第八話 予感
「父上?」
父がこれほどまでに大きな声を出したことを、スオウは知らなかった。
しかし、純正のヒュームだとしたら、誰もが驚かずにはおれないだろう。それは、この惑星の誰もが、何世紀も恋い焦がれてきた存在だ。
もっとも神に近い存在。最も尊い生き物。
それが、この世界における人間。
「真実であれば、すぐさま王にご報告申し上げないといけないな。だが。」
ギュスターヴは彼から目をそらして、施設長を睨んだ。
「真実であればな。」
「事実関係は鋭意調査中です。執務室に、彼に関する資料がございますので、どうぞ。」
「聞こう。」
ギュスターヴと施設長は執務室へと歩いていくが、スオウはなかなか、その場を離れることができなかった。
「ささ、お嬢様も。」
気づいた施設長に促されたが、ギュスターヴが制した。
「いや、良い。子供にはつまらない話だろう。あいつが義人に興味を持つのは珍しい。飽きたら追いかけて来るといい」
「いいえ、私も執務室へ行きますわ。彼に興味を持ちましたので。私も来歴を知りたいです。」
「そうか」
「では、お嬢様もこちらへ。」
執務室で施設長に説明された話は、スオウの期待に反してひどくつまらないものだった。
曰く、彼は東方の交易商人が偶然盗賊団から買い取った品らしい。だが、いくら聞いても盗賊団は彼をどこから連れてきたのか、その来歴を教えてはくれなかったそうだ。あまりにしつこく聞くと、今度は自分が殺されることを恐れた商人は、そこまで深い情報を彼らから引き出すことはできなかった。
だが。
「ではなぜ、あの者が地球から来たなどと言うのだ? 根拠は?」
「あのカプセルでございます。あの少年が入っているカプセルは、開けることができません。彼も眠ってい
るだけで、死んでるようには見えませんが、どうやって生命を維持してるのか、仕組みを説明できないのです」
「失われた古代の技術か」
地球から脱出する際に、人類は多くの近代文明の遺産を地球に残さざるおえなかったと、授業で習ったことをスオウは思い出した。それほどまでに、地球脱出は緊急手段だつたのだろう。今、この国で使われている技術もの多くは、地球から持ち出した化学文明を独自に発展させたものだ。
「確かに。あんな装置は見たことがない。それにあの者の見た目も、人間そのものだった。顔しか見えないがな。」
「はい。あのカプセルの仕組みも、今後調査させます。」
「国王様に良いご報告ができれば良いがな。最近、良質のヒュームが捕獲できておらんからな。」
ギュスターヴはテーブルを拳で叩いた。トカゲ所長がビクッと飛び上がる。
「そうですね・・・。ヒト型のヒュームは最近ますます数を減らしておりますゆえ、供給もままならない状態にございます。」
「王族が欲した時に、より良い体を提供するのが我らの役目だ。方法を考えねばな。」
ギュスターヴはちらりとスオウを見た。
「最近、この施設におるのは亜人まがいのヒュームばかりだ。猫耳のヒュームは、一部の若い貴族から人気がありはするが、王属にそのような体は似合わぬ。より人間に近い体を持ってこそ、この国を統べる者にふさわしい。」
「おっしゃる通りでございます。」
確かに、最近、ますますヒュームの数が減っていると言う噂はスオウも知っていた。スオウの通う帝国高校は、王侯貴族や金持ちの商人の子供しか通えない特権階級のための学校だ。それゆえ、エルフやドワーフなどヒト型の生徒が多い。だが、所長のような爬虫類の亜人や、犬や猫の亜人も多数通っている。それもそうだ。国の人口でいうと、人と亜人の割合は一対九ほども違う。一部な保守的な層を除いては、わざと亜人の体を選択する貴族も少なくない。亜人の方がヒュームよりも身体能力が高い個体が多いのだから、スオウにもその気持ちはわかる。それに可愛い。うさみみや猫耳の同級生を見ていると、自分にも耳が生えていたらいいのになとか、思わないこともない。でも、スオウは誰かの体を乗っ取ってまで長生きする気はない。寿命がきたら、潔く死のうと思う。それが、生き物の正しい在り方だ。
ギュスターヴの考えは古い。だが、何世代も体を乗り換えて行きて来た老獪を説得する言葉を、スオウは持ち合わせてはいない。
ギュスターヴと所長が、施設の運営に関する事務的な話に移ったので、つまらなくなりスオウは部屋を出て、こっそりと彼が展示されている部屋に戻った。看守室から盗んだ牢の鍵を開けて、彼の入ったカプセルの前に立つ。
予感がしてたのだ。
彼は、生きている。
そして、目覚めている。
なぜかはわからないが、そう感じだ。
彼に警戒されないように、そっとカプセルまで近寄る。しゃがんで、カプセルの真正面まで移動する。彼には見えていないはずだ。
まるで、鬼に見つからないようにかくれんぼをしている子供の気分だ。
「ふぅ」息を吐いて、一気に立ち上がってカプセルの中を覗き込む。
ね。
ほら、やっぱり。
彼は目覚めていた。