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楽しいを知る1

 



「海へ行こう」


 ある日の休日のティータイム、ウルリクが突然にそんなことを口にした。


 最近のウルリクは、以前よりも心なしか口数が増えたようにイェシカは思っていた。自分の気持ちを言葉にすることはないのだが、それ以外の部分で。

 イェシカの言葉に返事をするのが10回に1回だったのが、5回に1回になり、あろうことかウルリクから話しかけてくることも増えた。

 そのウルリクの言葉は簡潔過ぎて、周りから聞けば急に何故そんなことを言い出したのかと訝しがられそうなものなのだが。

 今回も、海に行こうというだけで具体的な理由の説明もない。今から?それともいつ?何処の海に?何をしに?

 そんな疑問が浮かんできそうなものだ。

 しかし、イェシカは口に運んでいたティーカップを音を立てずにソーサーに戻すと、ウルリクににっこりと微笑んだ。


「新婚旅行ですね。楽しみです」


 ウルリクとイェシカは結婚してから機会が無く、まだ1度も二人で遠出したことがなかった。

 そして、二人で出掛けたいと思っていたウルリクは意を決して、イェシカに旅行を提案した。これは、紛れもない新婚旅行だなあ、嬉しいなあと思って。


 そんなそわそわしたウルリクの心の中を聞いていたイェシカは、ウルリクの簡潔的過ぎる言葉の意図が分かっていた。

 彼の楽しみだという気持ちも伝わってきた。

 イェシカ自身は、新婚旅行というものにそれほど興味を持っていなかったが、彼が楽しんでくれるなら、それは行くべきだとも思った。世間的にも、新婚旅行は一般的であるし。

 大好きな彼が楽しいと思うなら、それは良いことだ。


 そう思って、行くならどこの海がいいか、いつくらいに行くのか、などを話し始めると、イェシカがどう思うか少し不安がっていたウルリクの心は、ぱっとさらにわくわくしたものになった。

 そんな感情が伝わってくる。

 イェシカは、その心地良い感覚に心が温かくなり、やっぱり自分はこの人が好きだなあ、と思った。




 イェシカはウルリクと抱きしめ合ったあの夜から、ウルリクを好きだという感情をずっと感じていた。

 消えることのないこの感覚は、まごうこと無く自分の感情なんだと、どんどんと胸に沈み込んで行くようだった。

 心を忘れてしまった自分に再び戻ってきたそんな大切な感情。

 しかし、それ以外の感情は今までと同様に感じることは無かった。


 今でも、他の感情、喜怒哀楽というものは分からない。

 自分の中には湧いてこない。

 それでも、まあそれはそれで別に良いか、とイェシカはそれほど気にしていなかった。

 イェシカが感じられない気持ちはウルリクが代わりに十分過ぎるほどに感じて、それをイェシカに伝えてくれるから。

 それに、胸が満たされるようなこの“ウルリクが好き”という気持ちを持っているだけでも、イェシカは満足していた。


 色々と計画を立て、結局、新婚旅行は結婚から半年後の時期に2泊ほどオークランス家の海辺の別荘に行くことになった。

 新婚旅行としては大分ささやかなものになったが、ウルリクもイェシカも人混みは苦手なので、のんびり出来そうなこの計画に落ち着いた。


 ウルリクは旅行当日までずっとその日を心待ちにして、準備しすぎではないかと思うほど色々な物を用意していた。

 相変わらずの無表情ぶりではあるが、心の声が聞こえるイェシカでなくとも、見て分かるのではないかというほどの浮かれ具合だった。


(レンズに色の付いたあの丸いメガネ。ウルリク様は本当にかけるのかしら?)


 ウルリクの用意する物を見ながらイェシカはたびたびそんなことを思った。

 イェシカも旅行など、うんと小さい頃に両親に連れて行ってもらった事しかなく、勝手が分からなかった。

 恐らくウルリクもそうなのだろう。

 いるかいらないかよく分からないものまで用意して、鞄がぱんぱんになるまで詰め込んでいた。

 ウルリクは意外と子供っぽいところが多々ある。

 ウルリクのそんなところも、イェシカは好きだった。


「海で食べられそうなお菓子も持って行きましょうか。海を見ながら食べれば、きっとさらに美味しくなりそうですね」


 荷物を用意しすぎて、鞄に収めきれずに悪戦苦闘しているウルリクに対して、イェシカがそう声をかけると、ウルリクの心はまた一段と、ぱあっと明るくなるのだった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 無表情魔術師にわんこの耳としっぽをつけてあげたい。
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