夢侵入、再び
息も絶え絶えになんとかアグニャの部屋まで箱を持ってきた。距離こそ短かったが凄まじい労働量であった。体力に自信のあるアグニャもさすがに一休みしてから仕事に戻るようだ。
「俺のご主人サマのわがままですまんな」
「そういえばお前たちの間柄がよくわからんな。私はてっきりお前が飼い主なのかと」
「まあ色々とあってな……」
アグニャにカーミラと出会って今に至る経緯を適当に話した。最初は亡骸だと思ったこと、実は吸血鬼だとわかったこと、そして俺がギルド長へと引き渡して絶体絶命へ追いやったことも。そんでそのお返しとばかりにうっかり吸血鬼のシモベへとなってしまったことも話した。
「お前もよその国でなんとかやっていたんだな。吸血鬼と出会ったのが運の尽きといったところか」
「この国でカーミラが上手くやっていけるように相方を見つけたらすぐに出てくからさ、それまで少し匿ってくれな」
「お前、また裏切るようなマネをするのか?」
「は?」
「カーミラはお前を本気で……はぁ、このニブちんめ」
なんか勘違いしてるぞアグニャも。カーミラが俺に懐いてるのは記憶を失ってから一緒にいる時間が長いからってだけで、もしもエシャーティ辺りがあの場に一緒にいたとしたら俺に懐くことはなかったはずだ。
「カーミラが懐いてるのは本当にたまたまだ。それに俺なんかよりすぐアグニャの方が仲良くなるぜ」
「お前、なんか卑屈になったな。良い方向にも悪い方向にも変わったのか」
「そりゃ卑屈にもなるよ。訓練生時代からずっと仲が良かった仲間は、今や実戦部隊のトップ。かたや国を追われた大罪人だし」
「お前がそんな愚痴をこぼすような男になってるとは見損なったぞ。以前なら吸血鬼を手懐けたと威張ってたろうに。これなら昔のお前の方が……」
「だからカーミラにふさわしくない」
「めんどくささも加わったか。ダメだなこれは」
付き合ってられんとばかりにアグニャは部屋を出ていった。こんな早朝から動き始めるなんて仕事熱心もいいとこだな。
さて、カーミラも寝ているし少し俺も休んでおこう。今やお偉いさんの端くれとなったアグニャは、執務室の中に仮眠室まであてがわれてるようだ。仮眠室は内側から鍵もかけれるようで、そこに箱入りカーミラを置いてもらった。もしカーミラが起きても大丈夫なように、俺も同じ部屋で寝とこう。
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(ゴロ、ゴロ、きこえますか)
こ、この感覚は……カーミラか?
(わぁ、また成功した。やったやった)
あのね、あんまり夢に入らないでっていったでしょ。
(だって起きたらゴロ寝てるし、知らないお部屋だからどうしようもないし。ふかっふかっ!)
ああそうか、暇だったのか。しかしふかふかまで夢に持ち込んで……外はもうお日さま出てないか?
(そろそろ夜かな。暇だしドラゴンに会いに行こうよ~)
そうだな、じゃ起こしてくれ。なんかカーミラが夢の中に入ってると体の自由が利かないんだよ。
(わかったよ、ふかふかっか!)
…………
「……はっ!! 息できてるよな俺……」
「おはよ、めし」
「あーはいはい、と言いたいがアグニャの物を勝手に食うのもダメだし、かといって買い物もそううかつにはできんしな……」
「そ、そんな!」
まあどうしてもって言うなら俺の血で我慢してもらおう。と思ったが、どうやらその心配は杞憂に終わりそうだった。
「なんだこれ……アグニャより?」
「わぁ、めしいっぱい」
「差し入れか、気が利くな。ありがたくいただこう」
「ゴロ~、これなに」
「ビスケットだよ。兵隊用だから味しないだろうけど」
「ぱりぱり……ごくごく。牛乳と食べるとうまい。この袋に入ってるのは~?」
「ああ、インザジェリー。ストローから中身を吸い出すか、袋を握って食うんだ」
「ちゅうちゅう……意外といっぱい入ってるね」
エシャーティもだが、アグニャも料理はできない。なのでこういう調理の要らない物や備蓄してたものを持ってきてくれたのだろう。
ちなみにエシャーティやアグニャに料理の材料をおまかせで買いにいってもらうと、きゅうりとサンマとケチャップをチョイスしてくるぞ。この絶妙になにも作れない組み合わせを選ぶのはもはや才能だよ、才能。
「ふぅ、以外と食べ応えあった。ごち」
「ごちそうさん、アグニャにあったらお礼を言わなきゃな」
「デカいお姉さん、次から名前で呼んであげる」
「そうしてやれ、結構体格が良いのを気にしてるから」
少し余った食糧は山登りのお供として持っていくことにした。ドラゴンの住んでいる山は魔物もいるので体力も使うだろうし。
カーミラの箱はいったんこの仮眠室に置いておこう。いくらカーミラにとって軽くとも荷物は少ない方がいいし、なによりデカい箱を持ち歩いていては不自然だ。
「よし、じゃ行くとするか。因縁のドラゴンへ会いに」
「せんせ、ふかふかはおやつに入りますか?」
「ふかふかは食べ物じゃないので入りません」
「じゃ一緒にいこ、ふかふか~」
「まったく、遠足じゃないんだけどな」