吸血鬼と過ごす元旦
「あけましておめでとう、カーミラ!」
「ふか~。ことよろ」
「さ、年も越したしドラゴンの山へ行くぞ」
「うぇ~? 寒いよ、なんでそんなとこ行くの」
「初日の出を見るんだよ。ほら手袋着けて」
めんどくさそうにしながらも買ったばかりの手袋を無性に使いたいらしく、即座に準備を終えた。なんて分かりやすい吸血鬼なんだ。おっと、俺も持っていく物を確認しないとな。
「ゴロ、そんなに荷物いる?」
「日の出まで時間があるし山頂は寒いだろうからな。ちょっとした食料とか焚き火セットでも持っていこうかと」
「なるほど。ふかふかも行こうね~」
「ふかふかはいつも一緒だろ」
準備を終え、新年最初のお出かけへ参る。雪が降っているがカーミラと手を繋げば寒さなんて全く感じないぜ! とかキザな事を考えてみたり。もちろん口には出さないよ、俺のガラじゃないしカーミラにキモがられるのが関の山だろう。しかしどうして手を繋ぐだけでこんなに温かいのだろうか。不思議だな~。
今までこんなに温かい年明けを迎えた事があっただろうか。いや、ない。改めて考えると俺が美少女と仲良く初日の出を見に行くなんて、去年までは考えられない事態だ。ほんとに俺の隣に女の子がいるのかちょっと確認しよう……
「ちょっと失礼」
「わ、なでなでしてくれるの」
「ほほ~、サラッサラで上品な髪ですな」
「でしょ。世界一キレイな銀髪だよ」
「凄まじい自信だな」
しかしあながち自惚れでもない。エシャーティの目を引くような輝きを放つ金髪も素晴らしいが、カーミラの銀髪に潜む魔性の魅力みたいなのはさすがに無い。しかし人間最高を挙げるとするなら俺は迷うことなくエシャーティを推す。
アグニャは……なんか友達としての付き合いが長いからエシャーティとかカーミラみたいに公平なジャッジが下せない。間違いなく美人で性格もマジメなんだけどなぁ。
と、色んな女の子に思いを馳せていたらカーミラが突然咬みついてきた!
「がぶがぶがぶー!!!!」
「おわ!? なんだなんだ!!」
「私以外の女の子の事考えてたでしょ。なんかむかつく、ぷんぷん」
「そんな理不尽な」
「ご機嫌とって!」
「はいはい、それではお姫様だっこをいたします。よっ、かっるいな~」
「きゃっきゃ」
生きるのに不自由しない程度の腕力でもカーミラは軽々と持ち上がった。この軽さならお姫様だっこしたまま山を一登りできそうだぜ。嬉しそうにはしゃぐカーミラをしっかりと抱きながら俺はドラゴンの山を登山し始めるのであった。
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ついこの前まで忌まわしいドラゴンが棲んでた山なので普段は人を見かけることはないのだが、今日は何だかやけに人が多いぞ。一人や二人くらいなら登山する人間がいてもおかしくないが、何十人というレベルだ。俺に抱えられたカーミラも不思議そうに他の人間を見ている。
「いつも人いないのにね~」
「この山で何かすんのかな」
「人間のやろうとしてる事は分からないや」
「……お、あれは王様じゃないか?」
「ほんとだ、アグニャもいるね」
えっさほいさと護衛を連れながら王様とアグニャたちも登山に勤しんでいた。一般市民もますます増えてきたし、絶対何かイベントをするに違いない。俺たちは王様たちへ声をかけた。
「あけましておめでとうございます、王様。アグニャもことよろ」
「あけおめことよろ~」
「ほっほ、あけおめじゃ。新年早々お姫様だっこして登山とは仲がよいのぅ」
「あけましておめでとう。ゴロたちも初日の出を見に来たのか?」
「そうだけど……なんか人が多いな」
「今年はドラゴンの退治を記念してこの山で盛大に新年の到来を祝おうと思ってのう」
だからか! この大勢の人たちはみんなお祭り騒ぎに加わりたい野次馬のような人たちなのか!
俺はカーミラと静かに初日の出を見たかったんだけどなぁ。でも大勢でワイワイ過ごすのも正月の醍醐味だし、別にいっか。まあ俺、正月にドンチャン騒ぎしたことないけどな!
