愛を知る2【side Ulrik】
お見合いは、王都にあるオークランス家で行われた。
「初めまして。イェシカ・ラルセンと申します。お話を頂き、ありがとうございました。本日はよろしくお願い致します」
部屋に通されたイェシカは綺麗な所作で一礼すると、ウルリクに微笑みを向けた。
ウルリクはその笑みを惹かれるように見つめていた。そして、気づく。イェシカはウルリクの視線を受けても、怯える様子がないことに。
いつも皆、初めてウルリクの視線を受ければ、少なからず怯えたような表情を見せる。でも、そんな様子はイェシカには見られなかった。
たっぷりとミルクを注いだ紅茶のような綺麗なライトブラウンの髪は、紅茶だとしたらきっと砂糖もたっぷり入っていて甘そうだとか、優しいピンク色の瞳は宝石みたいできらきらと輝いていて、もっと近くで覗き込んだら目を離したくなくなりそうに美しいんだろうなとか、ウルリクはイェシカを見てそんなことを思った。
もちろん、表情にも態度にも少しも現れてはいないが。
こんな風に女性をまじまじと見て、景色や美術品と同じように感動して言葉に形容するのは失礼なことだろうか。
しかし、そう感じてしまったのだから仕方がない。
ウルリクのイェシカに対する印象がそれだったのだ。本当のことなのだから、思ってしまうのは必然だ。それに、口に出さなければ思うだけは自由だ。
イェシカといる間、ウルリクの心の中は忙しかった。イェシカの言葉、動作一つ一つにウルリクは感動し、好ましく思った。彼女が見たもの、触れたものでさえ、何か特別なものになっているように感じた。そしてそれ全てに、ウルリクは心が動かされ様々なことを感じた。
イェシカは今までに出会ったことのあるどの人間とも違うように感じた。
穏やかな微笑みを崩さない彼女は、神秘の森にある泉の水面のようで波立たずに静かで、そばにいると落ち着いた。
無口で無表情なウルリクに対して、イェシカは何度も話しかけてくれた。
それに対してウルリクはいつも通り最低限の言葉を返すだけであったが、イェシカは嫌な顔1つせず、ウルリクのそばにいてくれた。
イェシカといる時間はウルリクの今まで生きてきた人生の中で、一番に楽しい時間だった。
けれど、イェシカはこんな自分といてもつまらなかっただろう。それでも、笑顔を絶やさずにいてくれる。優しい人だ。素敵な人だ。
結局、イェシカがこのお見合い話を受けたのは何かの間違いだったのか、断り切れなかったのかどうかは分からなかったが、今回のお見合いが上手くいったとは思えない。
こんな素敵な人なんだからきっとウルリクよりももっと良い相手と結婚出来るだろう。きっと、断られる。もう、会うことは出来ないだろう。そう思うと、ウルリクは少し悲しかった。
もう一度だけでいいから、また会って欲しい。
そして、絶対に無理なことだとは分かっているけれど、結婚して欲しい。
イェシカと結婚出来たとしたら嬉しいなあ。
ウルリクはそんなことを思いながら再びイェシカを見て、目が合った時、彼女はまた笑ってくれた。
―――いいですよ
その笑顔がそんな風に言ってくれている気がした。
希望的な思い込みすぎる。そんなことは絶対にないと分かっているのだけれど。
彼女の笑顔を見ると一番美味しいお菓子を食べた時以上に、腹が満たされるような感覚がした。
いつもは色々な表現を持ってして饒舌だった心の声が、急に言葉を失う。
言葉では表現出来ないような初めてのこの気持ち。
これは一体何なのだろうか?
「また、お会いいただけますか?」
そんなことをウルリクが考えていた時、隣のイェシカから信じられない言葉が聞こえてきた。
また?会う?この自分と?
「今日はとても楽しかったです。ありがとうございました。ですので、またお会いできたら嬉しいのですが……」
「……ああ、それではまた機会を設けよう」
礼を述べるイェシカに、ウルリクは必要な言葉だけを返した。
もちろんウルリクも楽しかったし嬉しかったが、そのことは口にせず。
でも心の中は、イェシカの表情よりも明るいものになっていた。
また彼女と会える。彼女がそれを望んでくれた。それが何よりも嬉しかった。
それに、お見合い前にどうせ無理だろうと思いながら想像していたことの半分が叶ってしまった。
イェシカはウルリクを怖がらなかったし、お茶もできたし、庭も歩けた。そして、彼女は楽しいと思ってくれた。
こんな奇跡みたいなことが合って良いものなのだろうか。
だが、この奇跡のような出来事は一度きりで終わらなかった。
イェシカとはその後、何度か食事をしたり話をしたりする機会を設けながら、怖いくらいに順調にトントン拍子で婚約まで進んでいった。
イェシカがどんなに優しくても、無口で無表情な自分にすぐに愛想を尽かしてしまうのではないだろうかと思っていたが、会う度に心を許してくれるような感覚がした。
ウルリクのことを正しく分かってくれているみたいに。
周囲からはむしろ嫌いだと思われていてあまり食べることのなかった甘いお菓子を持ってきてくれて、一緒に食べたり。
ウルリクは好きなのだが、興味がなさそうと思われている美術品だったり名所だったりの話をしてくれたり。
ウルリクが楽しいと思うようなことを、イェシカはいつもしてくれた。
イェシカと過ごす時間は、ウルリクにとってかけがえのないものだった。
イェシカにならウルリクの心の中を言葉にして伝えても、ちゃんと分かってくれるかもしれない。ウルリクは感動するたびに何度もそう思ったが、口から言葉が出ることは一度もなかった。
それでも、何も言わないウルリクとイェシカは一緒に感動してくれた。
ウルリクが口に出せなかった言葉を代弁するように、気持ちを口にした。
まるで、ウルリクの心の中が分かるみたいに。
あり得ないことだ。
でも、あり得ないことだが、もし仮にそんな不思議なことがあったとしても、そのことは全く嫌ではなかった。
むしろ、嬉しい。喜ばしいことだ。
自分では伝えられないこの気持ちを誤解なく正確に知って貰えたら。
それは、ウルリクが何よりも望んでいることなのだから。
そして、出会ってから1年。
ウルリクとイェシカは婚姻を結んだ。