ドラキュラの語源
俺とカーミラが王様から偉業を讃えられて、見返りとして自由にスローライフを送れるようになってから早くも1ヶ月が経った。俺たちは街から少し外れた地域にある空き家をもらって、穏やかな日々を過ごしていた。引っ越した最初のうちはエシャーティが祝いに来たり、いろいろ家財道具を揃えたりで忙しかったが、今は落ち着いてのんびりと暮らしている。
今日も今日とてカーミラはのんびりと起き上がって、もったりとめしを食い始めた。夜の幕開けである。
「ゴロ、ごち」
「おう。今日は何するんだ?」
「ねる。ふかぁ……」
「食っちゃ寝かよ。少しは動こうぜ」
「ええ、だって私、吸血鬼だよ?」
「だからなんだよ。ほらふかふか没収!」
「ぷぅ~」
平穏な日々を味わい、すっかりカーミラはニートになってしまった。まあ俺もたまにギルドで依頼をこなすくらいで、ほぼ無職みたいなもんだけど。
「はぁ、しかたない。ゴロぉ~すきすき~」
「ヴっ! チャームやめろ!」
「ねぇねぇ~返して。ほらかぷ!」
「あはん……」
「おいしょー! ふかふかおかえり」
こいつめ、ふかふかを人質に取ると途端に本気出すんだから。そのくせふかふかの世話(洗濯や修繕)は俺に任せるんだもんなぁ。
「まったく。じゃせめて寝るな。おしゃべりでもなんでもいいから、とりあえず起きてなさい」
「わかった」
「そうだ、おしゃべりといえば聞きたいことがあるんだった。カーミラ、お前もう記憶喪失じゃないんだろ?」
「まあ、ぼちぼち」
いまいち雑な反応だな。しかし色々話してもらうからな。これから長い時をカーミラと過ごすうえで色々知っとかないといけない事は多いのだから。
「その、よかったら吸血鬼について教えてくれよ」
「うーん、そうだねぇ。じゃ今日は一つだけ話してあげる」
「おお、なんだなんだ」
「私たち吸血鬼がなぜドラキュラと呼ばれてるか……」
「そんなの最初の吸血鬼がドラキュラさんだった、とか言うオチじゃないだろうな」
「全然違うよ~。ゴロってば単純」
違うのか……しかしドラキュラの語源は気になるな。吸血鬼の伝承を記した本なんかをたまに読むと、だいたいドラキュラの名は出てくるし。
「あのね、どうして私がドラゴンに咬みついたら記憶が戻ったと思う?」
「うーん、全然わからん。対等な生物と戦ったら勘が戻ったとか」
「ぶっぶー。今日のゴロは冴えないね~」
「いや分かるわけないでしょ普通」
「だいたいドラゴンは対等じゃありませ~ん。吸血鬼より強い生物はいませんでした~」
そういえばこの子、全生物の天敵とも言われてたな。しかし今日のカーミラは腹立つな、なんというか知識をひけらかしてるというか……まあこっちの思惑通りに起きておしゃべりしてはいるからいいか。
「まあでもドラゴンは私よりチョイよわくらい。なので人間は悪いドラゴンが現れたら吸血鬼に頼るしかない」
「カーミラみたいな友好的な吸血鬼もいるのか」
「そんなの私以外にいないよ、というか私こそがドラキュラの語源だし」
「な、なにいってんだ?」
「私以外の吸血鬼はみんな人間をめし袋としてしか見てないんだよ。わざわざめし袋と仲良くする吸血鬼は世界に私しかいないよ~」
「じゃ、たまに本で見かけた悪いドラゴンを成敗する吸血鬼は、全てカーミラのことだったのか!?」
「その通り。で、人間たちは私のことを小竜公……ドラクラーと呼んで畏れ敬った」
小竜公か。たしかにカーミラにぴったりそうな称号だ。小さな体躯で巨大なドラゴンをぶっ倒すカーミラに昔の人たちも魅了されたんだなぁ。
そういえば王様がカーミラに会った時、やはりドラゴンには吸血鬼だなとか言ってたのは、ドラキュラの詳しい語源を知ってたからなのか。王様ともなるとさすがに博識だな~。
「ドラクラーが時を経て、いつからかドラキュラとなまりそちらが定着した。そんなとこかな、ふかふかっか~」
「で、結局どうして記憶が戻ったんだ?」
「長年生き続けて様々な知識を得たドラゴンの血を通して、私の失われた記憶が呼び覚まされたのかもね~」
「なるほどなぁ。しかしすごい過去があったんだな、見直したぞカーミラ!」
「へへ、てれてれ」
