉、玉ねぎなどを全て食べます」

「う~ん? もう既に分からないぞ」

「そしておもむろにボウルへ吐き出します!!」

「ええっ」

「後はフライパンでこのゲボを調理してオムレツへと仕上げます。誰でも作れますよ」

「久々にヒドい話を聞いた。ここ百年の中で一番聞いて損した話かもしれない」

「ああ、食う前に聞いてよかった。もし食ってたら……あぁ、別に店主さんが嫌いなわけじゃないですよ。でもね、あなたのゲボを食うのはさすがにね」


 衛生面とかヤバそうだけどいいのかこれ。というかいくら地元の伝統料理とはいえ、これを看板メニューに選ぶセンスは飲食店に向いてないぜ。この店に客がいないのは、本当にただただ料理のセンスが無いだけなんだろうな。


 空腹だったが食欲が一気に失せた俺たちは、さっさとこの店から立ち去ることにした。


「じゃ、まあ、近くに来たらまた寄りますね……」

「もう帰るのですか!? まだ一口も食べてないですよ!?」

「誰がゲボ食うか。ゴロ、帰ったらすぐめし!」

「はいはい。ごめんなさいね、俺もちょっとゲボは食えないので。それではさよなら」

「うぅ……またのお越しを……」


 少し気の毒だが、俺たちは間違ってない。悪い人じゃないんだけどな、絶望的に料理人に向いてないんだよな。


 これからいっぱいファンレターがカーミラへ届くことだろう。しかしその度に今日のゲボゲボオムレツが脳裏にチラつくのだろうか。いや、もしかしたらこれ以上にキツい仕打ちもあるかもしれない。


 はぁ、今さら有名人になったことを後悔しても、もう遅いよなぁ。


ゴロ「という事があったんですよ。あのお店、よく潰れませんね」

王様「ああ、ゲボゲボオムレツは意外と旨いんじゃぞ」

ゴロ「え、あれを食べたんですか……?」

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