伝えたいを知る1【side Ulrik】
「はい。伝わっています。そう思って頂けて嬉しいです」
イェシカがそんな言葉をくれた。
本当に伝わっているんだ。嬉しい。こんなに嬉しいことはない。
だって、ずっと伝わって欲しいと思っていたから。
そう思ったウルリクに対してイェシカはさらに深い笑みを向けてくれたから、この嬉しいという気持ちも伝わったんだろうなともっと嬉しくなった。
外から内へは滞りなく流れていくのに、内から外へは何処かに詰まりがあるように停滞する。
ウルリクにとって感情は言葉はそんな流れのようなものだった。
ウルリクの感受性は人より何倍も豊かでそのために、人より色々なことを感じとれる。
それは言葉一言で表せるような気持ちではないことも多い。だから、言葉では人に正確にウルリクの気持ちを理解してもらうことは出来なかった。
それでも、この気持ちを誰かと共有したかった。
誰かに分かってもらいたかった。
何に変えたとしても。
でも、そんな方法は無かったから諦めた。
言葉にするのを、伝えようと思うことをやめた。
本当は心の何処かでずっと分かって欲しいと思っていたのだけれど。
だから、イェシカがウルリクの気持ちを分かると言った時、夢なんじゃないかと疑った。
自分の願望が強すぎて、幻聴が聞こえてきたのではないかと思ってしまった。
そんなことはなくて、全部現実だったけど。
ウルリクは夢見つつな感覚から、やっとこれが現実のことなんだと実感した。
そっかあ。そうだったのか。
嬉しい気持ち。安堵する気持ち。驚いた気持ち。そしてやっぱり嬉しい気持ち。
そんな気持ちがウルリクの中にあった。
でも、そうか。イェシカがそんな力を持っているというなら………
「イェシカは精霊の加護持ちだったんだな」
「………精霊の加護、ですか?」
ウルリクが何気なく零した言葉に、イェシカが初めて聞いたというように首を傾げた。
もしかして、イェシカは自分の能力のことをよく知らないのだろうか。そうかもしれない。
このことは、魔術師のウルリクだから知っていることで、魔術を学ばない者にとっては知るよしもない話だから。
魔術とは、体内にある魔力を用いて火をおこす、水を湧き出すなどの現象を生じさせるもの。
そしてそれは、魔力の人間が出来ることであり、その人間を魔術師という。
しかし、魔術師以外にも魔術を使える存在があり、その存在が精霊と言われている。
言われているというのは、実際に精霊を目にした者はおらず、お伽噺で語られるのみの存在だからだ。
それでも、精霊がいるとしか考えられない事象が多く報告されているので、魔術師は概ね皆、精霊を信じている。
そして精霊が魔術を使う時には魔術師と違って自分の魔力を使うのではなく、大気中の魔素を利用する。
そのため、魔術師には使えないような魔術も使える。その代わり、1人の精霊に対して1つの魔術しか使えないのだが。
その1つが精神系の魔術で、イェシカの“心の声が聞こえる”というのも、それに当てはまる。
そして、精霊の加護がある人間にもその力が使える。
だから、イェシカが精霊の加護持ちだと思ったのだと、ウルリクはイェシカに丁寧に説明した。
事実を説明することはウルリクにだって出来る。
言い方が良くないことは多々あるが。
それに、今はイェシカがウルリクの言葉が足りないところも、しっかりと受け取ってくれるから。
こんなにも意思疎通が出来たと思えるのは生まれて初めてかもしれない。
ウルリクが軽く感動を覚えていると、イェシカが再び疑問を口にした。
「精霊の加護を持つ人は多くいるのですか?」
「あまり……いや、ほとんどいないな。加護持ちの人間は数えるほどしかいない。イェシカと同じ加護を持った人間は見たことがない」
(加護持ちはその希少さから見つかると王宮に保護されるくらいだからな。優遇はされるが、あまり自由はないようだし……それに、精神系の加護持ちは、諜報・裏工作などの陰の部隊に配属されているという噂もあるし。イェシカが王宮に見つからなくて良かった……って、こんなことを考えていたらイェシカを怖がらせてしまうじゃないか)
ウルリクはその無表情によって考えを読まれることはなかったが、元来、素直で隠し事の出来ないタイプだ。そして、大いに明るく、大いに暗い。
ついそんなことを考えてしまい、ウルリクは焦ったが、イェシカは何ともなさそうだった。
「大丈夫ですよ。心配していただいてありがとうございます。怖くはありませんけど、その陰の部隊というものには少し興味を引かれますね。私のこの力が活かせるというのなら、入っても良かったかもしれません……ああでも、そうしたらウルリク様と結婚ということもなかったかもしれないので、それは嫌ですね」
(俺も嫌だ)
イェシカが怖がっていなかったことには安心したが、もしかしたらそうなっていたかもしれない可能性を考えてウルリクの方が怖くなってしまった。
イェシカと結婚していなかったかもしれない未来。
そんなもの、もうウルリクには耐えられる気がしなかった。
「ずっとウルリク様のそばにいますよ。何ものにも代え難いウルリク様の素敵な感情を私自身、感じられることを嬉しく思っていますから」
ウルリクが不安に思っていることを感じ取ったのだろう、イェシカがウルリクの手を取って安心させるようにそう言ってくれた。
もう来るはずのない未来を想像してもしかたがない。今はイェシカがいてくれるから、それだけで満足だ。
そのことを意識するだけで、ウルリクの心は上を向いた。
自分はイェシカに甘えすぎなのかもしれないとウルリクは思う。
でも、そんな甘い彼女の流れは心地が良すぎてもう少しだけこのまま浸ってもいいだろうかと、ただ身を任せていた。