表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

第七話 その子

 その子を初めて見た日のことを、スオウははっきりと覚えている。

 

 いつものように父に連れられて訪れた、義人販売店。貴族たちが、自分の精神を移植する新しい肉体を手に入れるために通うその店の一角に、彼が入ったカプセルは置かれていた。


 高値で売れるように綺麗な服を着せられ、机と椅子とベッドが置かれた四畳ほどのガラス張りの檻の中で、義人たちはただ、貴族に選ばれるその日を待つ。


 多くの義人にとっては、それはそれまで暮らしていた下界には比べ物にならないほど整った環境だ。それでも、いつ他人に体を乗っ取られて死ぬやもしれない恐怖は、確実に彼らを蝕んでいる。義人たちの怯えた目ばかり見慣れていた中での、彼の存在感は異色だった。


 体から精神を無理やり引き抜かれる感触。想像しただけでゾッとする。怖い。この国の王侯貴族は何百年もそうやって生きながらえてきた。もう自分が何歳かなんてわかっていないものがほとんどだ。


 貴族たちは自分の体が年老うと、体から脳を取り出して、気に入った新しい体に移植する。義人にもともと入っていた脳がどこに行くのかスオウは知らないが、これも高値で取引されているらしいと噂を聞いたことがあるので、何か使い道があるのだろう。知りたくもないが。


 彼らは生きている。故に、それぞれに家族や、失いたくない大切な人がいる。だが、この店に売られて来てしまった以上、彼らは貴族の体となるモノ以外の何物でもなくなる。故に、義人とあだ名される。


 ガラスの向こう側の彼は、見慣れないカプセルに入って眠っていた。カプセルは彼より一回り大きいくらいのもので、顔の部分以外は金属に覆われていた。まるで棺のようだ。客に見えやすいように立てられているので、立って眠っているように見える。それほどまでに彼の顔は生気に満ちていた。


 スオウは初めて見た日から、彼のことが気に入った。


 理由はわからない。ただ、何か、惹かれるものがあった。


 彼以外のこの施設の全てが、スオウは嫌いだった。この新しい時代の人身売買制度を、スオウはどうしても好きになれなかった。貴族である父親が、王から特権としてこの施設の運営を任せられていることも、その莫大な売り上げで自分の恵まれた環境があることも理解はしていた。この無駄にきらびやかなドレスも、毎日の贅沢な食事も、学校で友と語らう時間でさえ、全てがこの店での売り上げによってもたらされている。自分にはそれを変える力がない。それが歯がゆい。


 いつものように父に連れられ義人店を訪れていたスオウは彼を見つけ、思わず足を止めた。入り口で施設長に恭しく挨拶をされ、世間話をしながら応接室に向かっている途中のことだ。


「父上。この者はどなたでしょうか」


 スオウの呼びかけに、父ギュスターヴも足を止めた。彼は国王の右腕として恐れられる、この国の財務の最高権力者である。


「確かに、珍しいヒュームだな」


 ギュスターヴは低く唸るように言うと、説明しろと言いたげに、隣に立つ施設長を睨む。施設長はトカゲの亜人だ。長身のギュスターヴに睨めつけられた彼は、まさしく、蛇に睨まれたカエルのように震えた。


「はいっ」


 施設長は、ビクッとして額の汗を拭った。


「彼は東方の国から交易商人を通じて輸入したヒュームでして、、、」


 施設長はそこで言葉を濁し、おずおずとギュスターヴを見上げた。


「この後、執務室でご報告をと考えていたのですが、実は彼は、、、来歴はまだ調査中なのですが、もしかすると、純正のヒュームかもしれないと、研究チームから報告が上がっております。」


「純正のヒューム!?」


 スオウは思わず声をあげた。


「それってつまり・・・」


「本物の地球人と言うことか!」


 ギュスターヴは感慨深げに右の眉を釣り上げる。その目は驚いて目が大きく見開かれたが、次の瞬間にはいつもの、鋭い眼光に戻った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