愛を知る3【side Ulrik】
ウルリクの王宮魔術師としての仕事は主に鍛錬と魔術研究。
騎士などとは違いそれほど集団で動いているわけではない。個としての能力を高め、個としての成果を要求される。そんな傾向が強い。
とはいえ、全てのことが一人仕事というわけではなく、時には他の魔術師と合同で訓練したり、仕事をすることもあった。ウルリクはその割合が少ないのだが、それは彼の能力の高さから出世し、特別王宮魔術師という立場に就いているからでもあった。
その立場を幸いに、ウルリクは王宮でも学生時代と同じように鍛錬と研究に没頭していた。誤解されやすく、他人から恐れられているウルリクはあまり人と関わらなくて済むこの立場に満足していた。
しかし、学生時代と違うところは、それだけをしていればいいわけではないところ。学院の行事はサボりまくっていたウルリクだったが、気が乗らないからといってさすがに王宮の他の業務はサボれない。
月に1度開かれる特別定例会議に、特別王宮魔術師という高い役職に就いてしまったウルリクには出席義務が課されていた。
無口なウルリクも何も話さないというわけではない。仕事である以上、必要なことは口に出す。だがそれも、最適解を瞬時に判断して口に出すだけで、無駄口は一切叩かない。
それに、その最適解はいつも状況等から判断したもので自分の感情は一切含まない。だから、話すことができた。
それでも、会議に出席したところで、ウルリクはほとんど何も喋らない。その会議自体がウルリクが発言しなくてもかまわない、魔術以外の話題だったりするからだ。そんな会議にも参加しなくてはいけない上職というものは、こういうところが面倒くさいとウルリクは思っていた。
「いやはや、西の大戦では本当に多くの戦果を得られたものですなあ。しかも、あちらの被害は甚大だったというのに、こちらの被害は僅か。これも、オークランス殿のおかげですなあ」
会議室の椅子はいつ座ってもふかふかで、この椅子にずっと座っていてもお尻が痛くなることはなさそうだ、さすが王宮。それに、こんな最高級の椅子を作る椅子職人の技術もすごいものだなあ。でも、そのせいでずっと座っていることが苦にならないから会議は長くなるんじゃないだろうか。そうだとしたら、この素晴らしい技術も考えものだなあ。でも、ほんとうにすごいなあ………などと、ウルリクが会議を聞き流しながらぼーっと考えていた時、急に会議の話の方向がウルリクに向いた。
そしてそれは、つまらない会議にただじっと座っているよりも、ウルリクにとっては好ましくないことだった。
「ええ、オークランス殿がお一人でそうなさったおかげで、我々騎士団の負担は大分減りましたから。我々の力は、魔術師殿には敵いませんよ」
「それに、オークランス殿は決断も早かった。あのように大きな役目を迅速に判断なさる精神力には、目を見張るものがありましたからね」
いつの間にか会議は先の戦争の話になっており、その戦果について次々にウルリクを賞賛するような声を上げ始めた。
ウルリクがその得意とする氷魔法で敵国の一個隊を一瞬で壊滅に追い込んだそのことを秀逸だと感嘆する。
ウルリクはそんな自分が中心となり褒められるような状況の中にいても、やはり何も言わない。謙遜した表情も、逆に誇ったような表情も取らない。いつも通りの無表情だ。
だが、仮にウルリクの表情が動くようになったとしても、彼は無表情のままだっただろう。
なぜなら、彼らは本当に言葉通り思って賞賛しているわけではないと、ウルリクは知っていたから。
戦争に参加した騎士達は、口ではウルリクを褒めながら手柄を全て横取りされたと妬んでいる。そんなに名声が欲しいのかとウルリクを罵っていた。
ウルリクにその作戦を伝えた知将は作戦の成功を喜びながら、自分でそれを考えたというのにそんな非道な作戦の遂行を即断したウルリクを、血も涙もない冷血な男だと貶していた。
陰で本人達がそう言っているのを、ウルリクは耳にしていた。
そして、他の者達もその言葉に対して同意的だった。
自分の能力を驕り、それを見せつけ他人を見下す。結果を得るためならどんな非道なことも躊躇わない無慈悲な男。そして、その力は莫大で、次はどんなことをするか分からない化物。
皆、ウルリクを陰ではそんな風に言い、非難し、罵倒し、恐れていた。
至る所で話題になるその話を、ウルリク自身もよく耳にしていた。
氷魔法を使うウルリクが、その氷で自分の心まで凍り漬けにして心を無くした。だからあんな非情なことができるのだと言われていることも、“冷酷魔術師”と呼ばれていることもウルリクは知っていた。
ウルリクは戦争で例の作戦を伝えられた時、瞬時に最適解を出した。仕事だから。
そこに、ウルリクの感情は含まれていない。
ウルリクがそうした方が、これ以上味方への被害が出ないことがウルリクの中で結論づけられたから、作戦を遂行した。
……でも、本当だったらウルリクはそんなことやりたくなかった。
戦争をしている以上、攻めなければ攻め込まれることは分かっている。それでも、人を傷つけることには大きな抵抗があった。
それでも、嫌だと言えない。やりたくないと言えない。他の作戦にしたとしても、その作戦よりは被害が大きくなるだろう。そう考えると逃げ出すことも出来なかった。
そして、ウルリクは作戦を遂行した。国は勝利したが、敵国の多くの人が傷ついた。そのことがとても悲しかった。自分が傷つけたんだと、深い罪悪感に苛まれる。
それを誰にも言えない。言ったところで誰にも分かって貰えない。
誰もウルリクが悲しんでいるとは思ってくれない。
上辺だけとはいえ、周りの者は皆ウルリクの戦果を称える。
ウルリクがしたことは確かに国を勝利に導いた偉業だが、そのことで褒められることがウルリクは辛かった。
今もずっと胸に罪悪感を抱き続けている。
何故引き受けてしまったんだと、他にもっと良い方法があったんじゃないかと後悔し続けている。
そして、悲しみ、苦しみ続けていた。
誰にも知られていないこの気持ちをたった一人で抱えることが辛かった。
ウルリクの心は底のない沼に落ちるように、深く深く沈んでいった。