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平凡ないつもの日常


 とある事情でこの国に亡命してきた俺は、前の国での失敗や未練などをスッパリ忘れ、反省し、平和なこの国でなんとか生活していた。最強ではないけど、不自由はしない程度の実力。イケメンではないけど、第一印象でマイナスは与えない顔。決してでしゃばる事の許されない人物像だということを、今度はしっかりと胸に刻み生きることにした。

 主役はきっと他にいる。俺は常々それを意識し謙虚に慎ましく、人畜無害をモットーにこっちではやっていこうと決心して日々を過ごしていた。


「なーにぼんやりしてんの、ゴロ!」

「あ、エシャーティ。ほら、お魚」

「あら今日は釣りしてたのね、本業はほったらかしにして」

「いらないならあげない」

「いるいる~。ありがとね!」


 しかしひっそりと暮らしていても、俺に親しげに接してくれる美少女が現れるものなのだ。

 彼女の性格に比例するように目立つ金髪に、スレンダーだが出るとこはちゃっかり主張している男殺しな体躯、そしてつかみ所が無いのに隙が見え隠れする性格で、とにかく魅力にあふれたこの女の名はエシャーティ。


「あんた今月まだギルドに行ってないでしょ」

「あそこは苦手」

「ダメだよそう言っちゃ。ますますギルド長様にご迷惑をかけちゃうわ」

「エシャーティがそういうなら……」


 俺はそのギルド長ってやつが嫌いで、一応所属している事になってるギルドに顔を出したくないんだよな。しかしそんな駄々をこねて俺の上官であるエシャーティにまで迷惑をかけるのはよくない。仕方がないので、久しぶりに安物の剣を手にギルドへ出向することにした。


「あんたやっぱ釣竿とか持つより、剣持ってるほうがサマになるよ」

「気が重いだけだよ、こんなの持ったって」

「そう? あたしは訓練でカカシを叩くだけでも気分爽快になるけどなー。えいえーい!」


 ぶんぶぶんぶと歩きながら素振りを披露するエシャーティ。その動きは一見無造作に見えるが、いきなり俺ごときが彼女に奇襲をしかけても返り討ちになるのは明らかなほど隙の無い動作だ。

 しかし、しかしだ、全方位からの攻撃に対応できる動きをしているくせに、よりによってスカートだけは無防備にヒラヒラしているんだ。そんなことには気づいていないようで、見えるか見えないかまるで男を挑発するスカートにばかり目がいく。ああ、なんて男だ俺は。


「ふぅ、いつの間にか着いたね……あ、またボーッとして!」

「ち、ちがうんだこれは」

「なに言ってるの、さっさと入るわよ」


 今月もここへ来てしまった。ここは戦闘集団のギルドです、といえば無法者や荒くれものが多そうだが、実際は気のいい者しかいない。亡命したはいいが行き倒れてしまった俺は、エシャーティに救われここへと運ばれた。頼るアテのない俺にエシャーティをはじめとして多くの人が目をかけてくれた。


「お、ゴロじゃねえか。昔みたいにたまにはギルドのみんなと雑魚寝しようぜ!」

「遠慮しとくよ、あ、これ手みやげ」

「うひょー、魚! ありがとよ!」

「じゃあギルド長に会うからまた後でね」

「おう!」


 こんな風に明瞭快活なやつらであふれかえってる。実に居心地のいいところなのだ。


「……あ、ギルド長様がいるわよゴロ!」

「そうみたいだね」

「わーい、ギルさま~!!」


 急にパァァっと笑顔になり、タッタッタと無邪気に俺の嫌いなあいつへと駆け寄っていくエシャーティ。決して俺に向けられる事のない、屈託のない笑みにとてもご機嫌そうな声音であいつの気を引こうと俺の元から離れていく。


「ほほーう、これはこれは我がギルド屈指のアイドルと……ザコAか」

「ご無沙汰してます、ギルド長」

「はっ。なんとか言い返したらどうだ、金魚のフンめ」

「身分もない身を拾っていただいた恩がありますから」

「ふん、なぜお前なぞにエシャーティが気をかけるか不思議でたまらない」


 ボソリと俺にだけしか聞こえない声でこいつは言ってくる。そして俺に耳打ちをするこいつに、エシャーティはキャアキャアと乙女な声を出す。


「あたしも混ぜてください、ねえ、ねーえ!!」

「ははは、スソを引っ張らないでくれ……おいお前いつまでいるんだ?」

「今月まだ顔だしてなかったので」

「ああそうだったか。ではこの誰もやりたがらない仕事でも始末してこい」

「いいなぁ~ギルさま直々にお仕事もらえて!」


 もう長いこと放置されてたであろうクシャクシャの紙をポイッと投げてよこしてくる。内容は近場の遺跡の整備。この遺跡はあまり強い魔物も出ずアクセスもいいので、ギルドが所有権を引き取りまだ経験の浅いギルド員や冒険者たちの修練の場として整備すると書いてある。


 安心して使えるよう崩れそうな床や壁に手を入れたり、気が向いたら適当なとこにポーションとか置いたりする作業になりそうだな。


「永遠にその仕事をし続けててもいいんだが」

「ね、どんなお仕事なの?」

「なんでもいいでしょ、でも俺にぴったりな仕事」

「へぇ~、ギルさまの仕事の割り振りは正確だもんね。んふふ、ギルさま~」


 これでいい、これで。俺じゃなくてあいつが主役なんだ。エシャーティももう俺に用は無くなり、あいつにスリスリとほおずりしながら去っていった。決して俺にはしてこない、とても幸せそうな表情をして。


(あいつに嫉妬心が湧くのが自分でも分かるぞ。エシャーティは俺がこんなに惨めな気分になってるとか、全然知る由もないだろうな)


 いつかはきっと、俺だってきっと……そんな甘い考えが俺を一度破滅に追いやったじゃないか。


 さあ気分を変えて仕事だ仕事。夢を追いかけ立ち上がり始めた新米たちのため、荒れた遺跡を安心して使える初心者用ダンジョンへと仕上げてやろうじゃないか。


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