楽しい真夜中ピクニック
いつものように日が落ちる頃合いに起きたカーミラは、突然ピクニックに行きたいと言い放った。
「ふかふかが自然を味わいたいと言っている」
「そうか。じゃドラゴンの山にでも行くか」
「どうせなら行ったことない所に行きたい」
「では野原へ行きましょうご主人様」
「名案ですわセバスチャン」
「誰がセバスチャンだ」
遠出したらいい感じに自然! という感じの野原があるのでそこへ行くことに。カーミラはめしを食い、俺はピクニックへ持っていく弁当を作る。ピクニックだしブルーシートもいるだろうか。
そうだ忘れるところだった、国内を歩くとはいえ街から出るので魔物と戦うことになるだろう。吸血鬼がいてまさか大事になることはないだろうが、護身のために武器を持っていかないとな。
「ゴロ、準備万端だよ~」
「それじゃ行くか」
「ふかふか、おでかけ~」
「しかし夜中にピクニックとは斬新だ」
軽い荷物を持ち、いざ出発。街中はまだ市民の活気で賑わっているが、街から離れると途端に静かになった。街灯の照らす道は、どこかノスタルジックな気分にさせる。
「こうしてのんびり歩くの、なんか新鮮だね」
「そうだな。歩くのがメインなのは初めてだ」
「あっ、流れ星」
「すごかったな、今の」
「……ね、二人とも気づいたってことは同じとこ見てたんだよね」
「まあそうだな」
「にへへ……」
何をにやけているんだ、この不審な吸血鬼は。しかしのほほんと空を見上げていたら、ギャギャギャーという汚い奇声が俺たちの気を引き付けた。声の主はゴブリンだった。
「グゲゲ」
「きゃ~こわい」
「久々の戦いだ。だるいなぁ」
「ゲバァー!」
木の棒という強力な武装までしている。ゴブリンといえど侮ってはいけない。武器を扱う知恵があると言うことは、人間が棒状の武器を扱う動作をよく知っているとも言える。つまり剣での戦いは、あまり強くない俺にとって不利である。
「あついぞーごめんな」
「フンガッ!」
「避けるよなそりゃ。デェェェイ!!」
「ゴギャー!」
「わお、見事な足払い」
俺の渾身の火炎魔法を横に移動して避けたので、すかさずグルンッと全身を活用した豪快な足払いを食らわせた。見事にゴブリンの細い片足をへし折り、戦意喪失させた。
「うふふ、ゴロ、なんだかお腹がすいたわ」
「あっ……ちょっとトイレしてくるぜ!」
「ふかふかも連れてって~」
「もちろんさ!」
俺が木陰に移動するのを見つめるカーミラは、なんかすごい邪悪なオーラを撒き散らしていた。俺は木陰でそのプレッシャーにビビりながらふかふかをギュッとしてたら、ゴブリンの絶叫に心臓を止められそうになった。お食事は終わったかな、とドキドキしながら出ていくとほっぺに血をつけ魔性の笑顔を浮かべたカーミラが待っていた。
「お待たせ。さ、行こっか」
「何言ってんだい、トイレに行ったのは俺だぜ!」
「そうだったっけ。あ、ふかふか返して~」
「ど、どうぞ」
どこかへ消えてしまったゴブリンくんに合掌。いや、別に殺してはいない……よな?
だってこのふかふかを子供みたいに抱いてる女の子が、自分より少し小さいくらいのゴブリンを短時間で食うかね。いや、食えない。たぶんちょっと吸血して、どっかへ放り投げたんだよ。さっきの絶叫は投げ飛ばされて驚いたゴブリンの叫びだろう。
「けぷ……失礼」
「ひっ……」
「何ビビってんの。がおー!」
「ぎええ!」
「きゃはは、ゴロおもしろーい。かぷ~」
「あばばばば」
ほらな、満腹じゃないってことはそうなんだよ。考えすぎだ、考えすぎ。それに結構歩いたので、もうそろそろ目的地の自然豊かな野原へたどり着く……お、言ったそばから見えてきたぞ。
「おぉ~、大自然だねぇ」
「夜中の野原も趣があるな」
「ふかふか、あそこの木の下が良いって」
「おし、あそこで弁当食うか」
持ってきたブルーシートを敷いて弁当を広げた。おにぎりとサンドイッチとビスケットとりんご、飲み物にトマトジュースと麦茶を持ってきた。ふかふかに座ったカーミラと素朴な食事をしながら優雅に談笑する。
「ふぅ、動いた後のおにぎりは絶品だな」
「ぱくぱく、もぐもぐ」
「味の薄いビスケットも、外で食うとなんかうまい気がする」
「このサンドイッチ、耳ついてる~」
「切るのめんどいし、切っても耳の使い道ないじゃん」
「おいし~。うめ、うめ」
とても充足した時間だ。満天の星空を眺め、視点を左に向ければ多くの人間がひしめく街並みが、視点を右へ向ければ俺の作っためしをうまそうに食うかわいらしい吸血鬼が。どれも甲乙つけられない素晴らしい絶景である。
「あの、ゴロ、今ふかふかはイスになってるから、あんまり見つめると吸っちゃう……」
「おわぁ、あっぶね!」
「もっと危ないことしよ~」
「なにオヤジくさい事言ってんだ」
「お、おやじ……!?」
地味に効いたのか、りんごをもしゃもしゃとかじって聞かなかった事にしている。そのいじらしい姿に俺は何だかとてつもなく男の本能をくすぐられてしまい、ユラユラとリラックスしていた翼を思わず撫でてしまった。
「きゃん!?」
「おお、初めてじっくり触ったが、すごくスベスベなんだな……」
「えっち、へんたい、むっつりすけべ!!」
「あわわ、ごめん、ごめんなさい」
「もう、急にそんなとこ触るとびっくりするよ」
バサバサと少し荒々しく翼をはためかせ、顔をほのかに赤らめてカーミラは言った。この翼で敵を切りつけたりしているので別に弱点ではないものの、意外と敏感だったりする部分なのかな。しかしすべすべだった。例えるなら、綺麗な爪の表面みたいな感じ?
「くぁ~、お腹いっぱい。帰ろ」
「そうだな。いい景色もたくさん見れたし」
「帰りの魔物退治は私にまかせて!」
「それは、まあ、強いやつが出たら頼む」
か弱いスライムとかをカーミラのデスバレークラッシャーで爆散させられたりするのは、あまりにも可哀想である。
ブルーシートや弁当箱を片付け、俺たちは家への帰路をのんびりと進んだ。行きで見た風景も帰り道で目にすると、どこか一味違った趣があるなぁ。
何でもない、ただのピクニックをしただけの夜だったが、思い出に残るような時間を過ごせたと思う。笑ったり、喜んだり、少し邪気のある顔もしたり、はたまた不意に体を触られて怒ったりと、色んな表情のカーミラが見れた。
「ゴロ~、疲れた。おんぶ」
「はいはい」
「ありがとっ」
めんどくさがりな吸血鬼を背負い、俺は充実感に酔いしれながら家へ帰るのであった。
カーミラ「あ、あれはさっきのゴブリン」
ゴロ「ほっ……やっぱ食ってなかったのか」
ゴブリン「ギャ……ヒィィィィィィ!!」
ゴロ「い、一体どんな仕打ちをしたんだ……?」