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信じるを知る1

 



 最近、ウルリクの様子がおかしい。

 イェシカがウルリクに話をする時、いつも彼は楽しそうにじっとイェシカの話に耳を傾けていた。

 だが最近は、イェシカの話を聞いているのだが、突然口をぱくぱくとさせたかと思えば、ぐっと引き結ぶ。そんな奇妙な行動が度々見られた。

 見る人が見れば、何か悪いものにでも取り憑かれているんじゃないかと疑うような行動だ。

 とはいえ、そんなウルリクの姿を見ているのはイェシカだけなのだが。

 そして、イェシカにはウルリクがそんな変な行動をしている理由も分かっているのだけれど。


 今もちょうど、二人でウルリクの母から届いた手紙を読んでいた時、ウルリクの例の奇行が見られた。

 そしていつも、ウルリクが口を閉じた時には、彼の落ち込んだ感情が流れてくるのだった。


(……駄目だ。また何も言えなかった。俺もイェシカに楽しみだって言いたいのに。イェシカと一緒に色々な所に行きたいって言いたいのに。俺は本当に不甲斐ない男だ)


 そんな心の声がイェシカに聞こえてくる。

 そう。ウルリクの奇行は、イェシカに自分の気持ちを伝えようとして口を開くが結局、声を出すことが出来なかった故の行動だった。

 心の声が聞こえるイェシカには、そのことが分かっていた。


 ウルリクは自分が感情を顔や声に出せないことを悩んでいた。そして、言葉でさえそれを伝えられない事を。

 だからせめて、少しの言葉だけでもイェシカに伝えられれば。

 そう思い、そんな行動をしている。

 イェシカに気持ちを伝えようと努力している。

 それに、イェシカはウルリクに気持ちを伝えてくれるのに、ウルリクはそんなことが少しも出来ずに申し訳ない。

 そんな風に彼が思い悩んでいることを、イェシカは知っていた。


 もちろん、イェシカはウルリクが表情に出さなくとも、言葉にしなくともウルリクの気持ちをそれ以上に知ることが出来る。

 感情がそのまま感情として伝わってくるのだから。

 ウルリクが申し訳ないと思う必要はないのだ。

 ウルリクがイェシカに伝わってほしいと思っている感情はもう伝わっているのだから。

 イェシカがウルリクにもう伝わっていると、ウルリクの心の声も感情もイェシカの不思議な力で全部わかるのだと、話してしまえばウルリクの悩みは解決する。

 ただそれだけの簡単な話だ。


「ウルリク様…………いえ、何でもありません」


 実は……と、もう話してしまおうと、イェシカはウルリクの名前を呼んだ。

 でも、言えなかった。

 頭ではそれが最善なことだと分かっていたのに、何故か行動に移せなかった。

 今までこんなことなかったのに。

 何か目に見えないものが、イェシカを邪魔しているようだった。




 ***




 夢を見る。小さい頃の夢。忘れていた過去を思い出させるような、そんな夢を。

 ここはラルセン家の屋敷。

 イェシカの視界に映る自分の手は今よりずっと小さくて、ああこれは小さい頃の夢なんだと思った。




「イェシカお嬢様。おはようございます。よく眠れましたか?」

「ヘレン!おはよう!今日もたくさん眠れたから元気になったよ」


 目が覚めてベッドの上でぼーっと座っていたイェシカはベッドから飛び降り、ヘレンと呼んだ女性に抱きついた。

 ヘレンはこの屋敷の使用人の一人で、イェシカ付きのメイドだ。

 イェシカは優しいヘレンのことが大好きだった。

 この頃のイェシカの力はまだ安定しておらず、時々心の声が聞こえる程度のものだったが、ヘレンがいつもイェシカのことを考えてくれていることは知っていたから。

 まあ、まだ幼いこの頃のイェシカは、他人の心の声を聞いてその人がどんな人なのかを判断する等といったことは考えておらず、ただ単純にヘレンと一緒にいることが楽しかっただけなのだが。


