信じるを知る4
(この2人、こんなに仲が良さそうだったかな?)
目的通り、コンドラ鳥をしっかりと捕ってきたウルリクが玄関先で迎えたイェシカとエレオノーラを見てそんなことを思っていた。
そんなウルリクの心の声にイェシカは、その通りですよと思った。
ウルリクはちょっとずれたところがあるが、どうしてかこういう所には鋭かった。感受性が豊かだからだろうか。人の感情や関係性といったものを正確に読み取れる。
イェシカの様な能力がなくてもそういったことが分かるのはすごいと思う。
とにかく、ウルリクが思った通りイェシカとエレオノーラの2人はその仲を深めていた。
ウルリクほどではないが、エレオノーラも人の本質を見る目を持っている。そして、イェシカは心の声が聞こえる。そんな2人が話をすれば、心を開き合うのも必然だった。
「まあ、立派なコンドラ鳥じゃない。早速、料理長に渡してソテーの準備をしてもらいましょう。ウルリク、イェシカさんのために捕れて良かったわね」
「ウルリク様、素晴らしいです。ありがとうございます」
「………」
(久しぶりの弓矢が上手く使えなくて氷魔法を使ったことは秘密にしておこう……)
ウルリクの持っていたコンドラ鳥はよく見ると少し凍っていた。
夕食時に出たコンドラ鳥のソテーはエレオノーラがあれほどいうだけあって、今日出た料理の中で一番美味しかった。
この時期のコンドラ鳥が一番肥えていて美味しいのだという。だが、美味しいコンドラ鳥を捕るためには、少し条件があった。
コンドラ鳥は魔力を持つ珍しい鳥だ。その鳥が魔力を溜め込んだ状態は肉質が上質なものに変化し、最も美味しくなる。
だが逆に、溜め込んだ魔力を放出したばかりのコンドラ鳥は一気に肉質が硬くなってしまう。逃げる前に、魔力を使われる前に、一発で仕留めなければならない。
そして、魔力を溜め込んでいるほど警戒心も強くなり、仕留めるのが難しくなる。
だから、この時期に美味なコンドラ鳥を仕留められたものは、一流の狩人と言われるのだ。
と、そんな話をヨルゲンは夕食の間にしてくれた。
コンドラ鳥のソテーに良く合うのだとワインを嗜むヨルゲンの顔は赤い。
ヨルゲンは下戸で、酒が入ると饒舌になった。そんなヨルゲンの話をエレオノーラは楽しそうに聞いていた。
ヨルゲンの意外な一面に、イェシカは思わずウルリクを見たが、何杯もワインをおかわりしている彼の顔色は変わらない。
ウルリクは上戸のようだ。なんだか少し、残念だった。
まだまだ話し足りなそうなヨルゲンをエレオノーラが引き取って、夕食はお開きとなった。
ここに来る前は楽しみと同じくらい緊張していたし、昼食時もまだ緊張していた。
でも、エレオノーラと話をして、同じ食卓を囲んで、夕食時は大分緊張も解れていた。
まだ借り物のようだった“家族”という枠組みが今一歩、本物へと近づいて来ている気がした。
このオークランス家の屋敷でも、ウルリクとイェシカは共に同じ寝室だった。
そのことをエレオノーラに確認された時、いつも一緒に寝ていると答えると、あらまあと喜んでいた。
寝る準備を終え寝室に向かうもまだ眠るには早い時間だ。
先に寝室に入っていたウルリクは、イェシカが来るとバルコニーへ続く扉を開き、無言でイェシカを促した。
「わああ」
ウルリクに促されるままバルコニーへと出たイェシカは空を見上げ、思わず声を漏らした。
イェシカの頭上には満点の星が広がっている。王都で見るものと比べものにならないくらい、多くの星が輝いていた。
空がずっと近い気がする。まるで自分がその星空の中にいるように錯覚した。
「とても、きれいですね」
「………」
(俺が好きな光景だから、イェシカ見せたかったんだ。喜んでくれて良かった)
イェシカがウルリクの方へと振り向き、笑みを浮かべるとウルリクまで喜んでいたが、口を開きかけ、また何も言えなかったとイェシカから視線を外した。
そんなウルリクを微笑んだまま見つめていたイェシカは、再び星空へと視線を戻した。
「ウルリク様の育ったこの地は素晴らしい所がたくさんありますね。それでも、まだまだ見たりないので、また今度案内して下さいね」
