吸血鬼との出会い
街から近いし弱い魔物しかいないならあまり苦労しないだろうな、という俺の甘い考えを裏切り遺跡は荒れ放題になっていた。まあいつまでにしろとか書いてないから何日かかけてすればいいや。
とりあえず近場の壁や床を押してみて、軋んだり崩れないか確認する。ふーむ、痛んでそうなとこと状態の良いところが混在している。
「ギャギャギャー!」
「お前たちのせいか」
作業に夢中になってたらいつの間にか魔物がいた。スライムか、確かに初心者のための修練の場にふさわしいな。
「ドヒューン!!」
「あたたっ」
威嚇もそこそこにスライムは突進してきた。俺はあえて食らってみて、この遺跡に生息する魔物の実力を推し測る。期待通りこいつは最弱レベルだな。動きももったりしているし、同じような行動ばかりでまさにちょうどいい。
「あついぞーごめんな」
「ギャピー!?」
「はい回復。次はビリビリするよ」
「ホギャギャギャ……」
「パンチは効くか? 効くな、じゃ次」
「ビャビャー!!」
どんな攻撃手段でも通用するな。これなら魔法使いだろうが格闘家だろうが安心して探索できる。エシャーティやギルド長みたくアホみたいに強いやつらは、手加減しても一撃で倒してしまうのでこういう作業ができないのだ。
かといって俺みたいに魔法も武器も徒手空拳でも何でも扱える人間であまり強くないっていう微妙な実力の者は少ないので、誰かがこの依頼をするとなると必然的に大人数でしなければならない。だからみんなやりたがらないのだ。
「ふぅ、お疲れさん。お前らの住み処は手をつけないように努力するからな~」
「ギャワー!!」
協力してくれたスライムくんを治療した後に解放し、再び作業に戻る。これから初心者が大勢この遺跡で修練するだろうし、無限に湧くスライム一匹たりとも無駄にはできない。それに人間にいじめられた、という出来事を巣で仲間と共有してくれれば、いい感じに敵意も増す。
途中でまた魔物が襲ってくるので、それが殺人アリだったりジャイアントモスだったりしたら同じように色々と攻撃を試す。
しばらく遺跡の様子や魔物の調査を行い、十分様子が分かったのでこの作業は終える。次の作業は、崩れそうな壁を思いきって壊したり不安定そうな床を補強することにした。
「おいしょっと……ん、ここも床がゆるいな。おし、もう派手に穴開けてそれとなくナベのフタでも置いとくか……」
遺跡にはかつて使われていたであろう調度品もそこかしこにあった。いい感じに使えそうな椅子とか燭台は一ヵ所に集めといて、後で修理して適当に配置することにする。それっぽく置かれてる棚に小銭とか置いとくとすごい喜ぶらしいし。
そんな感じで結構な時間、たまに魔物とじゃれたりしながら遺跡を整備していった。ある程度頑張ったところで一休みすることに。ちょうどいい感じに綺麗な一室があったので、そこで軽く飯でも食うことにした。
そういえばこの部屋にはデカい箱があった。さっきは初見の魔物を見つけたので後回しにしたが、何が入ってるのか気になる。
「ん、これは……」
残念だが嫌なものが入っていた。美少女の亡骸だ。この遺跡には危険なトラップも強い魔物も出ないが、それゆえたまに侵入者なりなんなりが入り込んで、勝手に遺棄したのかもしれない。それか、最初からこの遺跡にあったのか。それになぜか土も敷き詰められていて不気味だ。ともかく謎が多い物体である。
だがよく見るとこの亡骸には傷ひとつないし、遺棄とか放置されてた割には一見疲れて眠ってるように見えるくらい状態がいい。せめて生きているかどうかくらいは確認してみよう。
こんな魔物のすみついた遺跡で箱に入り横になる人間なんていないだろうが、もしかすると眠ってるという可能性を信じてみる。
「ちょっと失礼するよ、っとな」
しかしその願いも虚しく、脈は全くないしまぶたを開けて瞳孔を見るも、赤い瞳の真ん中は開ききっていた。
「しかしこの子、生前はとんでもなく美人だったろうな……ん!?」
深く吸い込まれるような瞳。ジっと美少女の亡骸の瞳にのんきに見とれていたら、なんだか寒気がした。誰かから俺の生気を吸いとられているような、すごくおぞましい感覚だ。
「バチが当たったかな、今日はこの子を回収してさっさと帰るか」
「……おっ……おっ……」
「ん?」
どこからか声がする。いや、どこからかというレベルじゃない、かなり近くだ。しかし辺りには誰もいない。
「こ……こ……」
「まさか、な」
「ね……ねっ……」
「……あ、どうも」
あ、いたいた、声の主。なんか目もパッチリ開けて箱の中から顔をこっちに向けて見てる。思わずあいさつしてしまった。第一印象大事だしな?
