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みんなのアイドルと化した畏怖の象徴


 王様がカーミラにちょっとした頼みがあるというので、俺たちは伝令のアグニャと共に城へ向かった。最近分かってきたが、王様はすごくイイ人なんだけどどこか吸血鬼フェチなところがある。まあ無いとは思うが、カーミラが嫌がるようならお互いのためにも円満にお断りする仲介役にならねば。


 べ、別にカーミラが王様にスケベなことされても俺は良いんだけどさ、あれだよ、カーミラがもし嫌々する事になったらうっかり王様をぶちのめしそうじゃん? そしたらカーミラが国を追われかねないから、未然に口が立つ俺が双方の仲介をするんだよ。分かってくれたかな、みなさん。別にカーミラが心配なワケじゃないんだからねっ!


「ゴロとカーミラをお連れしました」

「助かるぞいアグニャ。やあ二人とも、よく来てくれたの」

「やっほ~王様。ふかふか」

「こんばんは王様、先に言っておきますが吸血鬼との火遊びはおやめになる方がいいですぜ」

「ほっほ……?」

「お前は王様に何をバカな事を言ってるのだ」


 よかった、シワだらけの老君に好き勝手されるピチピチ吸血鬼はいなかったんだ。心配が杞憂になって安心したぜ。おいみんな、そんな白い目で見ないでくれよ。照れるぜ……!


「バカは放っておいて、本題に入りましょう」

「そうじゃ、カーミラにお願いがあるんじゃよ。何だか最近、国民の間でカーミラが大流行しててのう」

「ふ~ん、悪い気はしない」

「吸血鬼と接してみたい者はかなり多いようで、国の主催でカーミラのトークショーを開こうと思ってるんじゃ」

「もちろん私たち騎士団も運営に参加するので、不穏な輩がいたとしてもカーミラに危害が加わる事が絶対にないよう尽力する」

「ふか~……ゴロはどう思う?」

「え、俺?」


 今でこそ吸血鬼のカーミラは外に出ても恐れられたり差別される事はないが、元々吸血鬼というのは人間がどう抵抗しても敵わない天敵という扱いなので、基本嫌われる存在である。

 カーミラがたまたま人間に友好的で、なおかつこの国を何百年と苦しめていたドラゴンを退治したという実績があるからこの国では自由に生きられるってだけなのを忘れてはいけない。

 吸血鬼に疑念を抱いてる人間がトークショーに来ないとも限らないし、そういう人間に限ってギルド長とかエシャーティ、アグニャみたいな馬鹿馬鹿しい実力を持ってたりするのだ。


 しかしそのリスクを恐れてカーミラが人々に親しまれる絶好の機会を棒に振ってもいいのだろうか?


「う~ん、う~ん」

「え、めちゃくちゃ悩んでる」

「だって色んなメリットとリスクが……」

「おいゴロ、私たちの警備では不安だと言うのか? 言わせてもらうが、普段からお前一人だけでも今まで何とかなってたんだから、絶対安心だろう」

「それは違うだろ。今までは人前に出ることはあってもあくまで慎ましく生活してたんだ。しかし国主催のイベントをすれば表舞台へ大々的に出るわけで、でしゃばってると捉える人間は必ずいる」

「じゃせっかくの王様のご提案を却下するんだな!?」

「深読みして誤解するな! 俺はそんな意味で言ってるんじゃない!」

「なんでこの人たち、熱くなってるの」

「さあ、ワシも分からん」


 いや待てよ、本調子になった今のカーミラに危害を与えられる人間ってそもそもいるのか? 確かにギルド長には以前負けたが、あの時はかなり弱ってた状態だったじゃないか。なんだ、それじゃ別に心配ないんじゃね?

 もしかしてそこも王様とアグニャは折り込み済みだったのか? そう思うと急に恥ずかしくなってきた、さっさとごめんなさいしよ。


「いや、俺の方が深読みしてたな。すまん」

「あ、ああ。何だか急に納得したな。いや、私たちもゴロが不安なら無理にとは言わんよ」

「カーミラが良い吸血鬼だと皆に知ってもらえるチャンスをみすみす手放さないぜ。俺も協力させてくれ、アグニャ」

「ゴロ、お前いい事言うじゃないか! 見直したぞ」

「今度はいきなり上手くいったよ」

「あやつらは旧知の仲じゃから、たぶんワシらには分からんノリがあるんじゃろ」

「な~んか妬ける。ぶぅ~、構って!」


 トークショーの開催に協力するとなれば善は急げだ。早速アグニャから計画を聞いていたら、なんか背後からチャームされてる気がする……

 恐る恐る振り返ると、カーミラがいじらしい表情で俺のスソを引っ張っていた!! どこか寂しそうだけどわがままさが見え隠れする瞳でジッと俺を見つめ、ウサギの耳のように薄く色づいた上品なピンク色の唇をキュッと結び、俺にかまって! とアピールしている。