「そうですか。それは良かったです。今日は午前中はお勉強の予定がございますが、午後は自由時間です。お嬢様、何をなされますか?」

(私は今日は天気が良さそうだから洗濯を沢山しないとね。あ、お嬢様の部屋の花ももうそろそろ変えないと……でも、今日は時間がなさそうね。今度は赤い花なんかがいいと思うんだけど……)


 そんなヘレンの心の声がイェシカに聞こえてきた。

 ヘレンはイェシカ付きのメイドといってもイェシカの世話だけをするのではなく、他の仕事もあり忙しかった。


「ヘレン、今日の午後はお庭に行こうと思うの。お花を摘んでくるわ」


 忙しいヘレンの代わりに自分が採ってこよう。

 そう思ったイェシカはヘレンにそう伝えた。

 そして、勉強を終えた後、イェシカは庭に行き色々な赤い花を摘んだ。


「ヘレン、このお花たちは私の部屋に飾ってね。こっちはヘレンにおすそ分け」


 イェシカはヘレンに摘んできた真っ赤な花束を渡した。その花束を見たヘレンは少し驚いていた。


「お嬢様……どうしてこのお花を摘まれたのですか?」

「赤いお花はヘレンが喜ぶと思ったの!」

「まあ!ありがとうございます。私も赤いお花が欲しいと思っていたんですよ。よくお分かりになりましたね」


 受け取ったヘレンは嬉しそうに笑みを深くした。

 そんなヘレンにイェシカは得意げに微笑んだのだった。


 それからも、大好きなヘレンを喜ばせるためにイェシカは色々なことをした。

 ヘレンが好きなものをプレゼントしたり、やりたいと思っていることを手伝ったり、ヘレンが好意を寄せていた相手との仲を取り持つような行動をしたり。

 それから何年か経ったある日、ヘレンは結婚してメイドを辞めることになった。


「お嬢様、今まで本当にありがとうございました。お世話になりました」

「こちらこそ、ありがとう。結婚もおめでとう!幸せになってね」

「はい!お嬢様と離れるのは寂しいですが……」

(……でも、この子のためにも、幸せにならないと!)


 ヘレンはそっと大事そうに自分のお腹に手を当てた。

 ヘレンのお腹の中には赤ちゃんがいて、ヘレンはお母さんになるんだ。

 きっと優しいお母さんになるんだろうなと思うと、イェシカは嬉しかった。


「私もヘレンと離れるのはとても寂しいわ。でも、ヘレンはお母さんになるんだものね。元気な赤ちゃんを産んでね!」

「え………ええ、ありがとうございます……」

(どうして、知っているの?彼以外、まだ誰にも話していないのに……)


 イェシカが無邪気に言った何気ない一言に、ヘレンは非常に驚き、そして訝しんだ。

 妊娠したとしても、安定期に入るまではどうなるか分からない。

 それに、子供が出来たから結婚するというのもあまり外聞が宜しくない。

 そういった理由でヘレンは妊娠したことを伏せていたのだった。


(……お嬢様はとても良い子だけど、時々、まるで心の中を見られているみたいで気味が悪いわ)


 そんなヘレンの声が聞こえた。




 ***




「……カ………イェシカ」


 身体を揺り動かされ、自分を呼ぶ声に、イェシカは瞳を開けた。

 じっとりと体中に嫌な汗を掻いていて気持ちが悪かった。


「うなされていたから、起こした」

「すみません……少し、怖い夢を見てしまって……」


 夢を見てうなされていたイェシカを心配して、ウルリクが起こしてくれたようだ。

 心配をかけまいとウルリクにそう説明したのだが、その言葉は自分自身への説明でもあった。

 そうだ、怖い夢だった。自分は怖いのだ。

 心の声が聞こえることを知って、気味が悪いと思われることが。

 ウルリクに話して、同じように思われたらと思うとイェシカは怖かった。


 イェシカの行動を邪魔していたものの正体。

 この感情は恐怖だ。




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