吸血鬼と過ごすクリスマス
今日は1年の中で最も神聖な日……そう、クリスマスイブだ。俺は毎年一人で過ごしていたが今年はカーミラと過ごす事になりそうだ。一年で最も神聖な夜を寂しく過ごさないでいいというのは何とも幸せなものである。
「zzz」
「カーミラ、起きて。クリスマスだよ」
「ふ……ふかふかか~」
「クリスマスイブを普通に過ごすの、もったいないぞ~」
「ふぁ~、まだ朝だよ」
朝じゃないぞ、もう昼前だぞ。まあカーミラにとってはお日さまの出ている時間帯なんて早朝も夕方も同じようなもんだろうが。
「それにクリスマスって……私は吸血鬼だよ」
「おう。それがどうした?」
「忘れてると思うけど、ゴロは悪魔だし」
「そういえばそうだったな」
「で、聖者の誕生を祝う吸血鬼や悪魔がどこにいるの」
「そ、そう言われると確かに!」
それだけ言うとカーミラは再び箱のフタを閉めて寝てしまった。もしや過去にキリストさんと何かイザコザでもあったのだろうか。それとも単に自分より格上そうな存在は気に食わないだけかもしれない。まあとにかく、今年のクリスマスも何も起こらずいつも通りの日常を送ることになりそうだ。
ま、一人ぼっちじゃないだけマシか。ご主人様のご意向に沿って、今日はのんびりと過ごそう。でもクリスマスケーキくらいは食べてもいいよな。俺の密かな楽しみの一つなんだよね、今年はカーミラもいるし奮発してホールいっちゃお。
そうと決まれば早速買いに行くことにした。俺はうきうきとケーキ屋へと行き、大忙しの店内でじっくりとケーキを見定めた。
「うむー、チョコとショートのどちらがいいのだろう」
「お悩みですか、お客様」
「す、すみません、混雑してるのにもたもたして」
「いえいえ、お客様は国を救った英雄ですから。むしろ当店などに足を運んでくださり光栄です。いくらでも長居してください」
「あ、そう? んじゃじっくり見ます」
いやぁ、俺も偉くなったもんだな~。っと、俺はすぐ調子に乗ってしまうから図に乗らないようにしないとな。
そう、あの罪を犯した時だってそうだ、俺は王様や国民を騙して得た名声に酔いしれ、一度破滅したじゃないか……あ~もう、なんか気分が沈んできた!
「ええい、どうせいっぱい食うだろ。両方ください!」
「さすが英雄様ですね! えっと、その、お一人で……?」
「あ、一応二人で」
「あ~ですよね~!! 英雄ともあろうお方が、一人ぼっちでイブを過ごすワケないですよね!」
「ま、まあね、はっはっは」
「ありがとうございました~! うふふ、楽しいクリスマスを……」
なんか勘違いしてないか? まあいっか、クリスマスなのに一人で寂しく過ごしてんなこの男、と思われるよりは全然いいし。
そういえば今気づいたけど、ショートケーキってホール状でもショートケーキって名前なんだな。てっきりこの白いケーキはクリームケーキとかホワイトケーキっていう名前で、それをカットしたらショートケーキと呼ぶのかと思ったぜ。
俺は大きなケーキを2つも携え、るんるんと家へ帰った。どうやらカーミラは一度起こされて目が覚めきってしまったのか、ぼけーっとソファに座っていた。
「おかえり。それなに」
「クリスマスケーキだ! 昼飯に一個食おうぜ」
「おいしそ~、チョコにしよ」
「じゃショートケーキは夜飯にしよう」
「チョコケーキ、ふかふかみたいにふかふか~」
箱から取り出したチョコケーキをまるで子供のようにキラキラした目で見ている。黙ってぼんやりさせとけば絶対的なカリスマすら感じる程の美貌なのに、なんというか気の抜ける性格なんだよなぁカーミラって。
「よし、4等分でいいだろう。いただきます」
「もぐもぐ。あまあま~」
「絶妙に散らされたチョコチップがいい食感だな」
「あ、サンタの砂糖菓子……がりっ!」
「うわ、かわいらしいサンタさんを何のためらいもなくバキバキに……」
「われ、にんげん、しゅき。うまうま」
なんて悪趣味な食い方だ。しかしあのお砂糖でできたサンタさんもおいしく食べられるのは本望だろうしなぁ。それに俺は毎年あのサンタさんが何だかかわいそうで、ケーキの塊の中に埋め込んで見えないようにして一気に食っちゃうのだ。もちろんアゴが外れそうになるし、味もいまいちわからないしでサンタさんも悲しいだろう。
それなら今の悪趣味な食い方される方がサンタさんを100%堪能してるからむしろ優しいのか……!?