「ゴロ~、かまって!」

「はぅっ!? 今回のチャームは手強いな……」

「むほほ、これが吸血鬼のチャームか。よくゴロは耐えておるのぅ、並みの男ならイチコロじゃて」

「くっ、女の私でもキュンとしてしまった……」


 アグニャと王様はおもしろがって眺めている。このままでは強烈なチャームに屈して醜態を晒してしまいそうだ。何でもいいから別のことを考えて気を逸らそう……あ、そうだよ、このチャームをトークショーで披露したらすごく人気出るんじゃないか!?


「んぅ~、すりすり……」

「これだッ! このチャームをトークショーで出そう! みんなカーミラの魅力に虜になること間違いなし!」

「おお、カーミラはワシらにプレゼンしておったのか!」

「いや、違うよ、私はゴロに構ってほしいだけ……」

「まあ謙遜すんなって。俺よりカッコいいやつがいっぱい釣れちゃうな~。カーミラ取られたら俺泣いちゃうかもな~」

「ほ、ほんと!? えへ、にへへ……こほん。ふかふかがゴロと離れたくないって言ってるから、どこにも行かないよ~」

「ふかふかのためかよ! ま、俺はただのシモベだしな」


 ともかく俺たちはトークショーへ向けて各々準備をしていこう。アグニャは警備全般と会場なんかの設営を、王様はイベントで用意する飲食物やパンフレットの制作指揮を、俺とカーミラは当日の成功を確実にするためリハーサルを行うことになった。


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 意外にもカーミラは人前で話すことにとても慣れていた。会場がある程度出来た段階でアグニャの部下たちを大勢集めて疑似トークショーをやってみたのだが、吸血鬼についての質問は当然すんなり答えれるとして、今日のパンツは何色ですかとか、スリーサイズはいくつですか、という返答にセンスやアドリブが求められるトークにもバッチリ対応できたのだ。


 大規模なリハーサルを終えて控え室でのんびりしてるカーミラに、俺は労いの言葉をかけた。


「すごいじゃないか、あんなに大勢の人を楽しませる話術があったんだな。カッコよかったぞ」

「ま、昔取った杵柄かな。大衆を相手取って演説とかしたこともあるし、よゆーよゆー」

「そうか、人間と交流する吸血鬼はカーミラだけだもんな。そりゃこういう事も経験してるよな」

「でも久しぶりに大勢の前でおしゃべりして疲れた。おんぶしてお家連れてって!」

「お安いご用だ、そらー!」

「きゃっきゃ、ふかふか~」


 アグニャと王様のほうも順調に言ってるし、街でも段々カーミラのトークショーについての話題が増えてきている。さて、俺も密かにエシャーティに頼んでおいたブツを受け取りに行くとするか。


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 そして本番当日。1万人ほど収容できると豪語していたアグニャ謹製の会場はほぼ満員で、いかに人類が吸血鬼に興味を抱いているかが一目で分かるようだ。大勢の人間がトークショーの開幕を今か今かと待ち望む様子を、俺たちは控え室から覗いていた。


「凄まじい人数だな」

「うっ、さすがにこれは想定外……ちょっとドキドキしてきた」

「ふふふ、そういう事もあろうかと実は秘密兵器を用意していたのだ。エシャーティ、入ってきて」

「はいはーい! カーミラのシモベ2号こと、エシャーティでーす! どう、いい感じでしょ?」

「え……なにこの着ぐるみ。中身はエシャーティ?」

「そうだ。そしてここにもう1着ある。どうしてもカーミラが不安だからエシャーティに頼んで着ぐるみを作ってもらい、カーミラを横でサポートしようと内緒で計画してたのだ」


