ふかふか爆誕
「わぁ、ゴロすご~い」
「これならゆっくりできる」
「ふかふか、ゴロもふかふか?」
「いや俺は地面でいい」
「ふかふか! ふかふか!」
「ああもうわかったから」
ふかふかとは遺跡にあった壊れてる椅子とソファーをニコイチして修理した物である。即席でこしらえたがカーミラのお気に召したようで、どうやら俺にも座れと言っているようだ。
「お、我ながら良い出来だな」
「おじゃまします」
「おいちょっと、そこは俺の膝……」
「こっちはふかふかじゃない……」
「すいませんね、ヒョロこくて。ほら交代してあげる」
「わーい! ふかふか~」
ゆっさゆっさと可愛らしい体を揺さぶり、椅子を楽しむカーミラ。それを見ながら俺は他の使えそうな物を修理したり、カーミラとおしゃべりしながら夜まで時間を潰すことにした。
「そういえばカーミラはなんでお日様が苦手なの?」
「それは、その」
「色白だし焼きたくないのは分かるけど」
「……ゴロは命の恩人、だから話す、私の事」
カーミラは少し改まってそう言った。あの吸い込まれるような赤い瞳が、なんだか少し覇気を覗かせた気がした。
「私、吸血鬼。だからお日さま浴びるとやばい」
「吸血鬼? いやいやまさか」
「ほんとほんと、吸血鬼うそつかない」
「ちょっと他のおしゃべりしよっか」
「ゴロ疑ってる。こっち見て」
「はいはい……うわ!?」
冗談半分でカーミラの話を聞いていた。死にかけたショックで言動や記憶が曖昧になった人間はたまにだけど見たことがあるので、カーミラもその類いだと思っていた。
だが、目の前の光景はむしろ俺がおかしくなったのかと錯覚するようなものだった。なんとカーミラはその華奢そうな体にはまったく不釣り合いな、獰猛さを感じる黒い翼を広げはじめたではないか。
「これで信じなきゃ、今度は噛みつく」
「あらま、キレイな八重歯だね」
「ありがとう、爪もかわいいでしょ」
「わお、すっごーい……」
簡単に人どころか魔物とか倒せそうな爪だった。うむー、信じなきゃ殺られるわ。俺は幻の存在だと言われてる吸血鬼と関わり合いになってしまったようである。
さすがにこれは一大事件である。俺みたいなヘッポコの一ギルド員兼町人Aが深入りすると、数奇な運命に翻弄されてしまいかねない。あまり気乗りはしないが、大嫌いなギルド長に引き渡すのが最も賢明だろう。
「ゴロぼーっとしてたよ。ふかふかする?」
「……あ、ごめん。考え事してた」
「そう。ふーかふか。ふっかふか!」
「ははは、はぁ。」
なんでこんなに楽しそうに俺の作った椅子で遊ぶんだよ。どうしてそんなに構ってほしそうな目を向けるんだよ。そもそもなんで俺なんだよ、お前を助け出す役目はもっと適任者がいたに違いないのに。
あの時だって俺は勘違いして取り返しのつかない事になったじゃないか。変な気は起こすな俺、マニュアル人間に徹するんだ。
「カーミラ、夜になったら俺の仲間のとこへ行こうか」
「ゴロの友達のとこ? いくいく~」
「だからそれまでゆっくり休もう。腹が減ったら俺の血でも吸ってればいい」
「……ゴロ、ふかふか使う?」
「ん、大丈夫」
「ねえゴロ~」
「なんだよ」
「ばぁ~」
いきなり収納(で、あってるのだろうか?)していた翼をバサァッと広げおどかしてきた。ちびっこい体には似つかわしくない大きな翼は、部屋中に暴風を巻き起こし、ぼんやりしてた俺の心臓に渇をいれた。
「どわっ!? あぁ~びびった、すごいな今の」
「ご、ごめんなさい、ふかふかが……」
「ありゃ、これはもう修理できないな」
「わ、私、元気づけたかっただけ」
「きにすんな」
そうか、勝手にネガティブな気分になった大人げない俺を見かねて、元気づけようとしてくれたのか……
俺はなんて情けないんだ、今カーミラは記憶も曖昧で自分が後でどうなるかも分からず不安だろうに、そんな気づかいをさせてしまうなんて。
ギルド長に引き渡した後はきっとこの子は殺処分されるだろう。ならばせめて少しの間くらい、幸せな時間を送らせてあげてもいいんじゃないか?
それが例え、俺の自己満足だとしても……
「ふかふか……ごめんね」
「よしカーミラ、材料はあるしふかふかを何とかしてやるぞ」
「ふかふか、生き返るの!?」
「ああ、一緒に治してやろう」
「ふかふか~待っててね~」
きっとカーミラは、ギルド長に引き渡した俺を死んでからもなお恨むに違いない。でも仕方がないんだ、吸血鬼はすべての生物の天敵なのだから。放っておけば、ありとあらゆる生物を破滅に追いやる怪物なのだから。
でも今だけは、俺の作ったおにぎりをおいしいと、俺の用意した椅子をすご~いと言ってくれたこの華奢な女の子に、楽しい時を過ごさせてもいいじゃないか。