「うぐ……」
「はっ……行き倒れだったのか! ほら、これ食え」
「もしゃ……もしゃ……」
弁当を渡すと即座に食い尽くしてしまった。食い終わった後はの〜んびりと小さな身体を起こし瞳をパチパチ。久々に起き上がったのかくぁ~っとあくびをしてぷるぷると猫のように体をノビ~っとしている。のんびりと辺りを見渡している、真っ白な髪と深紅の瞳を持つ美少女を俺はぼんやりと眺める。
ちびっこいのに、何故か抗えない雰囲気を持っている。端正に整った顔立ちだけでなく、一つ一つの仕草すらが何か特殊な魅力があり、絶世の美女の具体例の一人にふさわしい子だ。
「大丈夫か?」
「うん。あなた……命の恩人」
「きにすんな」
「私、あなた好き」
「ふ、それはそうと……」
いるんだよな、ピンチを助けてもらったら吊り橋効果で相手にすごく惹かれたりする子。でもそういうのは一瞬の昂りなだけだから本気にしちゃダメなんだ。この子の気持ちを落ち着かせるため、まずはあまり頭を使わなくてもいい会話をする事にした。
「名前、覚えてる?」
「カー……ミラ」
「よし。ところで今は王歴何年の何月何日かな?」
「王歴、わからない」
「ああ、わからないなら無理に考えないで」
困ったな、記憶障害かもしれない。とはいえヘタな事を言って動揺させるのはかわいそうだし、当たり障りのない会話でもしつつ一度ギルドへ帰ることに。
カーミラも特にどこかが悪そうな様子もない。出口へ向かう俺にヒョコヒョコ着いてくるくらいには元気だ。
「さっきの弁当はうまかったかな」
「見たことないの、おいしかった」
「見たことないの……ああ、おにぎりか」
「しょっぱ、うまうま」
「うん、お粗末様」
米はよそでも食べられていないということはないけど、基本この国以外では見かけない特産品だ。ということはカーミラはこの国に旅をしに来たかなんかで、たまたま遺跡に入り込んで行き倒れたのか。ああいや、行き倒れはないな。だって箱に入ってたし……
「ねぇねぇ、命の恩人」
「なに、カーミラ」
「あなたの名前、知りたい」
「ゴロだよ。っと、そろそろ外だ」
「外……ダメ、出れない」
ここに来てとんでもない駄々をこねてきたよ。なにこの子、なにが楽しくてこんな遺跡に残ろうとしてるの?
「私、その、」
「どんな事情があるかは知らないけど、一生ここにいるわけにもいかないよ」
「お、お日さまが苦手で」
「そうか……じゃ、日が落ちるまで外には出ないでおこう」
はぁ、かわいい女の子になんて弱いんだ俺は。まだ昼過ぎだぞ、夜になるまでかなり時間あるじゃねえか。しかもさっきまで死にかけてたし、記憶もちょっとやばいからなるべく早く医者に連れていかねばならないのに。
でも、そわそわと落ち着かない様子で遺跡の外を伺いながら俺のスソを引っ張り、目が合うとジッと見つめてくれるカーミラを見ると、とてもわがままを突っぱねる気は起きなかった。