「よーし、そんなえらいカーミラのために遊びにいくとしよう。ドラゴンの山にでも行って、鬼ごっこでもするぞ!」
「やったやった~」
鬼ごっこで吸血鬼が喜ぶのか? という疑問もあるだろうが、俺たちの鬼ごっこはひと味違う。本物の鬼(吸血鬼)が本能のまま本気でエモノ(人間)を追いかけるのだから、すごくエキサイトな遊びなのだ。
エモノは俺だが、俺は逃げ足だけは人類最速の領域にあると自負してるからこれまた相性がいいんだ。しかも俺なら捕まって吸血されてもシャレで済むし。
「今日は絶対つかまえるからね!」
「ははは、怖い鬼さんに捕まらんようにしないと」
「がおー!」
「はいはいこわいこわい」
x x x x x x x x x x x x x x x
さて舞台は例の山。カーミラは山頂から、俺はふもとからスタートする。ドラゴンを退治した記念に山頂に記念碑が立てられたので、カーミラがその上の燭台に火を着けたらスタートの合図だ。
ちなみに範囲は山全部。広すぎじゃね、と思うだろうが吸血鬼を相手にするならこれくらいじゃないと即見つかるのだ。というよりこんだけ場所を使っても本気で隠れたり逃げ方を工夫しないとすぐ捕まる。
お、火がついた。よ~し、ひとまず隠れミノの中から上空のカーミラの様子を観察だ。しかしインチキだよなぁ飛べるの。まあでものびのびと遊ばせないとかえってストレスになるし仕方ない。でもこっちだって相手の弱点は把握してるつもりだ。
「あ~! ゴロみっけ!」
「げ、もう見つかったか!」
「待て待て~!!!」
「うおおおおおああああああ!!!」
ふもと近くの木々に紛れて観察してたら、気配を察知されたようだ。本気で襲いかかってくるカーミラに少しビビりながら、俺は自慢の駿足で木々の間を器用に駆け抜ける。こういう狭い空間が苦手なカーミラは、もたもたと枝を縫って追いかけてくる。
「もう、枝、じゃま!」
「はぁはぁ……鬼さんこちらよ~!」
「むか! えいやー!!」
「ばっ……あっぶね!!」
全速力で追いかけられない歯がゆさと俺の挑発にイラだったのか、なんと木をバキバキとなぎ倒しながら突撃してきた。すんでのところでカーミラに捕まりそうになるが、間一髪のところで川に飛び込んで難を逃れた。
「ふふふ、潜水なら俺の方がすばしっこいぜ。ずっと水中にいる限り捕まえられんよ」
「はたしてそうかな。吸血鬼だって魔法は使えるけど」
「はっ……や、やべえ!!」
「さむいよ~ごめんね~」
こ、こいつ、川を凍結させてきやがった……!! 危うく氷漬けだ、ゾッとするぜ!!
と、それどころではない。服が濡れて重いが、脱ぐと夜の山の寒さに耐えられない。俺はとにかく火の魔法を自分に当てながら、猛然と山を駆け登った。
しかしそんなながら作業をしながらでは到底カーミラをまく事はできない。とにかく周りになにか使えそうな物はないか。む、あれは……
「うふふ、ゴロったらこんなとこに逃げて。吸血鬼が本気になったら人間が勝てるわけないじゃん、いただきま~す……ぐ、まっず!!」
「かかったなカーミラ!! 野生のギョウジャニンニクだ!!」
「ちょ……シャレになんないよゴロ、ぶぇぇ~ん!!」
「あっごめんなさい」
うっかりニンニクをかじってしまい、カーミラはマジ泣きし始めた。うむー、まさか吸血鬼にここまでニンニクが効くとは。ちなみにギョウジャニンニクとは山菜の一種である。
「ゆ、ゆるさないんだから! この~!!」
「ほへへぇ……勢いよく吸わないでぇ」
「この! この!!」
「あっあっ干からびりゅうぅぅぅぅ!!」
「お、おまえたち、こんな夜中に山奥でなにしてんだ……」
「あ、アグニャ~!」
「チーン」
そこからの記憶が飛んでいて詳しくはわからないが、どうやら気を失った俺をたまたま山へパトロールしに来てたアグニャが介抱してくれたらしい。でもそれ以来、アグニャが変態を見るような目付きをしてる気がするんだよな~。ま、気のせいか!
ゴロ「ところで勝敗はどうなったんだ?」
カーミラ「ニンニクはレギュレーション違反だよ」
ゴロ「いや、氷漬けにしようとするほうが……」
カーミラ「がおー!」
ゴロ「はいはい俺の負けです」