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伝えたいを知る3【side Ulrik】

 



 イェシカが心の声を聞こえなくなって、もうすぐひと月が経とうとしていた。

 部屋からは出てくるようになったイェシカではあったが、最初の頃はまだ変わった世界に慣れなかった。

 他人を見る度びくりと怯え、人目を気にしているようでもあった。

 それもしかたがないと思う。

 イェシカの中での変化は、今まで生きてきた世界とは全く別の世界といってもいいほどの変化なのだから。

 それでもイェシカは唯一、ウルリクがそばに来た時だけはほっと気を緩めてくれた。


 ウルリクはそのことを嬉しいと思ってしまったが、すぐに心の中でかぶりを振った。

 イェシカがウルリクしか頼れないほど不安定な状態なのだから自分が支えないと。

 そう思い直した。

 イェシカがなるべく使用人と鉢合わせないように手配し、ウルリクが屋敷にいる時にはなるべくイェシカのそばを離れないようにした。

 そして、夜は再び寝室を共にするようになったが、眠る前の話は主にウルリクがするようになった。

 ウルリクは、自分のたどたどしく伝わりにくい話などイェシカに聞かせるのはどうかとも思ったが、イェシカがウルリクに話を強請ったのだった。

 それに、ウルリク自身も自分が感じたことを伝えて、イェシカも少しでも同じ気持ちになって気が晴れれば、と思った。

 イェシカに元気になってもらえるように楽しかった事を話した。感動したことを話した。

 そして、イェシカを好きだということを何度も伝えた。


 そんな日々を過ごしているうちに、イェシカはだんだんと回復していった。周りの世界を時間と共に受け入れ始めていた。

 使用人とも顔を合わせることは普通に出来るようになってきた。

 それでも、他人がいることに気を張って、疲労の色が見える。

 イェシカにとって、完全な休息が必要だった。


「イェシカ……この前に言っていた湖の近くのコテージへ、2人だけで行かないか?使用人を連れて行かないで」


 それならイェシカも気を張らなくて済む。

 森の中にあるコテージなら、周りには他に人がいることもないだろうから。

 だけど、使用人を連れて行かないとなると少し不便なところもあるかも知れない。

 ウルリクには長期遠征の経験もあるから生活する分には困らないと思うが、普段通りとはいかないだろう。

 それでも、イェシカが平気なら自分はそうしたいと思っている。


 そういったことを全部伝えた。

 随分と時間が掛かり、無駄な部分も多くあったと思うがウルリクは全部話した。

 そんな時いつも、イェシカは口を挟むことなく、じっと黙ってウルリクの話を聞いてくれている。

 イェシカがそんな風だから、ウルリクは自分の言葉で思ったことを全部伝えられるのだ。

 そして、自分で思うのも何だが、ウルリクは前よりも人に言葉で伝えるのが少し上手くなったような気がしていた。


「はい。それは素敵な提案ですね。私はウルリク様がいてくれれば、どんなところでも大丈夫ですから。2人だけの旅行楽しみです」

「そう言ってくれて嬉しい。俺もとても楽しみだ」


 笑みを向けてそう言ってくれたイェシカに、ウルリクは言葉で気持ちを伝えた。




 ***




 コテージの滞在は、思っていたよりも順調に過ごすことが出来た。

 貴族の令嬢であるイェシカだが、想像以上に料理ができた。料理人顔負けといったもいいほど美味しかった。

 そのことをすごいと褒めると、イェシカは複雑そうな顔をして実は……と話しだした。

 料理人には自分だけの独自の秘密レシピが存在する。そのレシピが美味しさの秘訣なのだが、心の声が聞こえたイェシカは料理人が心の中で唱えていたそのレシピをいつの間にか覚えてしまっていたのだといった。

 レシピを盗んだ様で褒めてもらうようなことではないと、それでもウルリクに少しでも美味しいものを食べてもらいたかったと、イェシカは料理を作ったといった。


 なるほど。確かにそれは盗作のようなものになるのかもしれない。

 だが、こうやって2人にだけ作る分には良いのではないかとウルリクは思った。

 他の誰にも秘密で2人だけの時だったら。

 それに、レシピを知っていたとしてもこんなに美味しく調理出来るのは、やっぱりすごいことだと思う。イェシカの手料理が味わえることも嬉しかった。


「これからも、俺だけに作って」


 イェシカにウルリクのそんな考えを伝えた。

 そして、イェシカがそういうものだろうかと納得しかけた時、ついでというようにそんなお願いをした。


 ウルリクは休暇を1週間ほど取っている。コテージにはその1週間まるまる滞在する予定だ。

 だが、ウルリクは休暇が終わってもこのままここに住み続けても良いのではないかと思い始めていた。わりと本気で。

 自分たちで食べる物を捕ってきて調理して食し、片付けをする。自分で着替え、洗濯し、掃除をする。

 そんな慎ましやかな生活がウルリクには合っているようだった。

 そして、イェシカもここに来てから目に見えて安定しているのだ。

 庭のスペースの一部に菜園でも作って採れたての野菜を囓ったら美味しそうだな、などとぼうっと外を眺めていたら、イェシカが隣から窓を覗いた。

 何を見ていたのですか、と聞かれたので、今考えていたことをそのまま話したら、イェシカは笑ってくれた。




 今日は天気が良いから、とイェシカが作ってくれたお弁当を持って湖の畔に腰を下ろし、外で昼食を取ることにした。

 もうすぐ冬に入る寒い時期ではあるが、太陽の光があるとぽかぽかと暖かかった。

 澄んだ空気の中、きらきらと光る湖を眺めながら2人で美味しいね、とサンドイッチを食べていると、後ろの草むらがガサガサと音を立てた。


「まあ!」


 魔獣か何かかと思い警戒して様子を伺っていると、姿を見せたのは可愛らしいウサギの魔獣だった。

 魔ウサギといい、魔力を持っているが攻撃力はなく大人しい危険のない魔獣だ。

 とことことこちらへと近づいて来た。普通は警戒心が強いはずだが、食べ物の匂いに釣られてやってきたのかもしれない。

 イェシカとウルリクは顔を見合わせてから、お弁当をおすそ分けしてあげた。

 キュウ、と嬉しそうに鳴くと、魔ウサギはあげた葉っぱをくわえて、再び草むらの中へと帰って行った。


「可愛らしいウサギでしたね」

「ああ。それに珍しい種類だ。滅多に見る事ができなくて、姿を見ると幸福が訪れると言われている」

「まあ!それでは、何か良いことが起きるかもしれませんね」


 イェシカが嬉しそうに魔ウサギの消えていった方向を見つめた。

 幸福を運ぶ魔ウサギ。

 どんな幸福を運んでくれるのだろうか。

 そんなことを考えながら、でも……とウルリクは思った。

 ウルリクが何か言おうとしていることを察したのか、イェシカがウルリクの方を振り返った。


「何か良いことが起こるかもしれないけど……俺はもう幸せだ。イェシカがいるだけで幸せなんだ」

「私もです」


 何度も思って何度もイェシカに伝えた言葉。

 それでも、伝える必要がないとは思わない。

 思った時には何度だって伝え続ける。そう決めた。

 そして、いつも、イェシカも笑って同じ言葉をくれるのだった。




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