「それじゃ私たちは準備もあるので先を急ぐ。山頂でまた会おう」
「山頂では一般の屋台も出とるようじゃし、二人も大いに楽しむとよいぞ。それじゃあの」
そう言うと王様たちはイソイソと山を駆け登っていった。王様は歳なのに元気だな、俺はカーミラ抱えてるからのんびり行くとしよう。
雪の降る山を女の子を抱えて登る俺の姿は、お祭り気分で登山してる市民の皆さまの目にさぞ勇ましく見えたようで、いつの間にか英雄コールまで始まっていた。
「ヒューヒュー、救国の英雄と伝説の吸血鬼がお目見えだ!」
「きっとこの山に二度とドラゴンが棲まないよう結界を張ってくださるのよ!」
「今年一年の悪霊退散、もといドラゴン退散をお願いしまする~!」
「な、なんか私たち誤解されてるよ」
「仕方ない、自由に生活させてもらってるからそういう事にしとこうぜ」
「ふか~」
王様たちの初日の出に混じってれば、勝手に儀式かなんかをしてると勘違いしてくれるだろうしな。さ、あと一息で山頂だ。人々の応援を背に、一気に登るぜ!
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「ぜぇ、ぜぇ、着きましたぜご主人様……」
「まさか最後までお姫様だっこするとは……ゴロって意外と頑固だね、でも嬉しい。ありがと!」
「はっはっは……ちょい休憩させて」
「おやおや、英雄さんはお疲れかな。ほら、甘酒とぜんざいだ。食うといい」
「お、うまそ~。サンキューアグニャ」
「もちもち~。うまうま」
あ~、なんかこういうの食ってるとお正月って感じがするなぁ。
カーミラはぜんざいのめっちゃ伸びるお餅と格闘しててほほえましい。アグニャは甘酒をグビグビ飲んでるが、大丈夫だろうか。王様は……餅をにゅぽんと一気食いしている!
「ほりゃ! モチなぞワシの前では無力じゃい……ぐぽぽぽぽ!!」
「む、無茶しないでくださいよ!」
「ゴロは王様を侮っているな。あのお方は毎年一合の餅を飲み込んでおられるのだ。心配は要らない」
「ほんとかよぉ!」
「ひゃ~、白目剥いてるよ。えぐ~い」
冷える山頂だから鼻水まで垂らし、阿鼻叫喚のツラで王様は結構な量のお餅を飲み込んでいる。非常に危険なのでみんなは絶対に真似しちゃダメだよ。そして誰かが正月の一発芸でやろうとしたら、引き留めてあげようね。
「ふぐ、んぐ……ぱふぁ! ほれ、今年も完飲じゃ!!」
「さすが王様! あ、初日の出の時間が迫ってきましたので、絶好のスポットへ移動しましょう」
「アグニャ~、私たちも絶景見たい」
「二人も着いてくるといい。ほら、あの記念碑の上だ」
登りやすいように足場まで組んでやがるぜ。きっとアグニャは1ヶ月くらいかけてこの山に出入りし、綺麗に日の出が見れる場所を分析したのだろう。そして地道に足場まで組んで。アグニャはそういう女の子なのだ、色んな事に気がつき、健気に人知れず気を配る女の子。まあ俺はその細やかな性格を逮捕に向けられたんだけどな!
さて、そんなアグニャがチョイスした絶景スポットはどんなものだろうか。そういえば空が段々明るくなってきたな。急いで足場を登らねえと……おお!
「ほっほ~!! ジャストタイミングじゃ!」
「はわぁ、お日さまで感動するのは数百年生きてて初めて! ふかふかも嬉しそう」
「ちょうど雪雲が晴れたな。すごい絶景だ」
「頑張って足場を組んだ甲斐があったよ。しかしこの綺麗な初日の出を見れるのも、カーミラがドラゴンを倒したおかげだ」
「そうじゃな。もちろんゴロにも感謝しとるぞ。いや~、あっぱれあっぱれ」
最高の初日の出を見れた感動をこんなに色んな人と共有できるなんて素晴らしい贅沢だ。しばし4人で絶景を眺め、満足したら屋台で焼きそばや甘酒などを買って騒々しい雰囲気の中でパクついた。
カーミラと二人で静かに過ごすのも良いかもしれないが、やはり正月、それも元旦なら騒がしい方が良い年への良い門出になるな。
アグニャ「そういえばその荷物はなんだ?」
ゴロ「ああ、食料とか色々。俺たち山がこんなに人で溢れてるなんて知らなかったからさ」
アグニャ「しかし山登りにサングラスは必要か?」
ゴロ「いや、初日の出って神聖そうだしカーミラが直視できないんじゃ、と思ってさ……」
アグニャ「お前も意外と細かい気を回すよな」