(俺もこの地が誇らしい。もっとイェシカに知ってもらいたいし、イェシカと一緒に色々な所に行きたいな)
「ウルリク様のお父様とお母様も素敵な方ですね。ゆっくりとお話が出来て良かったです」
(イェシカがそう思ってくれて良かった。俺にとっても大好きな両親だから。)
「お義父様とお義母様と家族になれてとても嬉しいです」
(うん。うちの両親もイェシカみたいな優しい人が娘になってくれたことを喜んでいると思うよ)
「でもやっぱり、ここに来て一番に思ったことは、ウルリク様と家族になれて良かったなということです。ウルリク様、私と結婚してくれてありがとうございました」
(………)
ウルリクの心の声が止まる。
口を開こうとしている気配が隣から感じられる。
それでも、声は聞こえて来ずに、沈んだ感情が伝わってきた。
(……やっぱり駄目だった。言葉が出ない。俺の方こそイェシカと結婚出来て嬉しいと思っているのに。俺と結婚してくれてありがとうとお礼を言いたいのに。イェシカを好きだと伝えたいのに……)
「伝わっていますよ」
「えっ……?」
夜空を見上げていたイェシカはウルリクの方へと向き直り、はっきりと一言そう言った。
全く脈絡のない言葉に、まるで自分の心の声に答えたような返事に、ウルリクは思わず漏れてしまったというように声を出し、イェシカの方にばっと顔を向けた。
戸惑うウルリクに、イェシカはそれが勘違いじゃないというように言葉を続けた。
「伝わっていますよ。いつも伝わっていましたよ。ウルリク様が私に食べさせようと一生懸命にコンドラ鳥を捕ってきてくれたことも、ウルリク様が好きな光景だからこの星空を私に見せたいと思ってくれたことも。私と結婚出来て良かったとウルリク様も思って下さっているということも」
「………」
まだ信じられないと、というよりも与えられた情報を処理しきれないというようにウルリクは固まっていた。
ウルリクは驚き過ぎると思考が停止する人だからなあ、と思いつつ、イェシカはまだ言い足りなかった言葉を紡ぐ。
「伝わっています。ウルリク様の気持ち。楽しいとか、嬉しいとか、感動したとか、全部。私のことを愛してくれているということも」
(本当に……?)
「本当です。私のことを好きになってくれて、ありがとうございます」
ウルリクの心の声に答えるように言葉を発すると、ウルリクの中で半信半疑だったものが確信に変わっていくのが分かった。
イェシカは微笑みながらも酷く緊張して、それを決定づける言葉を続けた。
「私、小さい頃から人の心の声が聞こえるんです。その人がその時に考えていることが声になって聞こえます。そして、ウルリク様はそれに加えて、その豊かな感情が伝わってくるんです」
言った。言ってしまった。
この前まで話そうと思って話せなかった秘密を話してしまった。でもこれは、衝動的なものでは決してない。
イェシカはエレオノーラからウルリクの小さい頃の話を聞いたときから、もう、ウルリクに話そうと決めていた。
小さい頃は必死に自分の心を伝えようとしていたウルリク。
きっと今もそれは変わっていなくて、伝えたいと、知って欲しいと思っているんだろうなと思って。
「……こんな私、気味が悪いと思いますか?」
「そんなことは絶対にない!」
(そんなこと思うわけがない。むしろ嬉しい。ずっと自分の気持ちが伝わって欲しいと思っていたから。この心も伝わっているのかな……?)
イェシカの中の秘密を告げることへの恐怖は消えたわけではなかった。
だから、そんなことを問うた。
ウルリクは間髪入れずに否定する。心の中で答えてくれればいいと思っていたのに、言葉としてそう言ってくれた。
その答えに、イェシカは安堵した。
でも、ウルリクが答える前から、彼ならこう言ってくれるだろうとも思っていたからずるい質問だったかもしれない。
ウルリクがきっと受け入れてくれるだろうと信じていた。
イェシカの中の恐怖よりも、ウルリクを信じる気持ちの方が何倍も大きかった。
「はい。伝わっています。そう思って頂けて嬉しいです」
ウルリクの心がさらにぱあっと明るくなった。
そんな彼の心も伝わっているよと、イェシカは一層深い笑みを愛する人に向けた。