波乱万丈
というわけでエシャーティの家へ行き、事情を話した。眠そうなエシャーティはいつもより無防備でなんだかそそるな、とか思ってたらカーミラに咬まれた。イタきもちいい~。
「そ、じゃあ今から隣の国にいくのね。でもあそこに行ってもその、大丈夫なの?」
「俺の事なんかみんな忘れてるさ。それで、カーミラを理解してくれる人を探すまでは滞在するかもしれないんだ」
「私の理解者はゴロだけでいいよ~」
「あ~ら懐かれちゃって。でもゴロ、ほんとに気を付けてね。一度捨てた国に顔を出すんだから」
「わかった。それじゃ行ってくる」
「また会おうね~おねえさん」
驚かれるだろうが、今から向かうのは俺が亡命してきた国である。だってこの国は四方を海に囲まれてて、陸続きの隣国はそこしかねえんだもん。俺たちのいる街から港は遠いし、よその国へ出る船は週1くらいの間隔でしか来ないし、そもそも運賃が高いし色々と無理。
「隣の国、危ないの?」
「普通の国さ。でもあっちじゃ俺は大罪人なんだ」
「じゃ、別のとこにしよ」
「ちょっとお邪魔するくらいなら誰も気づかない。他に行くとこもないんだ、行くよ」
「嫌な予感しかしない……」
まったく、これから長いことお世話になるだろう国にそんな事いっても何も良いこと起こらないぞ。言っとくけどその国は住むには不自由しない良い国なんだからな。ただ俺だけは昔いらん事したせいで亡命するハメになったってだけで、完全に自業自得なんだよ。
不安そうにしてるカーミラの機嫌を取りながらの移動だぜ。長い旅路になりそうだ。
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ひとまず今の国を無事に出れて、国境地帯へと到達した。まだ道中は半分ほどである。
「ふぅ、さすがに国を出るとなんだか空気も一味違うな」
「おそと、たのしい~」
「そういえばカーミラ、何か見覚えのある道とか建物はなかったか?」
「全然ない。なんで?」
「いや、何か記憶の断片でもあればなと……」
「ま、そのうち思い出すよ」
「適当だなぁ……お、見ろよ魔物だ」
この辺の道は魔物が野放しである。ただのスライムだが人の通る道路に出てくるということは、人慣れしているだろう。なので多少強いかもしれない。
「きゃ~こわい」
「棒読みだぞ。ま、たまには男らしいとこ見せるか」
「ギャピース!!」
まあシモベなんだしご主人様のために戦うのも当然、というか吸血鬼とはいえ女の子に戦ってもらうのは気が引けるしな。
やっすいヘッポコな長剣を構え、スライムの動きを伺う。俊敏に左右にスライディングし、狙いの定めにくい動きをしている。俺がジッとスライムを見てると、痺れを切らしたスライムは突進してきた。速いぞ、コイツ!
「ギャッピ!」
「ずわっしゃぁ~い!!」
「ギャギャ!」
猛烈な突進を長剣でなぎ払うも、スライムは引き締まった筋肉のように固くて、効いてはいるがさほどダメージが通っていない。ブルルンと力強く身を震わせ、今度は飛び上がった。のしかかるつもりのようだ!
「ホギャース!」
「下がガラ空きだ、あついぞー」
「ボギャァ」
「まほうだ~、すごいすごい」
落下してくるスライムを下から火炙りにすると、デロリととろけて地面に染み込んでいってしまった。その様子を見てたカーミラはきゃっきゃとはしゃいでいる。
「ま、こんなもんだよ」
「けっこう強い」
「生きるのに不自由しない程度だけどな」
「それで十分じゃないの」
「そうだな、要らんことしないなら十分だな」
例えば、出来もしないドラゴン討伐を大見得きって引き受けたりしないなら、俺くらいの実力でも十分生きていけるだろう。そう、ドラゴンとかと戦わないならな……
「ドラゴンなぁ……」
「ドラゴン? なにそれ」
「あ、ごめん、ぼんやりしてた」
「ドラゴン……ドラゴン?」
「あんま連呼しないでくれ、嫌な思い出が甦るんだ、その名前は」
「ドラゴン、どこかで聞いたような」
なんかカーミラも考え事をし始めた。二人で暗い夜道をうんうん唸りながら進んでいく。しかし今の俺たち、端から見ると唸りながら深夜徘徊する不審者そのものだな。魔物すら寄りつかない空気をまとっているぜ。
そんな感じでぼんやり歩いてたら、なんと隣の国へと着いてしまった。まだ心の準備とかできてないのに!
「何者だ、止まれぃ」
「旅をしている者です!」
「おなじくタビです!」
「そうか」
俺の言葉を少し不完全に復唱するカーミラを見て、少し門番は怪しそうにしていたが、難なく通れそうな感じだ。よしよし、もう俺の顔は忘れ去られてるな……
「……む、おまえはどこかで見たような」
「え!? 気のせいですがな、オイラぁ田舎っぺですじゃぁ」
「ああ~!! 思い出した、お前は国家大規模詐欺罪で長年探し続けてたゴロだ!」
「ど、どうするゴロ」
「ええい、逃げるぞ!」
「待たんかいドアホー!」
嫌な予感するって言ったじゃん、とふてくされながらもカーミラはとてとてと俺の逃げ足に難なく着いてきている。俺の一番の才能は逃げ足だが、それに涼しい顔でついてこれるとは流石だな。てっきり体力なさそうだから翼で飛びながらついてくるかと思った(偏見)
が、なんと体力がないのは俺だったようだ。駿足を誇る俺の脚力は、平穏な暮らしのツケが回ってきたようだ。そう、体力の衰えである。この若さで……
「こいつめ、よくものうのうと入国しようと思ったものだ!」
「あ~れ~、カーミラ、俺を置いて逃げろ~」
「も~、なにしてんの。やる? やっちゃう?」
「あれま、戻ってきたの。まあいい、とりあえずこいつらの言うとおりにしとこう。余計な面倒は避けるぞ」
「何を談合している! 貴様ら二人とも騎士団長様に突き出してやる」
かくして俺たちは門番どもに引っ捕らえてしまったのであった。波瀾万丈な囚人生活の幕開けだな!