「う、うむーっ」
「何を難しい顔してるの」
「いや、人間が優しいのか、それとも吸血鬼が優しいのか疑問が湧いていただけだ」
「あっそ。もぐもぐ」
うむーっ……
x x x x x x x x x x x x x x x
昼食に大きなケーキをまるまる半分ずつドカ食いした俺たちは、満腹感から来る睡魔により眠ってしまった。目が覚めるともう既に夜中であったが、やけに寒い。これはもしや……
「おお、今年初雪。ホワイト・クリスマスだ」
「ぷるぷるぷる……」
「見ろよカーミラ、綺麗な光景だぜ!」
「……るすで~す」
「あっふかふかが凍ってるぞ!!」
「えっ!?」
「うそぴょーん!!」
「ぷぅ~、さむさむ」
ふかふかが絡むとカーミラはすごく単純になる。箱から飛び出して寒そうにしているカーミラを見かねたので、俺が飲む予定だった温かいココアをあげると嬉しそうに微笑んだ。なんと言うか、普段の悪いノリとかわがままを通す時みたいな小悪魔な笑顔じゃなくて、本心からの笑顔っぽいカーミラに無性にドキッとしてしまった。クリスマスやべえ。
「ふふ、気が利く人間と過ごすクリスマスは、何だかあたたかい」
「なんからしくねえぞ」
「ね、ゴロ。私はずっとずっとあなたが好きだよ?」
「ふ、ありがとよ」
「くすくす、照れ隠し? かわいい~」
くそ、分が悪い。人を魅了するのが得意なカーミラとまともに張り合ってたら、いつか骨抜きにされちまうぜ。この甘い雰囲気を変えるには少し強引に行くしかない。
「雪も降ってるし、散歩でもするかなァー!」
「いいね~、ロマンチック」
「さ、さむいから家で待っててもいいぞ?」
「ココアでだいぶあったまった。ぽかぽか」
「そっかぁ」
俺は飲んでないから寒いよ。しかもカーミラはすごい上機嫌でコートとか着始めてるよ。うう、さみいなぁ、めんどくせえなぁ。でもカーミラめっちゃ行きたそうだし、断るとめっちゃ吸血されたりして酷い目にあうかもなぁ。
「行こっ、デート!」
「はいはい……」
「ふふ、クリスマスって楽しいね、ふかふか」
「それはよかったよ、俺にもふかふかさせてくれ」
あーふかふかめっちゃあったけぇ。カーミラのギュッとしてた部分が特にあったけぇ。思わず頬擦りしたくなる抱き心地だ。ふかふかもだいぶカーミラの抱擁に耐えているが、相当しっかりとした生地だよな。裁縫初心者の俺とカーミラで作ったにしては恐ろしい耐久性だ。
「ふんふん……」
「も、も~、ゴロったら。そんなに匂いかがないでよ、恥ずかしいよ……」
「ふんす、ふんす……はっ!?」
「で、でもゴロだったら直接匂い、かいでも……きゃっ、言っちゃった!」
「ち、ちがうんだこれは! 俺はふかふかの魅力に惑わされたんだ!!」
考え事をしながらふかふかをギュッとしてたら、ふかふかから香ってくるカーミラのフェロモンに思わずメロメロになるとこだった……! ふかふか、まるで劇物である。
「ところでここ、どこ?」
「そういえば適当に歩き回ってたが、はて?」
「も~、うっかりさん」
「ごめんよ。仕方ない、飛んで帰るか」
「ん。ふかふかちゃんと持っててね」
俺のうっかりがカーミラの興奮(?)を沈めたのか、さっきまでの甘い口調は消えていつも通りになってしまった。いや、別に残念じゃないからな。カーミラがあんまり懐いてくると、その、調子が狂うだけなんだから!
そんな事を考えている俺をよそに、カーミラは無造作に俺の腕を掴んで雪の降る空へと飛び立った。
ある程度高い所へ来ると、俺たちは思いもよらず美しい光景を目にする。上空から雪の降る様子を眺めることができたのだ。
「ほあ~!! 綺麗だね、ゴロっ!」
「ああ、なんて幻想的なんだ。すごいな、カーミラ!」
「ずっと眺めてられるね。見渡す限り、ぜんぶ雪だよ」
「街の灯りもこうやって見ると芸術的だな~」
「あ、まさかゴロはこの光景を見ようとして……も~、すきすき、だいすきっ!」
「あーもう、違うって!!」
どうしてこうなるかなぁ。しかし今カーミラの機嫌を損ねると超高度から落下させられる危険がある。なので俺は、己の理性が折れないようにひたすら煩悩を抑える事しかできなかった。
でも、今までの人生で一番充実したクリスマスイブなのは間違いない。これからずっとこんなクリスマスを過ごせるのだ。
この幸せをもたらしてくれた、小さくて少しわがままでどこか抜けててクリスマスが嫌いな、でもバチクソかわいくてすごく強くてずっと一緒にいたくなる吸血鬼に一言くらいお礼をいっても、キリストさんはバチを当てないだろう。
聖なるホワイト・クリスマスの夜、俺は雪に彩られながら美しい雪空を駆ける吸血鬼に心からのありがとうを伝えたのであった。
ゴロ「さすがに2食連続ケーキはキツいな」
カーミラ「あの、実は私、ゴロが買い物行ってる間にお家でケーキ作ってて……」
ゴロ「」
カーミラ「明日のごはん、チーズケーキ」
ゴロ「味が違うだけマシか……」