 着ぐるみのモチーフはもちろんカーミラ。かわいらしくデフォルメされた己の姿をした着ぐるみに、カーミラも緊張が少しとけたようだ。


「ふふ、ありがと、嬉しいよ。でも王様たちには言ったの?」

「もちろんさ。王様たちも大賛成だったぜ。かわいい着ぐるみを用意してくれたエシャーティに感謝だな」

「いいのよいいのよ。でも、着ぐるみの頭を被ると声が通らないから、私たちはあくまでも体を動かす形のサポートしかできないわ」

「それで十分だよ。二人が近くにいるだけで十分。ふかふか~」


 それを聞いて安心した。俺も着ぐるみを着けて会場へ向かう用意をする。エシャーティはすでにカーミラヘッドを着けて準備万端だ。


「ふふ、それじゃ行こっか」

「ブンブン!」

「ジタバタ!」


 返事ができないので俺とエシャーティはコクコクと大袈裟にうなずいた。


 会場へ入ると、盛大な歓声が俺たちを迎えた。しかし今のカーミラにはそんなプレッシャーなんてとても小さなものだろう。自信満々、余裕綽々で魅惑の笑顔を浮かべたカーミラは、いつも通りのどこかゾクゾクする声でトークショー開幕を告げた。


「こんにちは~。吸血鬼のカーミラだよ。こっちは私のシモベたち! さっきまで人間だったけど、一人でトークショーするの大変だから眷属にしちゃった。てへ」

「わはははははは」

「それじゃ今日はいっぱい知りたい事とかあると思うし、私とおしゃべりしたい人は手元のボタンを押してね」

「はーい」

「あ、シモベくんたちもボタンほしい?」

「ぷるぷる」

「あ~、体の自由が利かないから押せないみたい。一体だれがこんな酷いこと……あ、私だった。てへ」

「はははははは」



 すごい、すごいぞカーミラ。観客たちはたった数分のオープニングトークでカーミラの世界に引き込まれている。そしてリハーサルや事前の計画で全くカーミラに知らせていなかったエシャーティの着ぐるみも、アドリブでバンバン利用している。よーし、絶対カーミラの足を引っ張らないように気合い入れてサポートするぞ!


「ドドドド!!」

「きゃ~、シモベ56号が暴れてる! 騎士団長さんに通報しなきゃ!」

「ピタ……」

「わっはっはっはっは……」

「え~、みなさんも身内が暴れたらまずは騎士団へ通報してね! それじゃおしゃべりタイムに移るよ~」


 カーミラがそう言うと、観客たちはポチポチとボタンを押し始めた。ちなみにボタンを押した人の中からランダムに選出された人の席からニョキニョキとパネルが伸び、カーミラとおしゃべりすることができる仕組みらしい。アグニャの工作らしいがすごい仕組みだな。


「最初の質問者はあなたかな。はい、どうぞ」

「むほ~、ワシか~!! やったぞい!」


 って、王様なにやってんだよ! 勝手に観客席に紛れ込むなよ! あそこらへんに座ってる人たち、やけにゴツいと思ったら王様の護衛かよ!!


「え~、それじゃ……カーミラの今履いてるおパンティは何色なんじゃ!?」

「おおおお~!!」


 観客から、というか男衆から歓喜の声が上がった。しかしカーミラにこの手のセクハラは効かないぞ!


「そうだね~、月白色に近いアリスブルーだよ」

「ほっほ……?」

「さ、次の人~」

「ま、待ってくれい! あ、あぁ~!」


 よしいいぞ、圧倒的な知識のおかげでこういう返しが出来るのもカーミラの強みだ。しかし王様よ、もしかしてパンツの色を聞くためにこのトークショーを開催したのか?


「はい、次はそこのぼうや!」

「あ、あの、ボク、街でお姉さんを見かけた時から、お日様の下を歩いてるのが不思議でした。大丈夫なんですか?」

「あ~、吸血鬼の弱点がなぜか太陽だって思われてるんだよね。確かに苦手だけど、別に平気だよ~」

「そ、そうなんだ~!!」


 うんうん、真面目な質問もちゃんと来るな。俺とエシャーティはたまにカーミラと観客の話に合わせてリアクションをとったりしていれば十分だな。ともかくこのトークショーが成功に終わりそうでよかった。

 きっとこのイベントが終わる頃には、カーミラの事を怪物だとか魔物だなどと思う人はいなくなってるに違いない。そうなればカーミラはもっと楽しい生活を送れるだろう。何よりカーミラが人間と楽しそうにおしゃべりする姿は、とてもいきいきとしている。


 そしてその姿が見れただけでも十分な収穫だと思っちゃうから、俺もシモベ根性が板についてしまったもんだよなぁ。



アグニャ「ふぅ、無事に終わったな! ところでゴロ以外に着ぐるみに入ってたのは誰だ?」

カーミラ「え、エシャーティだよ」

ゴロ「そういえばアグニャとエシャーティは会った事が無いな」

アグニャ「そうか。しかしこの着ぐるみを着てバク転していたが相当な手練れだな」

ゴロ「常識では考えられない事するよなぁ」


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